第9話
「さーて、お仕事しますかー。」
満天の星の下。
やる気があるのかないのか判らない声音で言い放つシーリーンさんと、二人だけで枯野のただなかに立つ。
時間はほぼ真夜中、らしい。普段ならこんな時間まで起きてると大人に怒られる歳だもんで、見た感じでは良く判らないけども。
「本来ならわたし一人で全部やるんだけどね、遠隔での回収だから万全を期したいのよ。
だから正確な場所をわたしが『識る』ために、君の経験した情報が必要なんだ。
こんな夜中なのに悪いね。眠くはないかい?」
問われたので首を横に振る。眠気もだるさも、特にない。
あ、昼間(というかほぼ夕方だった)の相談のあと、夜になったらちゃんと腹が減ったので食事は貰った。
絶食のあとだからって見たことない白い穀物に、時々集落の食事でも出る雑穀っぽいものが入ったお粥だったけど、あったかくて塩気がちょうどよくて、美味しかった。
「ならいいけど。とりあえず坊やはそこで立っていてくれたらそれでいい。
でももし体調や気分に変化があったりしたら、無理せずここからフェイのいるほうに離れてね、あいつ南側に待機してるから。
君から貰う情報はあくまでも作業負荷を下げるための、保険のようなものだから、絶対ないと困るわけじゃないしね」
にこりともせずにそう言い切ると、シーリーンさんは手に持った杖を両手に持ち直し、しゃらん、と小さな音を立てながら地面に突き立てた。
おもむろに、風もないのに銀の髪がふわりと宙に舞った。
そのふうわりと宙を漂う髪から、夜目にも鮮やかな銀と虹の光の粒がきらきらと、更に上空に舞い上がる。
鮮やかながらも、眩しくはない光は渦巻きながら、徐々に何かの形を成していく。
シーリーンさんは、俺には全く聞き取ることもできない言葉、いや音?を紡いでいる。
その体にも光の粒が舞い集まり、鳥の翼のようなものと、羊の角のような……薄っすらと光輝く、実体のないなにかを形作っていく。
なんだろう。これ俺なんかが見てていいものじゃないんじゃないか?
そう思いながらも、目が離せない。
だけど、ふと何ものかの気配を感じた気がして空を見上げると、上空の光の粒がおおきな、とても大きな羊の姿になっていた。
いやこれ羊じゃないな?もこもこしていて、顔が長くて、くるくる巻いた角があって。
そう考えれば羊によく似てはいるけど、光の塊だからそう感じるのかもしれないけれど、全然違う生き物のような……
ああ、そうか。これが、『まぼろしのひつじ』なのか。
大きなおおきな『まぼろしのひつじ』は、まるで馬が嘶くかのようなそぶりで一度天に向かって顔を上げ、光でできた前脚を高く上げ――
――突然ぎゅっと渦巻き縮んでゆき、丸い光の小さな塊になったかと思うと、西の空に向かって真っすぐ飛んでいき、その姿を消した。
そして、きらきらと、纏まりきらなかった光の粒が地上に降ってくる。
枯野が突然色を取り戻すかのように緑に染まって見えた。目の錯覚だろうか、暗いしな……?
光の粒は俺の周囲にも降り注ぐ、いや、降り注ぐというより……俺にまとわりつくようにして触れるか触れないかのうちに消えてゆく。
ああ、綺麗だな。
そう思ったところで、なぜか意識が途切れた。
「……済まんな、ここのこと、わたしのことは覚えちゃいられないのさ。ついでだから、送っといてやろう」
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