第9話 魔法鍋で魔物料理を作ろう

 領民だけで魔物を倒せた。

 素晴らしいことだ。

 しかし襲ってきた敵を倒しただけでは、マイナスをゼロにしただけで面白くない。

 勝ったのだからご褒美が欲しい。そうでなければクソイベントだ。


「魔物が食料になればいいんだ」


「エリオット様。いくらなんでも、それは無理では」


 そう呟きながら、ニーニャは晩御飯の皿をテーブルに乗せる。

 中身は、領民たちが捕らえた、魔物ではない普通のオオカミ。その肉を煮込んだものだ。


「無理かなぁ……」


「はい。魔物を食した者は、ほぼ死にます。生き残った者とて、大変な苦しみを味わうと聞きます。どう足掻いても毒。もちろん試行錯誤の末に、いずれは魔物を食料とする技術が確立されるかもしれません。が、それは膨大な死人の上に築かれる技術です。己の領民をその土台にするのは感心しませんし、私も死にたくありませんし、エリオット様ご自身が毒味するなど論外です」


 ニーニャは真剣な声色で語る。

 魔物は食べられないという固定観念の強さを物語っていた。

 そして、その固定観念は、ただの思い込みではない。

 魔物を食べて死んだ者のエピソードは星の数ほどある。

 正しい調理法をすれば刺身にも鍋の具にもなるフグとはわけが違うのだ。


 けれど、その固定観念を破壊してこそ、異世界転生者だろう。

 俺は通勤時間にWEB小説を読んでたから詳しいんだ。


 さて。

 晩御飯を食べたあと、俺とニーニャは一緒にお風呂に入った。

 風呂場でズッコンバッコンされて下半身の感覚がなくなったが、それでニーニャは満足してくれて、夜は普通にスヤスヤ眠ってくれた。自分のじゃなくて俺のベッドだけど、大人しく寝てくれただけでありがたい。


 俺はふわふわする体にムチ打って布団から這いだす。

 そして魔物の肉から魔素を飛ばす方法を考える。

 そんなアイテムはゲームにはなかった。

 しかしゲームに出てくるアイテムを作るだけで満足していいのか?

 そもそもゲームとは、アップデートで新しいアイテムが追加されるものだ。ゲーム機がインターネットに繋がるのが前提になってからはそうなのだ。

 この世界にはインターネットがない……だったら俺が自分でアップデートするしかない。


 クラフト能力は魔法と同じような性質だ。

 新たな魔法理論を構築するのだ。

 魔法金属マギメタル探知機は、魔素を含んだ金属を探すアイテム。これを応用しよう。

 魔素を探す。探して除去したい。

 除去するには反対の性質のものをぶつけるとか……ノイズキャンセル機能があるイヤホンは、周囲の音と逆位相の音を出して、騒音をカットする仕組だ。


 逆位相。いいぞ。魔素と一口に言っても、放っている魔力のパターンは千差万別だ。様々なパターンがあるなら、そこに付けいる隙が生まれる。魔力のパターンを感知し、逆パターンをぶつけて魔素を中和するアイテムを作るのだ。


 アイテムの形状は調理器具がいい。とりあえず鍋にしよう。

 材料は余った鉄クズ。あと領民たちが倒した魔物から出てきた魔石。

 分解。再構築。鍋をクラフト。

 よし。形はできた。

 あとは想定した効果を発揮するかどうか。

 試すしかない。


 鍋を持って、そろりそろりと屋敷を抜け出す。

 雪原を走る。

 やあっ、と闘気を放ったら、魔物のほうから近寄ってきた。オオカミ型だ。瞬殺。肉片を雪と一緒に鍋に入れ、炎魔法で煮込む。

 できたぞ。食べるぞ。調味料がないので味は淡泊。けれど独特の歯応えがいい。嫌いじゃないぞ。


「もぐもぐ」


「リスみたいに頬を膨らませてもぐもぐするエリオット様は可愛らしいです。しかし、ご自身で毒味するのは論外と申しましたよね?」


 誰もいない雪原のはずなのに、若い女性の声がした。

 魔物の肉を飲み込んでから、後ろを振り返る。

 俺が知る限り最強の剣士が、ネグリジェ姿で立っていた。

 うん。俺に気配を悟らせずにこの距離まで近づけるのは、一人しかいない。


「や、やあ、ニーニャ……深夜の散歩かな? これ美味しいよ……食べる?」


「ええ、いただきましょう。魔物の肉をいただきましょう」


「ど、どこから見てたの?」


「はあ? 私を舐めているのですか? エリオット様がベッドから這いだした時点で気づいていましたが。即座に追いかけて、最初から最後まで見ていましたが」


 最初から最後まで……全く分からなかった。

 気配を消すのも探るのも、段違いだ。


「ま、まあ、こうして魔物を食べられるようになったんだ。これで氷魔の地は、ますます住みやすくなるよ」


「結構な話ですね。ところで、どうしてコソコソと抜け出したんですか? その鍋を作る前に、なぜ長考したのです? エリオット様をもってしても、魔物を食べるのは難題だったからでしょう?」


「う、うん……でも上手くいったし……」


「そういう問題ではありません。毒を中和するのを失敗したらどうするつもりだったのですか。私に心配をかけた罰です」


「わ、わぁぁぁ、やめてぇぇ、ごめんなぁぁぁぁい!」


 俺は深夜の銀世界でお仕置きされまくった。

 次の日、二人そろって風邪で高熱を出して寝込んだ。


「ねえ……俺が魔物の肉を食べる一部始終を見てたならさ、お仕置きする前に止めたらよかったんじゃないの?」


「はあ? 止めてしまったらお仕置きする口実にならないでしょう。エリオット様なら絶対に大丈夫と信じていましたし」


 絶対に信じてたなら、心配をかけた罰とは一体なんなのだ……。

 とにかく、魔物を食料にする目処が立ったぞ。

 多分、人類史上初の快挙だ。

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