頭部破損殺害犯の推理を。

「なんだよ。妄想って、殺人鬼を捕えて始末するのに、証拠とか、本人の特定が出来ればそれで充分だろ?」

 令谷は不満そうに言う。


「シリアルキラーはそいつなりの秩序があるんだよ。誰だって信念を持っている。令谷、お前、ちゃんと捜査するんなら、多角的に物事を見ろよ。そんじゃ、犯人に辿り着けないっ!」


 二人は人気の無い喫煙所にいた。

 それぞれ、生輪はラーク。令谷はメビウスを吸っている。


「捜査なら、まず刑事課がやって俺達に回されるんだ。俺は化け物を撃ち殺すだけ、連中の考えなんて知った事じゃないですよ。大体……」

 令谷は歯軋りするように言う。


「幼少期に親から虐待されていたからだとか、金が無くて貧乏だからだとか。病気持っていて世の中から排除されたとか、俺、そういう風に犯罪者擁護する意見、大っ嫌いなんだ。俺みたいに家族を殺されてから言えってんだよっ!」

 令谷は怒りで握り拳を振るわせていた。


「俺も被害者遺族だ。俺の父親も親友も凶悪犯に殺された。そしてその凶悪犯は野放しのままだ。だからこそ、仇を討ちたいなら、クールに考えろよ」

 そう言って生輪は令谷をたしなめる。


 …………。あの日から、全てを奪われた。

 それは、令谷も生輪も同じだった。


「それよりも。お前の処の富岡に調べて貰ってくれ。あいつが言っていた心当たりをな」


 犯人はおそらく、被害者の“顔”を収集している。

“頭部”では無い。

 頭部ごと持ち去ったのは、顔を剥がす為のフェイク。

 大きな屋敷に住んでいる。

 おそらくは孤独な人物。

 見晴らしの良い場所に住んでいる。人を転落死させたくなるような場所。

 醜形恐怖症であり、整形手術を受けた経歴があるかもしれない。

 他人になりたいと思っている。

 最初から持たざる者では無い。一度は社会的成功を収め、挫折している。

 

 異能力はサイコキネシス系。対象の自由を奪い、操作する。


「信用出来るんですか?」

 令谷は訊ねる。


「他に手掛かりが無いだろ。捜査が振り出しに戻るだけだろ」

「生輪さん。貴方の“異能”で何か出来ませんか?」

「…………出来ればいいんだけどな。もう少し、犯人を絞ってからだ」


「俺の“眼”の代わりになるくらいだよ。本来、人が行けない場所が見えて、本来、人が聞けない音が聞こえる。それくらいだな」

 生輪は吸い終えた煙草の吸殻を捨てる。


「さてと。富岡には俺の友人から得た推理を言っているか? 人物を絞れないか言ってみてくれ。被害者はみな、関東に集中している。関東方面の人間だけでもあたってみたいとな」


「…………。分かりました。情報をLINEで富岡さんに送りますね」

 令谷はデスクワーク担当である富岡に、この連続頭部破壊犯の人物像に対しての『デュラハン』からの推理内容を送る。


 それにしても、見晴らしの良い場所とは何なのか…………。

 令谷と生輪は街中を歩いていて、ふと、辺りを見上げる。

 そこには、そびえ立つ摩天楼。二十階建てのタワーマンションが見えた。


「ビジネスで成功して、タワマンに住んだ事がある奴。そして、そのビジネスの成功が続かずに、タワマンを追いやられた奴を富岡さんに調べさせてくれ」

 生輪が言い、令谷は頷く。



 生輪の友人である『デュラハン』の推理はこうだ。

 

 連続頭部破壊犯。

 顔は人間の権威の象徴。

 犯人は極めてプライドが高い。

 毎日のように、高い場所から人々を見下ろしていた。

 高い場所に住んでいる。家が山にあるのか、高いビルなのかは分からない。

 何故、そう思い至ったか?

 自分がもし、人を突き落として殺したくなるような奴になるとしたら、ずっと、見晴らしの良い場所から人を見ていたからだろう。

 標的はちゃんと選んでいる。ファイルを読む限り、みな標高が高い地理の場所に住んでいるか、マンションの最上階に住んでいる。

 この犯人は“高い場所を満喫している人間を突き落としたい”という衝動に駆られている。最初は本当にかつての自分と同じような成功者を嫉妬から標的にしようとした。だが、成功者の知り合いが多かったのだろう。だから、ターゲットを変えた。


 Dの文字の意味は、シンプルにDEATH=死。こいつに神話やヨーロッパの伝承の蘊蓄なんて無い。お高い場所が好きなんだろう。デス・バレー(死の谷)と呼んでやれ、俺の名前で呼ばれるのは不愉快だ。


 富岡は夜中になる頃には、何名か人物を


「これを持って。『デュラハン』にまた助言を貰いに行くぞ。パソコンを広げるのはお前の家でいいか?」

「勘弁してくださいよ。あまり自宅は見られなくない」

「それもそうだな。近くのビジネスホテルを借りて、端末を借りるか」

「スマホだと通信出来ないんですか?」

「ああ。スマホで顔を見せ合わず、電話をし合うのは好きじゃないらしい」

「って事は、あの首無しのアイコンの向こうは、俺達の顔が見えているって事ですね?」

「その通りだ」

 令谷は今更ながら確認する。


「さてと。この辺りでビジネスホテルはと…………」

 生輪がスマホでホテルを探す。


 令谷のスマホに電話が掛かってきた。

 崎原からだった。


<落ち着いて聞け。令谷。連続頭部破壊犯の四人目の犠牲者が出た>


 令谷はスマホを握り締める。

 今にもスマホを投げ付け、何かに当たりたい衝動を抑えているみたいだった。

 

