第2話 メイドと一緒に氷魔の地へ出発

「エリオット。お前に、断絶していたレオンハート伯爵家の家督を継がせる。今からエリオット・レオンハート伯爵を名乗るがいい。そしてレオンハート伯爵には『氷魔の地』を領地として与える」


 父上の執務室に入るやいなや、そんな言葉を投げつけられた。

 追放されるだろうとは思っていた。

 しかし、これは想像していたよりも酷い。


「レオンハート伯爵を名乗るがいいって……では俺はもうアルカンシア王家ではないということですか……?」


「そうだ。二度とアルカンシアを名乗ることは許さぬ。話は以上だ。氷魔の地を行き、己の領地を立派に治めてみよ」


「ま、待ってください! 氷魔の地はその名前の通り、厳しい気候の土地です。おまけに魔物も非常に多く、ほとんど人が住んでいないはず。いや、もしかしたら住民は皆無? そこに十歳の俺を送り込むのですか? ま、まさか一人で行けと……?」


「お前は伯爵。ならば自分で臣下を集めるのは当然だ。さあ、話は以上と言ったはずだぞ。出ていけ」


 そして俺は執務室から追い出された。

 信じられん。

 十歳の子供を追放するだけでもどうかと思うのに、苗字を名乗るのさえ許さないだと?

 レオンハート伯爵という新しい地位と、氷魔の地という領地は与えられた。

 だが、あとはなにもない。

 生まれ育った王宮を、部下も資材も資金もなしに追放された。


 人間のすることか?

 自分の子供に対してそんなことするか?


 前世でWEB小説を読んでいたときは他人事だったが、我が身に降りかかると、実に腹が立つ。

 おそらく俺の能力を見せれば追放されずに済むのだろうが、あんなクソ親、こっちから願い下げである。

 喜んで出て行ってやろう。

 俺はなんでもクラフトできる。

 雪に閉ざされた土地だろうと開拓してやろうじゃないか。

 この王都より立派な街を作って、国王を悔しがらせてやる。


「エリオット様。頬を膨らませてどうしたのですか?」


 自室に戻ると、メイドのニーニャが俺の顔を見るなり、無表情のまま首を傾げる。

 ニーニャはスタイルがよく、輝くような金髪の美人だが、無愛想なのが欠点だ。

 しかし俺の専属メイドとして、身の回りの世話をしてくれる。それに関しては非の打ち所がなかった。

 そして可憐な見た目と裏腹に剣の達人だ。家事をしているときでも腰に剣をぶら下げており、いざというときは俺の護衛を務めてくれる。

 また、剣を習うのは王侯貴族の嗜みなので俺も習っていて、ニーニャは剣の師匠でもある。


「ニーニャ。今までありがとう。俺はアルカンシア王家を追放された。今の俺はエリオット・レオンハート伯爵だ。氷魔の地を領地として与えられた。だから今から一人で氷魔の地に行かなきゃならない」


「……ご冗談でしょう? エリオット様はしっかりしていますが、それでもまだ十歳です。一人で氷魔の地にだなんて、いくら陛下がお厳しい人でも、まさか、そんな」


「俺も冗談だと言いたいが、本当なんだ。ニーニャに会えなくなるのは寂しいけど、なんとか頑張るよ。……最後に荷造りを手伝ってくれたら嬉しいな」


「……かしこまりました。ですが少々お待ちください。荷造りの前に斬って参ります」


「なにを斬るって?」


「国王を。エリオット様を追放する馬鹿者を。この剣にて、首を跳ねて参ります」


「ちょっ、待って! そんなことしたらニーニャが捕まるよ! 確実に死刑だよ!」


「私は捕まりません。追手も全て斬ればいい話です」


 彼女は真顔で言う。これは本気だぞ……。


「……そりゃニーニャならできるんだろうけどさ。国王が殺された上に、兵士も沢山死んで、それで犯人を取り逃がしたとか、この国は大パニックだよ。父上は嫌いだけど、この国や国民まで嫌いになったわけじゃない。頼むから、無茶はしないで」


「エリオット様の頼みならば仕方ありませんね」


「それにしても、ニーニャがそこまで怒ると思わなかった。もしかして俺のこと仕事抜きに好きだったり? なんちゃって」


 俺が冗談めかしてそう口にしたら、ニーニャは目を細くして睨んできた。

 な、なんだ?

 ニーニャがここまで表情を変えるとか、滅多にないことだぞ。

 さっき国王を斬ると宣言したときでさえ、ここまで怒っていなかった。


「ごめん……冗談だからって、なにを言ってもいいってわけじゃないよね。ニーニャは仕事だから俺のお世話をしてくれてたんであって、好きとか嫌いとか、そういう感情は……」


 俺が喋っている途中で、ニーニャはクソデカため息を吐いた。


「…………ああ、やれやれ。エリオット様は本当に鈍感野郎ですね。私はエリオット様が好きですが。五年前に初めて会った日から、もう見た目が好きですが。私がなにかするたび、笑顔でありがとうと言うのは反則だと思っていますが。エリオット様の剣の才能にも目を付けているので、あなたを剣豪に育て上げるのを人生の命題と決めていますが。そして、その類い希なるクラフト能力で、この剣を作ってくださったこと、心の底から感謝しております。私の全力に耐えてくれる剣……一生出会えないかもと諦めていたのですが……」


 ニーニャは剣の鞘を握りしめた。

 彼女が言うように、俺が作った剣だ。

 前世でプレイしていたゲームは、戦闘だけでなく、クラフト要素も多彩だった。

 転生してからは、ゲームシステムを現実で使えた。

 ニーニャが本気を出すと、その辺の剣は折れてしまう。彼女は俺の護衛でもあるから、いざというとき全力で戦えないのは困る。だから作ってあげた。それだけのことだ。


「大げさだな。ただの鉄の剣だよ」


「そうです。素材はただの鉄です。なのに、ほかの剣と明らかに違う。だからエリオット様は素晴らしいのです」


「そ、そこまで言われると照れるなぁ」


「照れているエリオット様も可愛らしいですね。さて、こうして話している間に出発の準備をしてしまいましたよ。私の早業を褒めてください」


「本当に凄いね! 速すぎてよく見えなかったよ!」


「では出発しましょう」


「あれ? ニーニャも来てくれるの……? 職場放棄になるんじゃ……」


「ええ、はい。職場をバックレます。この話の流れでエリオット様と一緒に行かなかったら、むしろ変だと思いますが」


「ニーニャ……ありがとう。本当は一人で行くの、心細かったんだ」


 俺にはクラフト能力がある。魔法も使える。ニーニャに教わった剣術だってそれなりのものだ。

 けれど、それでも一人で見知らぬ土地に行くのは不安が大きかった。


「甘えん坊のエリオット様も可愛くて反則です。胸がキュンキュンします」


「そ、そうなんだ……表情がいつも通りだから、そうは見えないよ」


「私は顔に出にくい性分なので。ですが、いつもエリオット様に対して『部屋に持ち帰って抱き枕にしてぇ』と思っているのですよ」


 そんなこと思ってたのかよ。危険人物じゃん。

 いや、好いてくれるのは嬉しいけどね。


「では手始めに、王宮の馬車をかっぱらいましょう。そのくらいしたってバチは当たりません。国王が許さなくても神様が許してくれるはずです」


「本当はよくないけど、やっちゃおう。なんだかワクワクしてきた!」


 こうして俺はニーニャと一緒に馬車に乗って、氷魔の地へと出発したのであった。

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