黄昏。

 こうして。連続頭部破壊犯の事件の犯人は二人によって始末されて、事件は終わった。


 犯人の自宅からは、戦利品として持ち帰った被害者の頭部が置かれていた。

 頭部から剥がされた顔の皮膚は、損傷が激しかったみたいだが復元されて丁寧になめした剥製のように、

 壁にポスターのように飾られていた。四人目の犠牲者の顔の皮膚を縫っている途中みたいだった。


 令谷と生輪は、荒廃した部屋の中で、パソコンに向かって話しかけていた。


<そうか。犯人は醜形恐怖症では無かったか。俺の推理は外れたか>


 画面の向こうでデュラハンは残念そうに言う。


「だがお前の言う通り、整形手術の経歴はあった。一重を二重に。それから全身脱毛もしていたし。何より口元の大きめなホクロにコンプレックスがあり、二十代の頃にそれを除去していた。全体を見ても、お前の推理は大体、当たっていた」


 生輪は感心するように言う。


<俺は行動心理学のプロファイラーじゃないからな。外れる事も多いさ。

別に犯罪心理学を専攻しているわけじゃない。

ただ、同じ犯罪者同士、なんとなく分かる部分ってのがあるだけだ>


「頼りにしているよ。また頼む」


<嬉しいな。他人から頼られるのは悪くない。気持ちの良いものだ>


「今回は、ありがとう御座いました」


令谷は素直に画面の首無しの人物に礼を言う。


 デュラハンはしばらく沈黙した後。


 ふいに、核心を突くような事を令谷に告げた。


<お前。俺は、今回の事件の犯人よりも人を殺している、って言ったらどうする?>


 それは挑発的な問い掛けでもあり、シンプルな彼の好奇心、探求心のようにも思えた。


「殺している、のか…………?」


<ああ。そうだ。俺の専門はハッキングだが。俺の仕事によって死んだ人間は多いだろうな。自殺した奴も含めてな。つまり、俺はこの事件の犯人と”罪無き人間を殺している”って意味では同じだ>


 それは、連続殺人犯達に対して復讐を決意している令谷の”正義”に関しての問い掛けだった。


 今回の事件は『デュラハン』無しでは解決出来なかったか、解決が遅れてもっと多くの犠牲者を出す事になっただろう。


 そして、本来ならばら、眼の前にいる画面の向こうの人物も、令谷が憎み殺す事を決意した者達の中に入るのだ。


 令谷はその事実に対して、口元を抑えながら項垂れる。


「…………。分からねぇーよ」


 令谷はただ絞り出すように言う。


「分からねぇーけど、俺は自分が信じた道を生きるしかねぇよ。やっぱり、化け物を撃ち殺すしかねぇって思ってる…………」


<そうか。なら頑張ってくれ。使い古されたありきたりな言葉だが、怪物と戦う者は、自身もまた怪物にならないように。

深淵を覗き見る時、深淵もまたお前を覗き込んでいるんだ。まあ、気を付けろ>


「おい……。ニーチェの戯言を冠婚葬祭の挨拶のようにスピーチするのは止めてくれよ。ドラマとか映画で、その言葉を聞かされた刑事役の人間は、大体、発狂する。令谷に呪いの言葉を放つんじゃない。他に気の利いた言い回しを言ってくれ」


 生輪は苦言を呈する。


<それもそうだな。牙口令谷。じゃあ、シンプルに。達者にしろよ>


 デュラハンはせせら笑った。


 しばらく、生輪とデュラハンは適当な雑談を交わしていた。


 令谷は震えながら、自宅を出る。


「俺、彼方に会いに行ってきますね」


 そう言うと、令谷は壁に掛けてあるコートを身に纏って外へと出る。

 寒空が広がっていた。



 罪と罰の理屈が何なのか、分からない。


 令谷の両親と、令谷の親友である彼方(かなた)の両親は頭蓋の中に異物を入れる猟奇殺人犯『ワー・ウルフ』の手によって殺された。

 満月の夜だった。


 彼方も脳に異物を入れられたが、奇跡的に彼方は生存した。


 頭蓋の奥にナイフとフォークだとか、ガラス片だとか。

 そういったものを挿入されてもなお、彼方は生きている。


 ただ、脳から無事、異物を摘出された後。

 彼方は、ほぼ廃人になった。

 彼方の頭の中に入れられた異物が何だったか忘れたし想い出したくも無いが、脳組織の一部は外に飛び出していたらしい。

 命が助かっただけでも、奇跡だと言われた。


 今は国から福祉を受けながら、家に篭り切りで生活し、ひたすらキャンバスに絵を描いている。


 令谷は合鍵で彼方の家の中に入り、彼方に挨拶する。


「よう。今日は、お前の大好きだったカツサンドを買ってきた。一緒に食おう」


 そう言って、令谷はテーブルの上にカツサンドの袋とお茶を置く。


 彼方は令谷を確認すると、ふらふらとテーブルの前に座る。


「あれぇー。令谷? 今日は絵の中にいないの?」


 彼方は奇妙な事を言い始める。


「今日。また沢山、人を殺す奴を始末してきた。いつか、お前をこんな風にした奴も俺の手で殺す」


 令谷は震えながら、カツサンドに手を伸ばす。


「うん。今日はお空に沢山のお魚さんが泳いでいて、宇宙が落ちてきて街を飲み込んだんだ。そして、俺は宇宙の中をお散歩しながら、泳いでいたんだよ。でも、その後、沢山の宇宙の人達に囲まれて、大変だった」


 大真面目に彼方は答える。

 彼方が見たものが、絵の中には描き続けられていた。

 お世辞にも上手いとは言えない。前衛絵画のように見える。


 当時、十六歳だった彼方は、内気で友達が作れなかった令谷と違って、周りに沢山の友人がいた。

 友達が作れない令谷と、彼方は物凄く仲良くしてくれた。


 今の彼方には、令谷しかいないのかもしれない。

 彼の親戚達も、彼方の扱いには困っているらしい。


「必ず、お前をこうした犯人を突き止めて、俺が撃ち殺すからな…………」


 そう言いながら、令谷は彼方を抱き締める。


 キャンバスの一つには、子供の絵のような画力で描かれた令谷と彼方。

 そして、彼方の両親らしき人物が描かれ、みな笑顔で笑っているのだった。


END

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頭部破損殺害事件『デュラハン』。 朧塚 @oboroduka

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