第16話 ドラゴンの人助け
アルカンシア王国の、北限の貿易港がある町。
ゴールデンショア。
もともとは金の採掘で栄えた町で、港は金を出荷するために作ったものだ。
金が枯渇したあとも、海の深さを活かして、大型船が入れる港を整備し、物流拠点として生き残っている。
そういった歴史を持つ町なので、王都ほどではないにせよ、商人は多いはずだ。
「あそこに行けばいいのじゃな?」
「待って。ドラゴンのままだと、パニックが起きるよ。この辺に降りて、歩いて行こう」
「なるほど。我、いつも気にせずに降りとった」
「ラドニーラは人間の町でなにしてたの?」
「人間が育てる牛や豚は美味いので、たまに丸呑みしに行っていた。あとは暇つぶしじゃな。なんか攻撃してくるから、あしらうのが面白い」
「……もうそういうことしちゃ駄目だよ。遊び相手なら俺がなってあげるから」
「うむ! 我、人間の姿になれるようになったから、人間らしい生活を学ぶのじゃ!」
地面に降りて少女の姿になったラドニーラは、持ってきたゴスロリドレスを着用する。
「最初はニーニャの手を借りたが、もう一人で着られるぞ。偉いじゃろ」
「はい。ボタンも上手にしめられました。偉い偉い」
ニーニャが頭を撫でると、ラドニーラは気持ちよさそうに目を閉じた。
仲のいい姉妹に見える。微笑ましい。
それにしても、この辺りもかなり北に位置しているはずだけど、雪がほとんどない。
木陰に少しあるかなぁという程度だ。
氷魔の地が如何に酷いかが分かる。
「さて。歩いて行こう。ちょっと遠いけど、俺の領地と違って整備された街道があるから、歩きやすいよ」
自分で言って悲しくなった。
ロードヒーティング的なのを作って、雪が降っても道路が見えるようにできないものか。
と、悩んでいたら馬車を発見した。せっかくの街道を使わずに、草原を爆走している。
その後ろを魔物の群れが追いかけている。
「あれはヤバいな。すぐに追いつかれるぞ」
人間同士の戦いならどういう事情か分からないので助太刀しにくいけど、相手が魔物なら話が早い。
俺とニーニャは馬車を助けようとする。
が、それよりも速くラドニーラが動いた。
彼女はドラゴンへと変化し、魔物の群れに襲い掛かる。前脚でまとめて踏み潰し、残った数匹は尻尾で叩き潰した。
「やったぞ。我が一番乗りじゃ! 馬車を助けたから、人助けじゃろ? 我、いいドラゴンになって、エリオットに可愛い服を沢山作ってもらうのじゃぁ」
「うん、人助けだ。偉いぞ」
「服を作ってもらえなくても、褒められるだけで嬉しいのじゃ」
ラドニーラは尻尾を振って、楽しそうな声を出す。
ニーニャが彼女を妹って言う意味が分かる。撫でたくなる可愛さだ。
「人語を放すドラゴン……まさか精霊!?」
馬車から降りてきた女性が、驚きの表情を浮かべる。
二十歳前後くらいだろうか。かなりの美人だ。
一目で身なりがいいと分かるドレス。かなり裕福なのだろう。
栗色の髪をウェーブさせていて、いかにもお嬢様という印象を受ける。
金持ちの女性が馬車で一人旅というのは妙だけど、人はそれぞれ事情がある。問い詰めないほうがいいだろ。
「精霊を知ってるんですか?」
「ええ。わたくし、魔力はありませんけど、魔法の研究が好きですの。その過程で、精霊やら古代文明やらの知識がたまっていくのですわ。今も遺跡巡りの帰りですのよ」
魔力がないのに魔法の研究をするなんて大変そうだ。新しい理論を思いついても自分で試せないのだから。
「遺跡巡りは結構な趣味ですけど、魔力がないのに一人旅は危険なのでは? その様子では武術の心得もなさそうですし」
「ええ、わたくし自身に戦闘力はありません。ですが、わたくしが考案した魔石爆弾というものがありますのよ。並大抵の魔物なら、それで倒せますの。使い切ったのでご披露できませんが……」
「……それに。遺跡に潜るなら、そのドレスは動きにくいのでは?」
「よく言われますわ。けれど、わたくし、いつもエレガントな姿でありたいのですわ。そして、このドレスは特注品ですの。激しく動き回っても破れないので、そこらの服より安心ですのよ」
「そうなんですか。オシャレなんですね。凄いです」
「うふふ、お褒めにあずかり光栄ですわ。それにしても、本当に危ないところを助けていただきました。ありがとうございます」
物腰が柔らかい。
お嬢様キャラってツリ目のイメージあるけど、この人はむしろタレ目ぎみ。
穏やか系のお嬢様なのかな?
