第8話 領民全員オリハルコン装備

「た、大変だ! 狩りをしていたら魔物の群れを見つけた。十匹や二十匹じゃない……もっと大群だった! この村に来たらヤベぇぞ!」


「そんな……せっかく領主様が立派な家を作ってくれたのに、もう壊されちまうのかよ」


「嫌だぜ、こんな生活。家を作っては壊され、作っては壊され……ここを開拓するのは王命だけどよ。逃げちまおうぜ。ほかの国まで行けば、いちいち追いかけてこないだろ。つーか、国王は俺らのことなんか忘れてるだろ」


 領民たちが、そんな話をしていた。

 多分、国王がここの開拓を命じたのを忘れているのは本当だ。

 俺が入植者たちの存在を知ったのは、ここまでの道中、通りかかった町々で噂話を聞いたから。

 だから王命を無視して逃げ出しても、咎める者はいない。

 なにせ命令した本人が忘れているのだ。


 とはいえ領民がいなくなったら俺が困る。

 彼らには踏みとどまってもらわないと。


「魔物の群れ、俺が対抗策を用意する」


「おお、領主様! そうだよな、領主様とメイドの嬢ちゃんがいれば、魔物なんか楽勝だぜ!」


 と、領民たちは大はしゃぎする。

 けれど俺は今回、自分で戦わないし、ニーニャにも見物してもらうつもりでいた。


 一度、自室に戻る。

 オリハルコンのインゴット、最後の一本がある。

 それから領民たちから集めた、錆びた剣や、大穴が空いた鎧などの鉄クズ。それら鉄クズは、入植したときは立派な武器防具だったらしい。しかし過酷な日々を過ごすうち、劣化し、修復する手段もなく、ご覧の有様になった。

 今の領民たちの装備は、毛皮のコートや、石槍、石矢である。


 残りのオリハルコンで作れる武器は、あと一人分だけだ。

 しかしそれは、純粋なオリハルコンとして使った場合の話。

 鉄にオリハルコンを1%混ぜただけで、強度は飛躍的に上がる。国宝になるほどに。


「このオリハルコンで、みんなの槍と鎧を作る。いいよね?」


「私に確認を取る必要はありません。エリオット様の領地であり、エリオット様の領民です。私はこの剣をいただけただけで満足です」


「分かった。クラフト!」


 鉄に微量のオリハルコンを混ぜた合金。

 それで作られた槍と鎧。二十人分。


「うわっ、量が多い!」


 領民から集めた鉄クズは、バラバラの状態だったからこそ俺の部屋に収まっていた。

 それが立派なフルプレートアーマーになったのだ。

 一気に体積が増えた。その勢いで俺とニーニャは部屋から押し出される。


「ぐえ……苦しい」


「エリオット様と密着する口実ができて、幸せでございます」


 こいつ、さては鎧の濁流が来る前に逃げられたのに、あえて逃げなかったな。

 まあ、こうなるのを予測できなかった俺が悪いんだけど。

 鎧のプールから這いだして、領民たちを部屋に呼ぶ。


「うわっ、すげぇ! あんなにボロボロだった鎧が新品同様だ! 全員分の槍もある!」


「剣より槍のほうがリーチが長いから、みんなにはそのほうがいいと思ったんだ」


「ありがてぇぜ。これで領主様たちの手伝いができる!」


「手伝いって言うか。君たちだけで魔物の群れを倒して欲しい」


 そう告げると、動揺が広がった。


「そ、それはいくらなんでも! 装備が立派になっても俺らは素人だぜ!?」


「素人と言っても、それはニーニャみたいな達人に比べたらの話で、普段から動物を狩ってるし、魔物の群れとの遭遇だって初めてじゃないでしょ。大丈夫。この鎧と槍にはオリハルコンを混ぜた。そこらの魔物に体当たりされたって、傷一つつかないよ」


「オリハルコン!? いくら領主様の言葉でも信じられないぜ。もし本当なら、ここに国宝が二十人分転がってることになる」


「転がってるんだよ。嘘だと思うなら、鎧を全力で攻撃してみなって」


「よーし……俺は腕力には自信がある。鋼鉄の鎧だってぺしゃんこにできるんだ。オリハルコンが混ざってなかったら、この鎧はただの板になるぜ」


 彼は巨大なハンマーを振り下ろした。

 自慢げに言うだけあって、気持ちのいい勢いだ。

 けれど俺が作った鎧には通じない。

 勢いが乗っていた分だけ反動が凄まじく、彼は仰け反って、ほかの領民に背中から突っ込んだ。


「な、なんだ、今のは……腕が痺れてハンマーを支えられねぇ……全力で叩いたのにヘコませることもできなかった……マジにオリハルコンかよ!」


 大男とハンマーの組み合わせでも傷つかない鎧。

 それを見て領民たちに希望が灯る。


「あれで無傷なら、魔物の攻撃でもヘコまなねぇだろ!」


「ああ、無敵だぜ。鉄とか鋼とか、そんなレベルじゃない。専門的なことは分からないけどよ、オリハルコンでも入ってなきゃ説明できねぇぜ!」


 彼らは俺が作った鎧を着込み、槍を持って行軍する。

 その前方から、オオカミ型の魔物の群れがやってきた。

 五十匹はいるだろうか。

 凄い迫力だ。

 鋭い牙で領民たちに噛みつく。

 が、逆に魔物の牙が折れてしまう。

 それで領民の士気はますます上がる。


 魔物の牙も爪も体当たりも、どんな攻撃も領民にダメージを与えることはできない。

 領民たちは、ただ進み、槍で攻撃すればいい。

 その動きは、ニーニャどころか、俺と比べても遙かに低い水準。

 なのに魔物を圧倒する。

 ダメージを負わないのだから、恐れるものはない。

 余裕綽々で槍を振り回し、叩き、突き刺し、魔物を駆逐する。


「勝った……俺たちだけで魔物を全滅させたぁぁぁっ!」


 勝鬨が鳴り響く。

 俺にとっても嬉しい勝利だ。

 あの装備さえあれば、領民たちだけで村を守れる。

 俺とニーニャは、別のことに没頭できる。


「防衛は彼らに任せて、私たちはスケベに没頭できますね」


「そんなのに没頭したくないよ!」

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