第4話

 「…………なんも、ねえ、な……」


 渇きだけは癒してから、改めてぐるりと背後の林を見回したものの、東の森の半分くらいの背丈の、見たことのない木がまばらに、そして木々の間には、これもまばらに、剣先のようにとがった葉を茂らせた草と、ほとんど葉のない棘だらけの植物が生えているだけだ。

 棘の植物のほうは東の森でもたまにみる毒草で、劇薬として薬師が扱うことはあっても食用にはならない。食ったら盛大に腹を下す代物だから、現状で口にしたら一気にあの世への距離が縮まってしまう。

 まあ見るからに痛そうな(そして刺さると実際すげえ痛いし派手に腫れる)棘を見て食べようって思うやつはあんまりいなそうだけども。

 尖った葉先の硬そうな葉の草のほうは、なんといったらいいんだろう、第一印象が「絶対に触りたくない。」だったんだが……


 木のほうも、黒々とした葉と幹にところどころ鋭く長い棘が生えているものや、樹皮全体がでろりと濡れて腐臭を放っていて、ぱっと見生きてるのかどうか怪しいのや……たまに混ざっている、東の森で見た覚えのある奴……に限って毒のある植物だったり(といっても二種くらいしか知ってる奴がなかった)。

 婆様の手伝いのない時は、猟師の手伝いや薬取りの手伝いもして、罠の仕掛け方や植物の見分け方はしっかり教えてもらっていたから、それなりに東の森にも詳しいつもりでいたんだけどな。

 ここまでくると、地続きではあるけれど、もう全然違う場所としか思えない。



 そしてやっぱり生き物の気配がまるでない。

 人間や人間の飼っている生き物に毒でも、大概の植物にはそれを食べる虫がいたりするんだが、ここにはその気配もたぶんない。

 正直あんまり勘の良いほうじゃないから、完全に隠れ切られててわかんないのかもしれないけど。



 なんていうか、ここは化生がどうこうっていうよりあれだな、獣や人を土地が拒否してるんじゃないかって気がしてくるな?


 


 ふと思いついて、尖った葉の草に、荷物にあったロープの端のほうをちょいっとぶつけてみた。




 ――音もなく、すっぱりと親指の爪の長さくらいの部分が切れて飛んで行った。怖え。

 好奇心で素手で触れたりしなくてよかった。草原みたいに密生してなくてほんとによかった。

 それにしても、なんていえばいいのか、ここからできるだけ早く離れないとダメな気がする。




 動ける間にちょっとでも移動しよう、と、水分だけは辛うじて確保しながら、川沿いを暫くゆっくりと進んでいたら、急に周囲が明るくなった気がした。

 空腹と疲労で、ほとんど地面を見るように歩いていた俺は、緩慢に顔を上げて


 



 「……なんだこれ……」





 歩いて渡れるほどに細くなった川の向こう、眼前一面を覆いつくす、金色。




 それが西に傾き始めた太陽に照らされた、茶色く枯れた草に覆われた、ごくなだらかな、たぶん地平まで続く大草原だと気づくのに、たぶん数分を要した。

 腹が減りすぎてまるで考えが纏まらないんだからしょうがないだろう?


 それは確かに美しい光景かもしれなかった。

 だが、今の季節ならほとんどの植物は青々と葉を茂らせるもののはず……短い、葉っぱだけの草が枯れ果てるような季節ではないのに、それはどうみても枯草の色、そして風に揺れる音すらも、かさついた枯葉のそれ……


 あーでも青くたって俺、羊じゃねえからこれはどっちみち食えねえよなあ



 と思ったところで限界がきたらしい。意識が途切れた。

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