第3話
「…………………………腹減った…………………………」
俺なりに万全に準備をし、長旅の経験者にいろんな助言を受けてから集落を出立して何日たっただろう。
東の森のたぶん一番東、森に連なる疎林の中で、俺は行き倒れ寸前の状態でふらふらと、視界に見える川に向かって歩いていた。
いやほんとに。東方ナメてましたすみません、と、誰にでもないどこかに謝りたくなるくらい、食えるものがどこにもなかった。
東の森の半ばくらいまではそれなりに生き物も、食べたことのある植物の実も手に入った。
だが、森を半月くらい進んだ頃だったろうか、まず小さな生き物の気配が消えた。鳥の声どころか虫すら見かけなくなった。
大きな生き物?集落から東の森にかけての地域に住んでるうち、一番でかい生き物は集落で数頭だけ飼ってる馬だし、そのつぎにでかいのは羊なんだよなあ。
もともと、東の森で狩猟される、食べられる生き物は地上と樹上にいる2種類のリスと、ちょっとでかい犬くらいの大きさの矮鹿と、あとは何種類かの鳥くらいだ。
(狐もいるけど、食料として狩ることはない。毛皮目当てで狩ることはないでもないが、今回は必要ないので探しもしていない。)
もっとずっと北のほう、北の大山脈方面に逸れると、獣の肉を食べる大きな獣がいる土地があるそうだけど、それは本当に馬でいってもひと月近くかかるくらい、ずっと北のほうなこともあってか、この森ではそんな大きい獣も、その痕跡も、見た人がいないそうだ。
火事による移転の前、集落が今でいう焼け森の中にあって、人が多くて、場所的にも今より東の森が近かった頃は、今より多くの人が狩りのため、そうでなければ木こりや野草採集のために森に入っていたそうなんだけど、そのくらい前でも、誰も見ていないそうだから、この森自体に大物がいないんだろうな。
北の獣の土地と同じくらいか、もう少し遠くまで南にいくと、今度は一転して、生き物を害する気を放つといわれている巨大な沼地が広がっていて、獣どころか、人の膝より大きな植物すらない。
こっちは両親と旅してる頃に結構近くを通ったので、遠目に見たことがある。なんか変な、気持ちの悪い匂いがするので近付くなと言われた覚えもある。
人の住める土地って少ないんだなって思ったものだ。
それにしても腹減った。
北の大山脈のほうから南東に向かって、蛇行しながら流れる川があって、それに近づいたり離れたりしながら進んでいたので、水だけは豊富に手に入ったんだが、この川に魚はいない。
っつか生まれてこの方、魚とかいうものはカチコチの干物しか見たことがない。あれどこで捕れるって言ったかな。結構西のほうの大きい水のあるとこって聞いたような。
一応旅支度の時に結構な分量の携帯食料は用意したし、生き物の気配がある間はそれなりに罠で捕まえたりできたんだが、生き物気配が消えて暫くし、森の木が小さくなりだした辺りで『何故か』尽きた。
携帯食料は最後の頼りにするべきものだから、基本狩った獲物を優先して食べていて、まだ引き返せる程度の余裕はあったんだよ。
それが、ある朝消えた。
寝てる間に、『何か』に食料だけ盗られたらしいんだよな……小銭や食料以外の持ち物や、水はまったく減っていないのに、食料だけきれいさっぱり。
『何か』ってなんだよ、って話なんだが、正直気配すらないものに付ける名前を俺は知らない。
そりゃあ俺はちょっとどんくさいとこがあって、気配に敏感なほうじゃないって自覚はあるが、それにしたってきっちり寝る前に括ったまま、枕代わりにしてた袋から食料だけ抜いていくなにものか、って流石にちょっと想像もつかない。
……ってもしかしたら、これが化生とかいうやつの仕業なんだろうか。
あいにく生き物を狩れる辺りから既に離れ過ぎていた。戻っても確実に獲物のいる地域までもたない。
しょうがないから、未知の行く先に賭けて先に進むことにしたわけだ。
まあその結果が現在のはらぺこ小僧なんだがな……
気を紛らすように、これまでのことをとりとめもなく考えてたら、なんとか川にはたどり着いた。
川は俺の目で見る限り、今までと特に変化はない……生き物の気配もないからたぶん沸かさなくてもそれなりに飲めるんじゃないかな。
とはいえ親にはずっと生水を飲むなって教えられてきたので、枯れ枝と焚きつけになる草や樹皮を集め、火を起こして手持ちの小鍋で水を沸かし、少し冷ましてから啜る。
集落では交易で手に入れた茶葉を少量ずつ入れたりもしていたけど、流石に贅沢品なのでそんなものの手持ちはあるわけもない。ただのお湯だ。
季節的に寒くて凍えるなんてことはないんだが、それでも暖かい湯が腹に入ることで少し気持ちが落ち着く。
まあ結局、白湯だけじゃ空腹は収まらないんだがな!
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