第13話 ドラゴン少女現る

 空を見上げると同時に。白い雲を引き裂いて、赤い巨大が落下してきた。

 雲の吹き飛び方からして山のような――いや、大きいは大きいが、そこまでじゃない。

 ただひたすらに速い。衝撃波が広がっているのだ。それで雲に穴が開いた。

 それがここに落ちてくれば雪原も雲と同じ運命を辿る。

 当然、俺も巻き込まれる。


全周囲位防御スフィアシールド防御力強化ガードアップ自動回復リジェネ


 俺は三種の魔法を唱えて衝撃に備える。

 来た。

 爆音。振動。

 ヒビ割れが放射状に広がる。地面が陥没。蟻地獄の巣のような有様。内側への雪崩が起きる。


 俺は跳躍して空に逃げた。

 眼下を見ると、そこにいたのは真紅のドラゴンだった。

 人間を背に跨がらせたまま空を飛べそうな巨体だ。

 逆に言えば、胴体そのものは馬と似たようなもの。ただし、そこから長い尾と、二枚の翼が伸びている。

 第一印象を端的に表わせば、怪獣。


 ドラゴンが俺を見上げる。

 牙を剥き出しにして威嚇してくる。

 なんという形相か。一目で強いと分かる。


「格好いい」


 つい、そう呟いてしまった。

 転生してから色々なものを見てきた。

 ここは地球ではなく、ファンタジーな異世界なのだと納得せざるを得なかった。

 しかしドラゴンが放つ存在感たるや、まさに別格。

 少年の心が跳びはねる。

 ああ、いかんいかん。

 見とれている場合ではない。

 俺は襲われている真っ最中なのだから。


 とはいえ、ドラゴンが口から炎を吐いてくれた。

 格好いい。

 グラフィックがリアル。当たり前だ。現実なんだ。地球にいる連中は哀れだ。このグラでドラゴンと戦えないのだから。


「なぬっ!? 我のブレスを正面から受けて無傷とな! 手加減してやったとはいえ、なかなかやりおる」


 俺は着地してからドラゴンをまじまじと見る。

 今のは聞き間違いか?


「な、なんじゃ? 我の顔、どこか変か?」


「聞き間違いじゃない……ドラゴンが喋ってる! 喋る魔物っているのか!?」


「魔物じゃと! 失敬な。我は誇り高き精霊ぞ」


 精霊?

