おまけ:ぺえじめくりをしたくないひとのための まぼろしのひつじ
1p版本編ですね。本編なのに三人称だから番外入りという。
※番外編から移動しました。こっちにしかない情報がですね。てへ。
―――
いつの時代かはわかりませんが、大きな暗い森の西のはしっこに、ちいさな名もなき村がありました。
その村の長老さまのおうちには、よその街から来たものの、親をなくした男の子と女の子のきょうだいがすんでおりました。
ふたりは長老さまのおはなしをきいたり、大人のお手伝いをしたりしながら、ほどほどに健やかに過ごしていたのですが、ある日妹のほうが羊とたわむれていたとき、突然ぱたりと倒れて眠ってしまいました。
困ったことに、少女はそれっきり目を覚まさないのです。
薬をつくる仕事のものも、村の中、村の外のいろんなことを知恵で助ける役目のひとも、理由がわかりません。
(お医者さんはきょうだいのお父さんでしたが、けっこう前に亡くなってしまったので、今は村にはお医者さんがいないのです)
はてさて、と、長老さまも困り果てていたところ、村はずれに住んでいる、ふしぎな目を持っている老人がやってきました。
そして、妹を見るなり、『ああ、これは碧いね。昔別の森にいたころにもだれだったかが眠る病だったでしょう。おなじものですよ』と言ったのです。
なんということでしょうか、少女がかかってしまったのは『碧き眠りの病』、年老いることない代わりに目覚めることもできない病だったのです。
それなりの歳のひとなら年老いないのは嬉しいでしょうが、この少女はまだ十歳、まだまだ育ちたい盛りだというのに。
昔別の森にいたころにおなじ病だったという誰かさんも、病から治る前に火事で亡くなってしまったので、誰も治し方を知りません。
そうしていると、長老さまに囁く声がありました。
【碧き眠りに囚われし子と血を分けし者よ 『まぼろしのひつじ』を求めよ されば道は開かん】
長老さまは、祖霊様という不思議な存在の声を聴くことができて、これまでも何度も助けられてきたのです。
よその街から来たこどものために助ける声がするとは思っていなかった長老さまは驚きましたが、せっかくお告げを頂いたのですから、それに望みをかけてやろうと、少女の兄にお告げの話をすることにしました。
もちろん、兄のほうに否やはありません。村の知恵者に相談して、東へ向かうのがよいだろうと決めると、ある程度長い旅ができる準備をして、ひとり旅立ったのです。
そのとき、長老さまのところから、ひっそりと見えない誰かが少年についていったのですが、長老さまですら後から知ったものを、そういったものをさして知らない少年が気付くはずもありません。
さて、この少年は、大人の手伝いで森にはなんども入ったことがありましたし、森を歩いて獲物を捕まえたり、できるだけ疲れないように旅をする方法は覚えていましたから、最初は順調に進んでいくことができました。
ところが、あるときふと気づくと、それまであちらこちらから感じていた生き物の気配がなくなってしまっていました。
それに、そういえば、寝る前にきょうはなんにちめだった、と数えることを、いつの間にか忘れてしまっていたではありませんか。
東に向かっていることだけは間違いないと思えたのですが、だんだんとそれ以外の感覚があいまいになってきているのです。
ですが、少年はそれに気が付いているようで、気が付いていません。
そうこうしているうちに、たべるものがなくなってしまいました。
森の中をうねうねと曲がりながら流れるきれいな川があったので、水にこそたいして困りはしませんでしたが、どんどんおなかが減ってゆきます。
ずるずると、足をひきずるように少年は、それでも東に向かいます。
……その影に隠れるように。
何か、目に見えるか見えないか、ぎりぎりのぼんやりした、よからぬ何かが。
影に潜み、更には影を奪い取るかのように暗さに紛れ、気付かれぬように手足に纏わりつき、じわりと浸食し。
そしてこれも目に見えるかどうかの淡い光に弾かれて滑り落ち。また浸食を繰り返し。
少年の気付かぬところで、見えないところで。
実体のないものたちの攻防が実は続いていたのですが、少年は気付く余裕がもうありません。
あいにくと、その場所はよからぬもの本体の領域でしたので、じわりじわりと浸食は進み。
それでもなお少年の足を止めることはかなわぬまま。
ついに少年は森を抜け、頼りなく流れる川の向こうに遥かなる東の枯野が見える場所へとたどり着きました。
ですが、そこでとうとう、一歩も進めなくなって、倒れてしまったのです。
その足は、形を失いかけていました。
よからぬなにものかは、生きるものを生きながら、気付かれないうちにいずれすべて食べてしまう、たいそう恐ろしいものだったのです。
そしてここまで、少年を守るものに阻まれ、影に潜んでいたものが、これ幸いと大きく、しかしぼんやりと姿を現して、地に伏した少年を吞み込もうとしたそのとき。
虹色に輝く光の矢が、天空から一直線に、影から現れたものを刺し貫いたではありませんか。
よからぬものは光がまさに弱点でもありましたからひとたまりもありません。
森より伸びて、少年の影に紛れ込んでいた部分全てを一撃で吹き飛ばされて、なにものかの残りの部分は慌てて森の中に逃げ込んでいきました。
ええ、こういったよからぬものはたいそうしぶといのです。まだ、滅びるには遠いようでした。
悪しきものが去ったあと、やさしい風がふわりと吹いたと思うと、一人の背の高い、長い金の髪の青年がどこからともなく、音もなく現れました。
