第14話 三人の夜

「なるほど。事情は理解しました。ドラゴンを倒したら懐かれて、美少女になってしまったと。信じましょう。ドラゴンは生態が知られていません。変身くらいするかもしれません。そして、エリオット様ほどの殿方の魅力に気づくのが私だけというのも摩訶不思議な話なので、いつかライバルが現れるだろうと思っていました。それが人間ではなくドラゴンというのまでは予想していませんでした。が、全裸の少女に抱きつかれるエリオット様というのは、想定の範囲内です。想定していたから平常心でいられるというものでもありませんが……」


 洞窟から出てきたニーニャは、声を震わせながら早口で語る。

 かなり動揺しているのは、俺でなくても分かる。

 精神状態が心配だ。

 けれど、もっと心配なのは彼女の左腕である。


「左腕が付け根から千切れているのじゃが! なぜ平然としているのじゃ!? 痛くないのかぁ!?」


「痛いですよ。しかしエリオット様が治してくれると信じているので、不安はありません」


 ニーニャは千切れた左腕を持っていた。

 確かに、新しい腕を生やすのは無理でも、繋げるだけなら俺にできる。

 できるけど、説教しないと。


「ニーニャ。俺を信じてくれるのは嬉しいけど。俺は万能じゃない。千切れた腕がもっと損傷してたら、俺の回復魔法じゃどうにもならなかった。自分を大切にしてよ。それほどの強敵が洞窟の奥にいたんだろうけど。心配かけないでよ」


「申しわけありません。エリオット様に心配をかけてしまいました。なのにエリオット様が心配してくださったのが嬉しくてキュンキュンしている私をお許しください」


「ちょっと許しがたいかな」


「冷たい口調のエリオット様も素敵です」


 なんでもありか。怖っ!

 とにかく治せてよかった。

 それにしてもニーニャほどの達人が片腕を犠牲にする敵……怖っ!


「ところで、お主……腕を失ったということは、奥に住み着いた魔物と遭遇したのじゃな。なのに、よくも生還できたものじゃ。我が思っているより人間は強いのじゃなぁ」


「ええ、強敵でした。全力を出せて満足しています。本当に今出せる渾身の力という戦いでした。なのに剣は折れなかった。エリオット様には改めて感謝します」


「そこまで満足したってことは、勝ったんだね」


「無論です。負けて逃げたなら、ふて腐れていますよ」


 ニーニャは即答した。


「はぁっ!? あの魔物に勝った……嘘をつくでない!」


 ドラゴン少女が目を丸くして、洞窟の奥に走って行く。

 そして、すぐに帰ってきた。


「マジなのじゃ! ぶった斬られて死んどった! この我でさえ倒せず、家なしドラゴンとして悔しい思いをしていたのに。お主、凄いのじゃ!」


 ドラゴン少女はニーニャにも抱きついた。

 抱きつき癖があるらしい。


「……!? かわいい……いえ、そんな。私がエリオット様以外にときめくなんて……気の迷い! 本気ではありません! 小さな女の子なので妹的なのを感じただけです。だから浮気ではありませんよ!」


 ニーニャは俺を見つめながら、なにやら言い訳を並べる。

 正直、どうでもいい。


「ところで。話の流れからして、あなたはこの洞窟を住処にしていたようですね。奥にゴーレムの残骸がありました。あれはあなたが持ち込んだのですか?」


「ゴーレムって、あの岩の人形か? うむ。雪原で拾ったのじゃ。なんかちょこまか動いてて、珍しいから持ってきた」


 そしてドラゴン少女と俺たちは、互いの自己紹介をする。


 彼女の名前はラドニーラ。

 見ての通りドラゴンである。

 普通はドラゴンといえば魔物を思い浮かべる。

 ところがラドニーラは精霊だと自称する。


 では精霊とはなにか?

