第6話 スノーワームとの戦闘
普通の動植物と魔物の違い。
それは単純に、魔力を有しているか否かの違いだ。
魔物は強靱な肉体を魔力で更に強化しているので、恐ろしい力で鉄の鎧も引き裂いてしまう。
中には人間の魔法師のように、魔法で炎や雷を起こして攻撃してくるものだっている。
そんな強い魔物を苦労して倒しても、その肉は人間にとって毒なので、食料にならない。
魔物の肉には、魔力の源になる魔素という物質が大量に含まれている。
俺のように魔法を扱える者でさえ、魔素を口から摂取すると毒になる。
そして魔法の心得がなかったら猛毒だ。少しでも食べたら、まず助からない。
というわけで、食料目当ての猟師にとって、魔物との出会いは百害あって一利なし。
入植者たち……いや、俺は領主だから、領民と呼ぶべきだな。領民のみんなと食料調達のため狩りにでると、巨大なクマの魔物が現れた。
領民たちは恐怖に顔を引きつらせながら一目散に逃げる。
彼らでは太刀打ちできないようだ。勝てない相手が出たら迷わず逃げる。その判断の早さが彼らを今まで生き残らせたのだろう。
だが逃げてばかりじゃ追い込まれる。村の周りに魔物が増えて、せっかく作った家を壊されてしまう。
この辺りは人間の縄張りだと教えてやらなきゃ駄目だ。
「エリオット様。雷電斬りです。剣に電気を流して振り下ろしてください」
「ピカッ!」
ニーニャの指示に応え、魔法の雷を刃に纏わせて魔物を斬り殺す。
「って、なんで俺が戦ってるんだよ。ニーニャは護衛なんだからニーニャが戦うところだろ!?」
「ノリノリだったくせに。今のは修行の一環です。魔法と剣術を組み合わせた技は、私には無理です。ですがエリオット様にはできます。エリオット様は魔法剣士となり、私より高みに登れるお方です」
「た、確かに魔法と剣の組み合わせはいいかも……ニーニャに言われるまで、やってみようと思わなかった。ありがとう」
「いえいえ。思いつきで言っただけなのに、一発で成功させてしまうエリオット様が凄いのです。眼福でした。こちらこそありがとうございます」
思いつきかーい。いや、思いついてくれたのがありがたいんだけど。
「すげぇ……メイドの嬢ちゃんだけじゃなくて領主様も滅茶苦茶強いんだな。あんたたち二人がいれば安心だぜ!」
みんな安心しきった顔をしている。
確かに領民を守るのは領主の仕事の一つだろう。
けれど、いつも俺自ら戦うのは違う気がする。
自衛できるように領民を成長させてこそ立派な領主なんじゃないのか?
少なくとも領地運営ゲームならそうだ!
というわけで、領民たちに武器と防具を作ってやろう。
戦い慣れていない彼らが使うなら、ただの鉄では駄目だ。
もっと強力な金属が欲しいところ。
「……っ!? 地中から気配が!」
突然、ニーニャが叫んだ。
遅れて俺も、地の底から迫ってくるなにかに気づく。
しかし、どう反応すべきか分からない。
俺とニーニャだけならともかく、ここには領民たちがいる。
全員を守るには――。
「こちらです!」
ニーニャは凄まじい脚力で俺たちから一気に距離を取り、そこで闘気を発した。
瞬間、地中から迫る何者かがニーニャの闘気に反応し、進路をそちらに変える。
そして雪原を貫いて姿を現わしたのは、巨大で真っ白なムカデであった。
どのくらい巨大かというと、馬を丸呑みにできそうなほど。全長は分からない。まだ全身を見せていないのだ。
「スノーワーム!? 凄腕の冒険者が十人がかりでようやく倒せるかって魔物だ……もう駄目だぁっ!」
領民が叫ぶ。
だがニーニャは臆することなく跳躍し、スノーワームの頭上を取る。
足を使えない空中でありながら、身を捻って体重を乗せた斬撃を放つ。
刃がスノーワームに触れたとき、まるで金属を叩いたような甲高い音が鳴り響いた。
硬い。
自分で触れたわけでもないのに、腕が痺れるような錯覚がきた。
ニーニャが体ごと弾かれる。
しかしブーツの先端をスノーワームの関節の隙間に突っ込んで、飛ばされるのを防いだ。
そこを支えにして、同じ場所に再度の斬撃。
さっきよりも速い。
衝撃波で空気がうねり、剣が歪んで見えるほど。
刃が外骨格にめりこむ。
スノーワームはニーニャの刃渡りよりずっと太い。なのに真空波がその体内を貫き、両断せしめた。
スノーワームの頭部が落ちる。
紫の体液が雪原に染みこむ。
胴体から生えた無数の足が痙攣し、動かなくなった。
巨体が倒れていく光景を見て、領民たちは大きな歓声を上げる。
「す、すげぇぇぇ! メイドの嬢ちゃん、強いのは分かってたけど、まさかここまでとは! 世界最強の剣士なんじゃねーのか!?」
叫びこそしないけど、俺も同じ思いだった。
ニーニャの本気の剣を久しぶりに見た。凄すぎる。彼女いわく、俺はもっと才能があるらしい。信じがたい。超えられる気がしない。
「……ニーニャが帰ってこない?」
巻き上がった粉雪の奥から、見慣れたメイド服が出てくるのを待つ。
でも来ない。
心配になって、こっちから走り寄る。
「エリオット様、来ないでください」
「そんなこと言われたら、ますます心配になるよ!」
ニーニャは雪の中にうずくまっていた。
怪我は……なさそうだ。赤い血はない。スノーワームの紫の返り血を浴びているだけ。
なのにニーニャは、今にも泣きそうな顔をしている。
その理由はすぐに分かった。
剣が折れていた。
「も……申しわけありません……エリオット様が作ってくださった剣を……私の腕が未熟なばかりに……」
座り込むニーニャの手には剣の柄が。
見つめる先には刃が突き刺さっている。
涙が一滴流れた。
剣が折れたくらいでニーニャが泣くなんて、想像していなかった。
俺が作った剣だから? 全力を出せる唯一の剣だから?
きっと両方。
俺が思っていたよりも、あの剣はニーニャにとって大切だった。
「ニーニャ、謝らないで。むしろ俺こそ、ごめん。俺の剣ならニーニャの全力を受け止められるって思い上がっていた。違った。ニーニャの全力は、俺の想像の百倍は凄かった。この剣は折れた。これを素材に別の剣を作っても、同じ剣とはいえない。折れた剣を返してあげることはできない。そもそも同じだと、また折れる。だから俺にチャンスをくれ。もっと凄い剣を作ってニーニャにプレゼントする。だから、また本気の戦いを見せて。ニーニャが戦っている姿は、気高くて、美しい。だから泣かないで」
「エリオット様……はい、ニーニャはもう泣きません。だから約束ですよ。必ず私の全力を受け止めてくださいね」
ニーニャは、俺でなければ気づかないくらい微かに、けれど確実に笑っていた。
――そして、その日の夜。
ベッドの中でニーニャは全力をぶつけてきた。昨日の百倍は凄かった。俺は受け止めきれず泣いてしまった。
「泣いてるエリオット様もお可愛らしいです! ああ、ドチャシコでございます! 腰が勝手に激しく……エリオット様がシコい泣き顔なのが悪いんですからね!」
「も、もう許してよぉぉぉぉっ!」
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