 その言葉自体は知っているけど、作品によって扱いが違う。この世界の精霊ってどういう存在だっけ。王宮にあった本で読んだような気がする。が、咄嗟に思い出せない。


「精霊ってなんだっけ?」


 分からないときは素直に聞くのが一番。


「精霊を知らぬのか!? 我って実は知名度ない……ぐすん」


 泣かれてしまった。

 困ったな。体は大きいのに、メンタルは子供だぞ。


「ごめんよ。俺、まだ十歳の子供だから、知らないことが多いんだ」


「そ、そういうものか。なら仕方がないな。しかし、お主は強いな。子供とは思えぬ。我、退屈していたのじゃ。我と遊ぶのじゃ!」


「いいけど。なにして遊ぶ?」


「お主は強い。我も強い! ならば当然、力比べよ!」


 次の瞬間、ドラゴンは俺に向かって突進してきた。

 どんな映画館でも出せない臨場感。

 いよいよもって見とれている場合ではない。


超重力領域グラビティクラスター


 突進を止めるため、ドラゴンの足下の重力を十倍にする。


「ぐぬぅっ! 体が重い……じゃが、負けるかぁ!」


 ドラゴンは苦しそうな声を出しつつも、少しずつ前に進んでくる。


大地の抱擁グランドハグ


 地面が隆起し腕の形になりドラゴンを締め付ける。


「く、苦ちぃ……こうなれば本気のブレスじゃ! 死ねぇい!」


 さっきよりもずっと激しい炎が俺に襲い掛かった。

 反射的に魔法のシールドを張り直し、同時に氷の壁を俺とドラゴンの間に形成。


「氷を溶かせぬうちに息切れしてしまったのじゃ! く、屈辱なのじゃぁ!」


 ドラゴンは悔しそうに言う。

 そこに命のやり取りをしているという意識は感じられない。

 俺に殺されるかも、とは考えていないようだ。


「ブレスを放ったとき、俺を殺そうと思ったのか?」


「ん? うーん……そんな深く考えておらんぞ。まあ、我のブレスを受けて死なない人間がいると思っていなかったから、生きててびっくりじゃ」


 ドラゴンは遊ぼうと誘ってきた。

 だから俺は受けたのだ。

 高威力の攻撃も、俺がそれを受け止められるのを前提としてのものだと思っていた。

 なのに、俺が死んでもいいと。生きててびっくりと。

 遊び。

 誤解していた。

 俺は遊び相手として選ばれたのではなく、オモチャとして選ばれたのだ。

 きっと悪気はないのだろう。ドラゴンと人間は、それだけ隔絶した存在なのだ。

 小さな子供が虫で遊ぶのと似たようなもの。


 このドラゴンが、すでに人間を殺しているのかは分からない。あまりにも悪意がなさすぎて声色からは察せない。

 しかし人間はオモチャではないと教えてやらないと、いつか大災害が起きる。もう起きているのかもしれない。

 そもそも「死ねぇい」と言われたのが腹立つ。前世で上司に「死ね!」と怒鳴られたのを思い出してしまう。


「な、なんじゃ? どうして我の尻尾を掴む……どうして掴んで振り回す!? うわぁぁ、目が回るのじゃぁぁ!」


 今の俺程度の魔力だと、魔法で筋力強化してもこの巨体をジャイアントスイングするのは無理だ。そこで風魔法も併用してドラゴンを浮かせている。かなり難しいが、ドラゴンにお灸を据えねば気が済まない。


「ぎょえ! 地面に叩きつけるな、痛い! 雪とはいえ痛いのじゃ! びゃぁぁ、そこは岩! んぎゃぁぁぁ!」


「お前より強い人間はいる。オモチャ感覚で遊んでいたら、こういう目に合う」


「許してなのじゃ……痛いのはもう嫌じゃぁ」


「そして、弱い人間でもオモチャにしてはいけない。命は全て平等に尊いなんて綺麗事を言うつもりはないよ。けれど、お前が殺した人間の友達や家族に、強い人間がいたら、お前は復讐されて殺される。戦闘力がなくっても、その人はなにか素敵なものを作っているかもしれない。これから作るかもしれない。死んだらなにも分からなくなる。人を絶対に殺すなとまでは言えない。死んだほうがマシな奴だっているだろうさ。でも遊び感覚で殺すな。人間はオモチャじゃない」


 ふと前世を思い出す。

 好きだったゲームクリエイターが通り魔に殺されて、続編が出なくなった。そのとき俺は成人してから初めて号泣した。


 俺の領地に住む人たちは、今まさになにかを始めようとしている。

 それをブレスで焼き払われたら、俺はこのドラゴンを殺すしかない。


「わ、分かったのじゃ……もう許してくれ……我は確かに人間を軽んじていた。オモチャなんて思っていなかったけど、言われてみれば、そういう風に扱っていたかもしれぬ……ま、まだ殺したことはない。だから勘弁してくれぇ……」


 ドラゴンは哀れな声を出す。

 だから俺は振り回すのをやめ、ドラゴンを地面に下ろしてやる。


「目が回ったのじゃぁ……しかし、助けてくれてありがとうなのじゃ。お主、強いだけでなく優しいのじゃ。ここまでコテンパンにされたからには、忠誠を誓うしかない」


「忠誠?」


「左様。ドラゴンというのは、自分で言うのもなんじゃが傲慢な性格じゃ。しかし、これと認めた相手には忠誠を誓うものなのじゃ。我はお主を主人にしたい。我を部下とか舎弟とかペットとか、そういうのにしてくれ」


「急に言われてもなぁ……大人しくしてくれるならいいか……けど村にドラゴンを連れて行ったら、領民たちがビックリするだろうし」


「むむ? 確かに暇を持て余して人間の町に行ったら、なにもしていないのに、いつも大騒ぎになるのぅ」


「そりゃそうだよ。君は大きいし。見た目が怖いし」


「ふむぅ……なら人間の姿ならいいのじゃな? 頑張って変身してみるのじゃ」


「頑張ればできるものなの?」


「我はドラゴン属性の精霊ぞ! 人の姿くらいなれる……なれるはず! えいやっ!」


 気合いを入れたところで、人間になれるはずがない。

 そう思った俺が浅はかでした。

 真紅のドラゴンは、少女に変身してしまった。

 小さい。

 もとのドラゴン形体と比較するまでもなく小柄。十歳の俺と同じくらいか?

 髪の色は、さっきまでの姿を連想させる赤色。

 しかし肌は周りの雪のように白かった。

 全裸であった。

 まあ、ドラゴンは服を着ていないので、人に化けたら裸になるのは当然かもしれない。


「服を作れないの?」


「ん……難しいのぅ。むしろ、えいやっと一発で変身できたのを褒めて欲しいのじゃぁ。ぶっつけ本番であるぞ」


「それは確かに凄い」


「むふふ。もっと褒めるのじゃ!」


 ドラゴンだった少女は、嬉しそうに笑い、俺に抱きついてきた。

 困ったな。

 今の俺は体が幼いせいか、性欲というものがあまりない。

 このドラゴン少女を可愛いと思ったり、ニーニャを美人と思ったりする感性はあるけど、それだけだ。

 けれど俺がどう感じていようと、全裸の少女に抱きつかれている姿は、健全とは言いがたい。

 他人には見せられないな――。

 と、思った次の瞬間。


「エリオット様。なにをしているのですか……?」


 洞窟の中から、殺気を凝縮したような声が聞こえてきた。

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