AIに小説家になれって言われた
滝川 海老郎
第1話 本編
俺は高校を卒業してから、必死に小説を書いた。
高校の頃から文字入力の速度だけは自慢だった。
書きまくった。PCでタッチタイピングはぼぼ完璧だ。
「あぁあ……今日も終わりか」
窓から夕暮れの西日が差し込んでくる。
大学には進学しなかった。受験勉強もしてない。
そのかわり、流行りだと言われるライトノベルや文学賞の受賞作品など、たくさんの本を読んだ。
なぜなら、俺の高校でのAI職業診断適性テストで「あなたは小説家に向いています。適合率は98.12%です」と言われたからだ。
どちらかというと俺は数学や理科が得意だった。いわゆる理系に属している。
なぜ小説家なのか。
小説家にも二つのタイプがいるらしい。一つは文系の「感覚系」作家だ。感情のままに、時に荒々しく、時に繊細な風景や登場人物の感情を伝える。
もう一つは、理系作家の論理的な構造を持った小説だ。プロットをちゃんと書いて、物語を一つの建築物のように構築していくらしい。
俺は後者だとAIにコメントされていた。
「なら、やってやろうじゃんか」
俺はAIに従った。でも決めたのは他でもない自分だ。
AIに指図されて、唯々諾々と従っているに過ぎないわけではない。
実家の子供部屋に半引き籠りの生活をしている。
時に小説家は実体験したことしか書けないと言われるが、俺は恋人がいたことはない。女子とは距離をいつも取っているタイプだった。女子とメールやメッセージアプリとかしたことがない。クラスのグループチャットは別だけど。
それでも妄想はできる。「実体験したこと」じゃないんだ「想像した範囲」しか書けないというのが正しいのかもしれない。
自分の意見と正反対のことも書くことができるが、それを想像できない場合には、上手く書くことができない。
「今年こそ、絶対に賞を取ってやる」
俺は一人PCに向かう。高校生活を妄想して。
「ラブコメだああ、ラブコメ。世界一の美少女とラブラブするやつ!」
世界ネット・ミスグランプリ優勝の美少女のクラスメートと恋に落ちる。甘酸っぱい青春ラブストリー。
どうだ、敵対しているミスコンの出場者が襲撃してきたり、この子がサブヒロインになったり、元幼馴染が近所に引っ越してきて、俺に迫ってきたり、女の子とバタバタした生活を送る。世界一の美少女とは最初友達程度の関係だったが次第に親密になり、ついに恋人になる。
どうだ見たか。
ヒロインはもちろん俺の趣味で決めた。黒髪ロングの清楚系。
誰にでも優しくて、美して、かわいい。
非の打ちどころがないが、男性が大の苦手。
なぜか俺だけは平気だった。
どうだ、これでいける。
文章は次々と組み上がり、小説の形を作っていく。
最初はただ文が並んでいるだけだったのに、それが「話」になり「章」になり、「10万文字」になり「長編作品」になる。
俺はまた一つ、小説という高層ビルを建築できたのだ。
どうか、欠陥住宅ではありませんように。
ハズレ物件とか言われないように、書いたつもりだ。
「もしもし、ねえねえ、アキラ君、小説どう?」
幼馴染のミライが電話してくる。彼女は決まって電話だ。
「いっこ、完成した。次の賞に出す」
「ふぅん。それって小説投稿サイトで昨日完結した作品でしょ?」
「そうだぞ。なんだ、まさか読んだのか?」
「うん。すごく面白かったよ。ああいう子が好きなんだなって伝わってきちゃった」
「あぁまあな」
彼女ミライは学校一の美少女だった。
小さい頃は一緒に遊んだりしたが、中学高校と上がって、俺とは遠い場所へ行ってしまった。
「なんかさ、黒髪ロングの清楚系とかさ、なんか既視感あるよね」
「だろうな」
ヒロインにはミライの面影があるのだ。
当たり前だが、俺の女性経験なんてそれくらいしかないのだから、当然だった。
「ねえ、今度、一緒にランチ食べようよ」
「面倒だな」
「どうせ家にいて暇でしょ」
「そうだが。悪いか」
「悪くないよ。好都合。にひひ」
「だろうな、わかった、じゃあ次の月曜日の昼でいいか?」
俺はなるべく混む土日を避けたい。
「ちょっとまって、えっと、いいよ。次の月曜日の昼ご飯ね。時間作っておくね。じゃあ、またね、ばいばい」
「ああ」
ツーツーツー。
電話が切れる。まったくミライも俺なんか構って何が面白いんだか。
ミライか。ミライがヒロイン……恋人か。どうなんだろうな。
作家として、経験値になるだろうか。
そうだな、うん。実際に付き合ったら、俺のラブコメも磨きが掛かって受賞できたり、ランキングを駆け上がって書籍化したりできるかもしれない。
次に会う月曜日、ちょっと話してみるか。
なんだか、客観的に見ると現実のほうがラブコメっぽいよな、あはは。
◇
あれから三年。ミライと付き合うことができ、俺は無事ハイファンタジーで賞を受賞。
コミカライズからヒットを飛ばし、アニメ化が決定したところだった。
ラブコメはなんだがうまくいかず、結局ハイファンタジーに恋愛要素を足したものが読者に受けたようだった。
世の中、こんなものだ。
しかし、すべての体験は作者に還元されるのだ、どのような形にしろ。それは事実だと思う。
俺は今日もPCに向かって、ビルの建築作業のように小説を書いている。
(終)
AIに小説家になれって言われた 滝川 海老郎 @syuribox
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