 魔物は魔力があるだけで動物の範疇だ。しかし精霊は違うらしい。

 精霊は親から産まれるのではない。自然発生する。自然そのものが親と表現してもいいかもしれない。


 ラドニーラも百年ほど前、気がついたらこの辺りにいたという。

 ラドニーラという名前は自然に浮かんできたし、ドラゴンや精霊に関する知識は発生した瞬間から知っていた。


「我は火の精霊なのじゃ。この辺の季候がこの程度、、、、で済んでいるのは我のおかげなのじゃぁ」


「確かに氷魔の地の奥は、開拓どころか数日生存するのさえ難しいと聞く。この辺が辛うじて人が住める場所なのは、ラドニーラが火の精霊だからか……」


 それが本当だとしたら彼女は、土地の守護精霊だ。

 ジャイアントスイングしたのが申し訳なくなってきた。


「じゃあ君がいなくなったら、もっと厳しい環境になるの?」


「うむ。しかし一ヶ月やそこらでは、さほど変わらんと思うぞ。たまに遠くへ遊びに行くが、帰ってきたら全て凍り付いていた、なんてことはないからのぅ」


 逆に言えば、何ヶ月も留守にされたら俺の領地は詰むわけか。

 これからも住み続けてもらわないと。


「ところで、いつまでも全裸というのは問題がありますね」


「我、別に寒くないぞぉ?」


「そうですか。しかし性的な刺激が強すぎます」


「性的な刺激……ああ、我が美しすぎて、えっちな気分になるという話か! じゃが、エリオットにそういう様子はないぞ?」


「エリオット様はそうでしょう。ですが私は興奮してます」


「ふーん。ニーニャはメスなのにメスに興奮するのか。変わっとるのぅ」


 ラドニーラは呑気な声で言う。

 しかしニーニャの興奮が最高潮に達したときどうなるか、俺はこの身で味わっている。

 守護精霊が同じ目に合って、この地を逃げ出してしまったら、俺は詰む。


 俺のコートは衝撃波でボロボロになったので、それを素材にして新しい服を作ろう。

 前世でプレイしていたゲームには、自分で服をデザインする機能があった。デザインした服をネットでシェアすることもできた。俺はほかのプレイヤーがデザインしたのを使わせてもらう側だったが、せっかくなので作る側に挑戦してみよう。


 ラドニーラの容姿を改めて観察する。

 小柄。幼い。赤い髪。気が強そう。しかし文句なしに可愛い。

 黒いゴシックロリータとか似合いそうだ。


「ぬぬ!? エリオットの服が、違う服になったのじゃ。変わった魔法を使うのぅ。我の変身魔法みたいなものか? 我がこれを着ればいいのか?」


 ラドニーラはゴスロリドレスを着ようとする。が、人間の姿になるのが初めてなら、服を身に纏うのも当然初めて。ニーニャに手伝ってもらって、ようやく着る。


「ほう……ほう! ひらひらして可愛いではないか! いちいち服を着なきゃいけないなんて人間はわずらわしいなぁと思っていたが、これは悪くない! むしろ、もっと色んな服を着たいのじゃぁ!」


「気に入ってもらえて嬉しいよ」


「エリオットと一緒にいれば、ほかにも服を作ってくれるのか?」


「お安いご用だよ」


「我、エリオットと一緒に住む! さあ家まで案内するがいい!」


 領地にとどまって欲しいとは願っていたが、まさか同居することになるとは。

 俺はいいけど、ニーニャはどうだろ?

 ちらりと様子をうかがう。


「私は構いませんよ。さっきラドニーラに抱きつかれた瞬間から『こいつ妹にしてぇ』と思ってますから」


 ニーニャは相変わらず真顔でヤベェことを言う。

 いちいちツッコミを入れていたらキリがない。


「……じゃあ一緒に住もうか。でも急にドラゴンに戻ったりしないでね。領民がビックリするし、うっかり家を踏み潰したら大変だ」


「むふふ。ドラゴンに戻ったら服が破けるから、言われんでも大丈夫じゃ」


 こうして同居竜……いや、人の姿だから同居人でいいのかな?

 とにかく一人増えた。


「エリオットとニーニャは同じベッドで寝ているのか。なら我も一緒に寝るのじゃ!」


 夜になってラドニーラがそう言い出したとき、俺は「しめた!」と心の中でガッツポーズした。

 さすがに他人の目があれば、ニーニャとて大人しくなるはず。

 毎晩毎晩されたんじゃ、俺の体が保たないよ。


「ニーニャ、いいよね? ラドニーラは精霊の力でこの辺を守ってくれているんだ。ヘソを曲げて出て行かれたら困る。一緒に寝てあげよう」


「……分かりました」


 三人で川の字になって眠る。

 ベッドが大きいし、俺とラドニーラは小柄なので十分に快適。

 久しぶりに安眠できるぞ。

 と思ったのは浅はかだった。


「……駄目です。やはり我慢できません。3Pしましょう」


 この変態メイドなに言ってやがる!?


「さんぴー? それはもしや、我とニーニャとエリオットで……まぐわうという意味か? むふふ、興味深い」


 このドラゴンもなに言ってやがる!


「おや、ご存じでしたか。手取り足取り教えてさし上げるつもりでしたが」


「我を誰だと思っている。偉大なる精霊にしてドラゴンぞ。経験はないが……興味はある!」


 ラドニーラは妖艶な微笑みで俺を見る。

 さっきまでの純粋無垢な笑みとは大違いだ。

 こんな顔ができるのか。

 ……幼い容姿のせいで忘れていた。彼女は百年ほど前に発生した精霊。この中で一番年上じゃないか!


「ではエリオット様。今夜も楽しみましょう」


「くふふ。我は初めてじゃが、ニーニャに負けてたまるか。我のほうがエリオットを気持ちよくしてやるぞ」


「や、やめてぇぇぇぇぇ!」

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