第7話

 「ちょっと待ったああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 おもむろに、耳の真横で怒鳴られたんじゃないかって音量で、それなのに耳が痛くなるというよりは心地よいといえる高い声が響き渡る。

 いや、はっきりくっきり、圧さえ感じるのに、音量そのものはさほどでもない、気がする?

 

 「フェイ!なんで名乗っちゃってるの!『聞けてない』からいいようなものの!そして少年!君はとりあえず今は名乗らなくていいから!!」


 勢いよくそこまで一息に言い切ったのは、俺とあまり変わらない背丈の…………少女?でした。


 いやちょっと待って。なんか今この人いきなり俺の目の前に湧いたんだけど。

 


 ――水のように流れ、風のように舞い上がる銀糸の髪が虹色を帯びて揺らめく。大きな瞳は水色から淡い紫に、今度は深い青にと刻々と色を変える。

 白い肌。。薄手の見たことのない作りの、流れるようなひだで、凹凸のあまりない体を覆う衣。ほっそりとした首にも手足にも、じゃらりじゃらりとたくさんの金銀宝飾。

 片手には、これまた金銀と石で飾られた、杖のようなものを持っている。そして――



 ……あ、確実に人間じゃないわこのヒト。地に足ついてねえ。どう見ても宙に浮いてる。



 思わず見惚れていたんだが、そこまで認識したところで我に返った。

 なんだかさっぱり判らないけど、普通に普通じゃないわここ。ってなんか頭が空回りしてないか。

 ともかく、幸か不幸か、びっくりしすぎて大きく動作する前に固まってたから、フリだけでも落ち着け、聞かなきゃいけないことがいくつもあるだろう、俺。



 「……えーと、名乗るとなんか不都合があるのか?」


 迷った挙句に最初に口から出たのは、結局直前の制止への疑問だった。まあ流れ的にしょうがないよね。


 「それなりにあるのよ。っていかん、浮いてた……すまないね、ちょっと慌てたわ」


 少女(?)は、そう言うとすとん、と床に足をついた。ふわふわと流れていた髪もすとんとまっすぐに背中のほうに纏まって落ちたので、人間じゃない感がちょっとだけ減った。

  

 「とりあえず、そこのは半端に名乗っちゃってるからフェイって呼んでいいから。わたしは……そうねぇ……坊やには今回はシーリーンとでも呼んでもらおうかなー」


 なるほど、今この場で考えた偽名だな?にしても、ほぼ同年齢っぽい見た目のヒトに坊や呼ばわりされるのはちょっとどうなのか。

 いやいや、どうみたってヒトじゃないんだから、同年齢だなんて思わないほうがいいよな?

 どうやら、言動を見てる限り、フェイさんよりも立場が上の人っぽいんだよね。

 小さい集落だけど、他所ものとして暮らしてるから、そういう上下関係みたいなのは言われる前に見分ける努力をずっとしてる。たぶん間違えてない、はず。

 それはまあ置いといてだ。

 

 「ここも真名を隠すしきたりなのか?」


 とりあえず当たり障りなさそうだからこれから確認しておこう。


 「迷信的なしきたりじゃなくて、実際に支障があるのよ。ここから離れることができなくなったり、人間やめちゃったり」


 言葉の調子は軽いのに、顔は極めて真面目、というか現れてからこっち、シーリーンさんの表情はほぼずっと真顔のまま……



 ってはい?????前者はともかく、後者???????



 流石にちょっともう表情を抑えるのが我ながら無理だったらしく、どこからどうみてもドン引きした顔をしてしまったらしい。シーリーンさんは特に気にする風でもなく、ただ

肩をすくめて見せる。


 「だから全力で止めたのよ。今のところ坊やにはわたしの影響は出てないわ。フェイへの警戒心とかはどっかいっちゃってそうだけど……」


 「え、なんですそれ、私がそんな危険人物みたいに」


 フェイさんが心外だ、と顔に書いてシーリーンさんのほうを見て文句をいう。

 話の流れ的に、ひょっとしてこの人も人間じゃない系なんだろうか。それなら音がしないのも別に不思議じゃない気がするな。


 「あなた初対面の人にはだいたい最大限警戒されるじゃない。理由は知らないけど」


 「そんなぁ、人畜無害ですよ私。技術はあってもあなたのような謎の能力なんてないですし」



 

 それは主に音を立てない無駄のない動きのせいだと思います、たぶん。知らないけど。



 俺を助けてくれたのは間違いないし、悪い人じゃなさげだし、名前のことは置いておいても、この人たちに相談してみようか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る