「助けたのは俺じゃなくて、このラドニーラです」
ラドニーラが首を下げて俺に頭を近づけて来たので、鼻を撫でてやる。
うーん、可愛い。
「このドラゴンはラドニーラというのですか。あなたに懐いている様子ですが……精霊のドラゴンは、自分よりも強いと認めた相手にしか懐かないはず。もしかして……あなたはこのドラゴンに勝ちましたの?」
「まあ、勝ちました」
「悔しいが、我の完敗じゃ」
「その若さで、凄まじい才能ですわね。羨ましいですわ。ああ、そうです。助けてもらったお礼をしたいのですが――」
「いらぬ。見返りを求めてのことではない。我は人間と一緒に生活するため、価値観を学んでいる最中じゃ。お主を助けたのは善行を積んで、いいドラゴンになるため。礼を受け取ったら、純粋な善行ではなくなってしまう」
「あら……精霊の中でもドラゴンは人に溶け込もうとしないものと思っていましたが……なんにせよ、いい心がけだと思います。しかし命を助けてもらったのに、なんの礼もしないというのは、わたくしのプライドが許しませんわ」
「ふむ……お主のプライドも大切じゃな。ならば……くんくん……馬車からいい匂いがするのぅ。樽に詰まっているのはリンゴか? リンゴを樽一つ分もらおうではないか」
「このリンゴに目を付けるなんて、さすがは精霊ですわね。ブルーフォレスト地方で仕入れたリンゴなので、味は格別ですわよ」
「ほほう。早く我の口に流し込むのじゃ……おおっ、本当に美味い!」
ラドニーラは、まさに流し込むように大量のリンゴを飲み込んだ。
よほど美味しかったらしく、ひっくり返った歓声を上げた。
「満足していただけて光栄です。では、わたくし先を急ぐので失礼いたします」
彼女は馬車に乗り、ゴールデンショアに向かっていった。
「あの方、無力を装っているのかと思って観察していましたが、どうやら本当に武の心得がないようです。」
「ずっと黙ってると思ったら、そんなところ見てたんだ」
「私はエリオット様の護衛ですから。念には念を入れます。それにしても、あれで一人旅なんて無謀な人です」
ニーニャは馬車の後ろを見ながら、ため息をついた。
確かにそうだ。
魔石爆弾とかいうので備えはしていたみたいだけど、結局、その在庫がなくなって死にかけたんだから、どう控えめに言っても命知らず。
とはいえ彼女は俺たちの親戚でも友人でもない。その無謀な行いを止める義務も義理も必要もない。
せっかく助けたんだから長生きして欲しいとは思うけど。
「あっ! 我、服を着たままドラゴンになったから……エリオットに作ってもらった服をズタボロにしてしまったのじゃぁ!」
「大丈夫。破れた服を素材にして作り直せばいいんだ。ほら」
「おお、やっぱりエリオットは凄いのじゃぁ」
ラドニーラは少女の姿になり、またゴスロリを着る。
布が少し飛んでいったから、スカートの丈がちょっと短くなっちゃったけど、これはこれで可愛いね。
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