そして、少年を一目見て、酷い有様に眉を寄せました。
「……ああ、これはひどい。間に合いはしたといっても、これは……いや、【構造パーツ群】を使えばなんとかできるか……? 【フェルリィスヴィーズ01から緊急要請:***の被害者収容の為、転送機の起動を要請。座標は『私』を参照せよ。同期後即転送開始:次いで動作可能範囲の医療装置緊急起動、TR1=01】」
言葉の後半は、今のこの世界ではもう誰も使っていない言語のようで、仮に少年が起きていたとしても、何を言っているかさっぱりだったでしょうが、その言葉が終わるかどうかで、青年は姿を消してしまいました。
……大地に転がっていたはずの少年も一緒に。
◇◆◆◇
東方の広大な枯野の、中央よりはそれなりに西に偏った場所に、木と石と漆喰で作られた小さな家がありました。
少年はその小さな家の一部屋で目を覚ましました。
不思議なことに、倒れるほどにおなかが空いていたのに、今は空腹を感じません。
それに、着ているものも、清潔そうですが、なんだか頼りない仕立ての夜着のような服になっています。
幼いころに旅をしていた時に立ちよった町の建物や、売っていた服にちょっと似ているようではありました。
ここはどこだろう、と思っていた所に、きれいな背の高い男の人がやってきて、少年は、どうやらこの人が助けてくれたのだな、とお礼をいいました。
少年にはよく聞き取れない名前の青年は、どうやらお医者さんか、それに似た仕事のひとのようでした。
それに、少年のいた、真名をだいじにして、人には名乗らない集落のことも知っているようでした。
とはいえ、ここは集落のはるか外ですし、少年はもともと集落の民ではなかったので、自分の名前を教えようとしたのですが。
突然その部屋のど真ん中、それも空中に現れた少女に止められるのでした。
それは、今まで見たことがないほど、たいそうきれいな少女でしたが、どうみても人間じゃないよね、と少年は思いましたし、実際それであっています。
少女はいかにも今考えた偽名です、と態度に出しながらシーリーン、と名乗りました。
本当の名前をやりとりすると、彼女の力に引き込まれて、結構たいへんなことになってしまうのだそうです。
そんなたいへんなことになる力があるのなら。
少年はここまできた理由をふたりに全部話しました。最初から、ぜんぶです。
すると、少女のほうが『碧き眠りの病』を知っているというではありませんか。
ただ、彼女によると、それは病ではなく呪いの一種なのだと。不完全な不老不死と、ほぼ永遠の眠り。
呪いの原因になるものがごく小さければ、自然に目覚めることもあるけれど、それでも数年はかかるということ。
けれど、その原因は、こともなげに自分がヒトではないと述べた彼女が、場所さえわかれば回収できるのだそうです。
そして、その場所を知るためには少年の協力が必要だ、と、少女の姿をした人ならぬものは言うのでした。
昼間にやると向こうで騒ぎになるでしょうから、と、真夜中の枯野の真ん中、満天の星の下に少女と少年が向かい合って立っています。
少女が杖を打ち鳴らし、人には言葉として聞き取れない音で呪文のようなものを紡いでゆきます。
少女から、大地から、空から虹色の光が沸き上がり降り注ぎ、宙におおきないきものの形をつくってゆくのです。
少年は、はじめ羊のようだと思いましたが、それはおおきなおおきな、巻いた角と羽毛と翼をもつ……かつてこの世界の、今は完全に失われた古い伝承では【竜】と呼ばれていたものの姿でした。
少女にも、おなじような角と翼の幻影がまとわりついて、いっそう不思議な美しさ。
どうやらこれが『まぼろしのひつじ』であるらしい、と少年が思ったところで、宙の光るいきものは、嘶くように天を仰ぎ、前脚を振り上げ――
ぎゅっと小さな光の塊に縮まって西の空へ飛んで行ったのでした。
そして光はやがて森を越えた先、少年が旅立ってきたあの小さな村にたどり着き、眠っている少年の妹から、眠りをもたらしていた力の破片をぺろりと剥がして、そのまま呑み込んで、すっと姿を消してしまいました。
いきものの形にまとまりきらなかった小さな光が降り注ぐなか、少女は光に気を取られていた少年に、ちょっとした術をかけて眠らせてしまいました。
ここであったこと、会ったものたちを、覚えたまま西に戻してはいけないと、東の民の決まりで定められているのです。
ただ、ここであったことを全部忘れたままだとまた東に戻ってきてしまうでしょうから、力を送り込み、戻したときにわずかにできた『道』を使って、集落の近くに帰してやりました。
そんなわけで、少年は無事に集落に帰ることができたのですが、戻ってから二日も眠っていましたし、起きたときにはこの旅のことを途中から全部忘れてしまっていました。
それでも、長老の婆様が、祖霊様が少年がちゃんと目的を果たしたとお告げがあったと申しましたし、なにより、長い眠りから覚めた妹が、少年の旅が成功したのだと、身をもって集落の皆に教えてくれましたから、少年はすっかり安心して、妹と手を取り合って喜びました。
こうして少年の旅は終わり、集落には前とあまり変わらぬ、穏やかな日々が戻ったのです。
おしまい。
―――
いやあ児童文学調って難しいですね!!!
というかジャンルが渋滞しとりますね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます