第6話

 「あ、そうだ。私はフェ**ぃー*というんだ。聞き取りにくいようならフェイと呼んでくれればよい。資格を取得した職業医師ではないけど医療技術者だよ」


 男はそう名乗った。なるほど、名前が半分くらいしか聞き取れないな。なんでだろう。あと資格はともかく、しょくぎょういしとかぎじゅつしゃとか、なんのことだろう?

 たぶん話の流れ的に職の話かな?とは思うんだけどうーん?


 「助けてくれてありがとう。俺は……えーと……」


 困ったな、対外的な名前貰ってねえぞ俺。流石に『真名』は名乗っちゃだめだよな……


 「む、まさか記憶に欠落があったりするのかね?だとしたらちょっと検査を」


 「あ、いや、そうじゃない、そうじゃないんだが」


 慌てたようにささっと近付いて俺の顔を覗き込む(そしてその動作に一切物音が伴わない)男からちょっと逃げるように壁際に寄る。

 どんなにきれいな顔してようと、俺が子供(といっても再来年くらいに大人扱いになるんだけど、確か)だろうと、男にくっつくほど近付かれるのはちょっと嫌だ。

 あれー、この男眼も青いな。そういう人が西方にいるって聞いたことはあったけど、実物は初めて見た。あれでもここたぶん東方だよな?

 

 なお俺本人はごく普通のどこにでもいそうな茶髪に、茶色と緑を混ぜたような目の色だ。目の色だけはちょっと珍しいってよく言われるが、顔は普通の平凡な顔なんだってさ。

 生まれた土地でも、集落でも、近所の人ほぼみんなそう言ってたから、世間の基準からするとそんなもんのはずだ。


 「……あ。もしかして君、西黒森を出たとこにある集落の子かい?だとしたら名を尋ねるのは失礼だった、すまない」


 ん?ああ、俺たちが東の森って言ってる場所はこの人たちからしたら西で、西黒森って呼んでいるのか。なるほどな。

 そんでもって、森を越えた先のことも結構正確に知っているっぽいな?


 「あー、集落のこと、それなりに知ってるんだ?そう、そこから来たんだ。俺の生まれ自体はそこからもっと南西なんだけど……」


 

 『真名』を家族以外の他人に知られると障りがある、って信仰があるから、集落の中で生きてる人の名前を呼ぶことは禁じられている。

 火事で亡くなったエスロさん、みたいに、既に亡くなってる人の名前はその人の話をするときになら、呼んでも大丈夫。何の脈絡もなく呼んだらやっぱり怒られるけど。

 つまり、生きてる人の名前を家族以外の人が呼ぶのは死人と同じって侮辱したことになる。こわいこわい。


 もちろん、名前を呼べないってのは不便だから、その代わりになるものはある。

 基本的に集落の住人は、手に付けた職や、集落での立ち位置で呼ばれる。そういったものがない場合は、家族のそれを基準にして、例えば羊追いの子、薬師の下の弟、などと呼ばれるのだ。兄弟が三人以上いる家なんてほとんどなかったが。うちも妹とふたりだけだしな。

 俺はまだ成人してもいなければ職を持ってもいないから、基本的に婆様んとこの小僧、とだけ呼ばれていた。

 なお妹は婆様んとこのちび、だ。この呼び方を俺がするとぶんむくれるから俺は使わないけど。

 集落の人数が少なくて、余裕で全員の顔を覚えてらえるからそれでやっていけてるけど、もっと人が増えたらこんがらがるんじゃないかってたまに思う。

 まあ実際は山火事に巻きこまれてごっそり人数が減ってから、それ以上減りこそしてないけど、増えてもいないんだそうだけど。



 ……あれ?でもそうか。俺もともとあの集落の人間じゃないし、ここに集落の人間が来ることも流石にないだろうから、別に名乗っちゃってもいいんじゃないか?



 「そういや俺、集落生まれじゃないし、ここは集落じゃないからたぶん名乗っても大丈夫なんじゃないかな。俺の名は」


 「ちょっと待ったああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


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