第8話

 「『碧き眠りの病』…………?」



 とりあえず俺が東の地を目指した理由を正直に全部話すと、ふたりは首を傾げた。


 ややあって、シーリーンさんがおもむろに、ずずずっと座っていた長椅子からずり落ちた。


 「あーーーーーーーーーー、アレかー……………………『不老の呪い』…………」


 「呪、い…………?」


 病ではなく、呪い?っていうか呪いなんて実在するのか。


 「そりゃ呪いでしょー。そりゃあ確かにほぼ不老になるし、老化と飢えでは死ななくなるけどもさ、永遠に眠り続けるだけだよー?

 そんな無意味で理不尽な事象、呪いじゃなきゃなんなの。」


 何故だか、とてもとてもめんどくさそうにシーリーンさんが言い放つ。

 それにしても、「ほぼ」であって完全な不老ですらないのか。それはひどい。いや、眠り続けるだけで十二分に酷いんだけど。


 「病じゃなくて呪いって、薬師じゃどうにもならないってやつか。それって治せるものなのか?」


 祖霊様は婆様にどうにかできると宣ったそうだから、病が呪いだといわれたところで、特に失望はしていない。

 まあ呪いなんて昔話と眉唾な噂話以外で聞いたことなかったからびっくりはしたけど。

 

 「治せるっちゃ治せる。だが……いや、今回は居場所が判ってるんだから回収しちゃえばいいんだな、うん」


 シーリーンさんはそう返事をしながら、長椅子にきちんと座りなおした。浮いているのは移動の能力とやらを使う前後だけなんだそうで、床に降りたあとは普通に歩いたり椅子に腰かけたりしている。

 そしてこのひともやっぱり動くときにほとんど音がしない。あんなにじゃらじゃら金銀装飾つけててほとんど無音って流石におかしくねえかとは思ったが、きっと人じゃないものあるあるなんだろうということにしておく。

 いちいちそんなところを気にする場面じゃないからな。


 「回収する?呪いって危ないもんなんでは……?」


 妹が回復してくれれば当然嬉しいが、そのためにほかの人に迷惑がかかるのはだめだろう。


 「ああ、わたしはヒトじゃないからね、不老の呪いとか意味ないんだ。そもそも睡眠自体取らないし?」


 それを聞いたとたん、(たぶん自分の仕事外の話だからか)、空気のように気配が薄まっていたフェイさんがばっ!と勢いよくシーリーンさんのほうを見た。


 「ちょっと待ってください、睡眠をとらないって、前違うこと言ってませんでしたか?!」


 「あの頃はまだ成長期だったんだもん。今はもうこれ以上縦にも横にも伸びないから睡眠要らない……縦……」


 なにやらぶすくれた声音でシーリーンさんがぼやく。どうやら横はともかく、縦にはもうちょっと伸びたかった、らしい。

 シーリーンさんが今より育ったらなんか絶世の美女?とかになりそうではあるけど、今度はそれこそ神々しくて直視できなくなりそうな気がする。

 いや、現状どうみても俺と同じくらいの子供の姿で成長が終わってるって、これで大人ってこと?それはちょっときついかも。俺でも嫌だな。



 「ああすまない、話がそれたね。妹さんは西黒森……君らからいうところの東の森に一番近い集落にいる、でいいのかな?」


 再び真面目な顔に戻ったシーリーンさんに問われて、頷く。


 「うん。それに、あの病に罹った人は年を取らなくなるみたいだから、きっと祖霊様か精霊様の守護があるんだろうって、お祭りで使う祭社で寝かされることになってるから、そこから移動してるってこともないと思う。

 昔、同じ病で、山火事で亡くなった人のときもそうしていたんだって言ってた」


 実際エスロさんは十年くらい全然姿が変わらなかったそうだしな。ただ、今まで子供が罹ったことがなかったのか、成長しなくなるかどうかは判らないと婆様は言っていた。


 「山火事? あぁ、十年ほど前に落雷で東のどこかの森の端と近場の集落が焼けたって聞いた気がするな。あれあの集落だったんだ」


 「そうらしいよ。その頃はまだ俺たち家族は集落にいなかったんだけどさ。当時の集落が三割くらい焼けたって長老の婆様に聞いたよ。焼けたとこは東の森からちょっと北にいったとこなんだけど、焼け森って呼び名にに変わった。その前の名前は知らない」


 俺らは集落にきてだいぶたってからその話を聞いたので、元の名前を聞く機会がなかったんだよね。


 「うわ、結構な被害じゃないか。あまり大きい集落じゃなかった気がするんだけど……ってことは移転してるわね?」


 「ああ、今は焼け森から南西にちょっと離れた、森と草地の間に住んでるよ。昔は羊飼いと木こりと猟師が等分くらいだったそうだけど、今は主に羊を飼ってる。

 人が少ないからそんなにたくさんじゃないけど」


 集落の情報で必要なのってこのくらいか、いや別に職業はどうでもよかったかな?


 「ああ、荒野になる手前の草地まわりで羊飼ってるのか、なら今回の場合は好都合かも。

 

 ……わたしに『応えらえる』子がいると楽ができるからいいんだけどなー……」


 「今回は?それ以外でなにか不都合が?」


 シーリーンさんの言い方が少し気になったので聞き返してみた。なお後半は良く判らないし、独り言っぽいから聞き流すことにする。


 「わたしとしては楽でいいだけ。集落的にもすぐにどうこうはないよ。ただ、あのへんだと羊を養う草がそんなに多くないから、長期的にはどうかなあって。

 まぁ『今』はどこでもそんなに大差はないけどさ。人が住めて羊も養える土地って少なくなっちゃったからねえ」




 もと住んでた場所から移住した時のことを思い出したときに、そんな気はしていたんだけど、やっぱり人の住める場所って減ってるのか。気のせいじゃなかったんだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る