閑話1 少年の帰還

注:番外編に上げていたものと同じ内容です。


―――


 集落に数年前にやってきて、親を亡くしてから長老の家で手伝いをしながら暮らしていたきょうだいの妹のほうが、集落では十数年ぶりに出たという珍しい病に罹って倒れ、兄のほうが祖霊様のお告げに従って集落から旅に出て数か月。


 弓狩の息子は、親の仕事を覚えるために森に同行していた。


 そういえば、あいつも時々仕事を覚えたいってついてきてたよなあ、今どうしてるんだろうか。お告げが新しくあったとも聞かないし、生きてるよな?


 特に仲が良いというわけではなかったが、別に嫌いではない。むしろ集落の中で、外で、いろんなことを真面目に教わっている姿に好感を持っている。

 ただ、狩人という仕事の性質上、森にいるときに話をする機会がほとんどないだけだ。

 昼食の時に、と思っても、だいたい職業のわりに喋りたがりの父親がずっとどちらかに話しかけていて、お互いで話すということはあまりない。

 集落にいるときは、だいたい向こうがほかの仕事の手伝いをしていて、これまた機会がない。

 何のことはない、単に仲良くなれるだけの時間がないだけだ。

 そして、この弓狩の息子以外の若い世代(といっても正直そんなに人数はいないのだが)全員、似たり寄ったりの付き合いになっているのが現状だった。

 (しいて言えば、長老の姪のこどもたちが一番よく顔を合わせているはずだが、そこのふたりの子供たちはは少し歳下で、逆にこの少年の世代との付き合いがまだあまりないのだった。)


 ああ、前に妹のほう同士は仲がいいのだと昼食時に一度聞いたことあったな。


 頭の片隅でそんなことをちょっとだけ考えながら、いつも通り罠を確認しながら、できるだけ音を立てず、注意深く森を歩き、食べられる茸の判別を教わりながら、普段から昼飯を食べる場所として整地してある場所を目指す。

 残念ながら、今日はここまで確認した罠全てが、獲物の毛すらついてない完全な空振りだったし、獲物の気配もなかった。

 弓狩と呼ばれてはいるが、その実は簡単なくくり罠などの罠と弓を併用する狩りが主体だ。

 この森の生き物はあまり大きいものがいないから、弓だけでは逆に効率が良くないのだと父は言う。

 昔は罠を専門にしているものがいて、父もその人から罠の基本を習ったのだそうだが、昔の火事で一家全員亡くなってしまったのだという。


 日々移り行く自然が相手であるから、一日費やして成果なし、なんてのもそんなに珍しいことではない。

 今日明日の飯は肉なしか、とがっかりはしたものの、とりあえず昼飯休憩をしようと、いつも通りの休憩場所辺りに来た時に、思ってもみないものが見えた。


 いや、あいつのことを考えてはいたから、こんな時はなんていえばいいんだろう。



 「親父、休憩場所になんか……ってか長老のとこの養い子じゃね?」


 後方を確認していた父に声をかける。自分では確信を持ってあいつだと思っているが、こういう時は年長者に確認すること、と決めている。


 「あ? ありゃ、確かにそうだな、とうとう帰ってきたのか!

 にしても、こんなところで寝てないでも……ここから、この時間からでも真っすぐ集落まで戻れるだろうに」


 振り向いて、確かに言われた通り、見覚えのある少年を確認した父が首を傾げる。


 「疲れてたんじゃないかなあ。俺より下の子供だよ?ってあれ、起きない」


 実際のところ、少年とは1つ2つしか歳は違わないし、そもそも集落に来る時にも長旅を経験していたせいか、自分と同じくらいには体力があるようで、最後に一緒に森を歩いたときは全く遅れることなくついてきてはいたのだが、如何せん五月にもわたる長旅をしていたなら、それなりに疲弊しているだろうと弓狩の息子は思う。


 父も彼だと認めたことであるし、ゆっくり近づき、そして試しに揺り起こそうとしてみたけれど、案の定起きる様子がない。

 とはいえ、寝息は穏やかで、単にぐっすり眠っているようではある。


 「長旅帰りにしちゃ、えらく服が小ぎれいだな?……いや、靴はもうほとんどだめになってるし、ほつれと破れも酷いから、ここにくる直前に洗ったのか?

 つってもこの近隣の水場で洗濯すんなってのくらいは覚えてるよなあ……?」


 同じくそばにきて、更に首を傾げる父親をよそに、息子のほうはあちこちひっかき傷のある背嚢の口を開けて覗き込む。


 「こら、寝てるからって人の荷物を覗くな」


 「いや、随分ぺしゃんこだと思って。

 わー。食べるもの何にも入ってないよこれ。小銭はなんだか使ってない気がするくらい入ってるけど」


 「携帯食もなんにも、か?小銭はまあ……この森より東に人間が住んでるとは聞いたことがねえから、実際使えるところもなかったんだろうが」

 

 好奇心に負けた父親も背嚢を覗き込んで、息子の言う通りの状態なのを確かめる。


 「糧食袋自体はあるけど、中身は空だね。その割にはちょっとやつれたかな、くらいにしか見えないけど。

 こんなとこで寝かせておくのもなんだから、連れて帰ったほうがいいよね?俺が背負うからさ」


 元通り背嚢の口を閉じながらの息子の主張に父がにやりとして、ぽん、と軽く頭を小突く。


 「何言ってんだ、そういうのは大人の仕事だぜ。どうせ今日は空荷だ。お前は先に戻って長老様に伝えてきな!」

 

 「わかった!ちょっと走ったほうがいいかな?!」


 言いながら既に走り出す息子に苦笑いしながら、父親は後ろ姿に声をかけた。


 「走るのはかまわんが、うっかり足ひっかけて転ぶんじゃねえぞ!」




 こうして祖霊様のお告げを果たした少年は、無事集落に戻ったが、結局まる二日も眠っていたので集落中の人間が心配することになったのだった。





――――


 (フ)かなり不衛生な状態でしたので洗浄はしましたけど、裁縫はできないんですよ、私。

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