<収まったか? 話を続けていいか?>

「はい…………。崎原さん」

<四人目の犠牲者は主婦だ。富岡を通して聞いたんだが、こいつは標的を高い場所から突き落とす事に執着している“見晴らしの良い場所に住んでいるイカれた野郎”なんだろう?>

「…………被害者はどうやって殺されていた……?」

<山道を登るロープウェイがあるだろう。ロープウェイの扉が壊されており、そこから突き落とされてロープウェイが動いている途中に落下して死んだ。犯人がロープウェイに同行していた事になるな。犯人の知り合いだったかも?>

「主婦って事は、夫がいて……。それで子供がいたのか?」

<ああ。被害者には、まだ小学生の子供が二人いた……………>


 令谷は握り拳を地面に叩き付けていた。

 令谷の拳に血が滲んでいく。


「なあああああああぁ。このクソ野郎は、親を理不尽に惨殺された子供の気持ちを想像出来る力が無いんだなああああああっ! 絶対に俺が殺してやる。額に弾丸をぶつけてやる、こんな事を平気で出来る連中、化け物がっ!」


「落ち着けよ」

 生輪が令谷の肩に手を置く。


「落ち着いてられるかよっ! なあ、生輪さんっ! あんただって、そうだろ? あんただって、親を殺されて、友人を殺されて、復讐したいサイコ野郎がいるんだろっ!? なあ、殺されているよな!?」


 令谷は完全に発狂したように、取り乱していた。


「いるから落ち着いているんだよ。なあ、令谷。復讐を果たす為には、正義感や怒りだけじゃ何も出来ない。俺もこの事件の犯人には、ハラワタが煮えくり返っている」

 生輪は煙草を取り出して吸い始める。


「いたって冷静じゃねぇえかっ!」

 令谷は叫ぶ。


 生輪は令谷の額を強めの拳骨で殴る。

 痛みで、令谷は思わずうずくまった。

 生輪は、かちかち、とジッポを取り出して弄っていた。

 煙草を探そうとするが、箱の中身は空で、そもそも此処が喫煙所で無い事を想い出す。


「ほら。オツムを使えって言っているんだよ。こいつは五人目の犠牲者、六人目の犠牲者も出すだろう。その時、俺達が馬鹿だったら、それが現実になるだけだ。俺は俺の殺したい奴を殺す為に、ずっと自分の“復讐心”と“殺意”を心の中で押し込める訓練ばかりしてきたっ! 正義感じゃ何も成し遂げられねぇんだよ、大切なのは、その正義感を実行に移す為に、必要なものは、正義を為そうとする者が一番、クールでなくちゃいけねぇんだよ!」


 生輪はあえて、復讐心、怨恨、といった言葉を使わずに、正義感、という言葉で言う。自分達は悪と戦う民衆の為のヒーロー。やり手の刑事だ。それを証明するには、クレバーさが重要だという事を生輪は知っている。


「化け物を倒す為に、人間に必要なのは、いつだって“理性”だ。それが化け物より上回ってなけりゃ勝てない。ハリウッドのヒーローなんかのおとぎ話の英雄なら、そう考えているだろうな」


 生輪はジッポをポケットに戻す。


「じゃあ。現場に行くぞ。ちょうど、奴は今、有頂天になっている頃だろ。自分は絶対に捕まらない、自分は何人殺しても許されるってな。じゃあ、今度こそ、奴の痕跡が見られるかもしれない」



 高い山とロープウェイがある公園に、規制線。所謂、黄色いテープが貼られる。

 現場検証する為の検視官達が集まっていた。


 死亡推定時刻は、夕方の4時から5時。

 頭部の無い被害者の遺体の近くには、切断された首の無い蛇と、蛇の血で描かれたDの文字。


「現場に置かれている動物の死体は何だと思います?」

 生輪は先に到着していた崎原に訊ねる。


「俺はイカれ野郎の事なんて分からないが。一つはっきり思うのは“罠”に思うんだよなあ…………」

 崎原はぼんやりと、飄々とした表情を浮かべながら言う。


「罠?」


「罠、っていうか。なんだろうな。完全な精神異常者だと偽装したいようにも見えるな。何かこいつからのメッセージ性があるって思って、捜査を攪乱させようって腹にも思うな。選んでいる動物のチョイスも分からん。十二支とか星座とかでも無いし」


「まあ。それは犯人本人に聞けばいいでしょうね」

 生輪は小さく溜め息を付く。


「悪趣味な自分のペットを、面白がって、殺したんじゃないっすか? この蛇なんて、どっから見つけてきたんだが。この鮮やかなグリーンって、日本で野生にいます?」

 令谷は吐き捨てるように言う。


 懐中電灯で照らしながら、まじまじと生輪と崎原は頷く。


「令谷。それだっ!」

 生輪はすぐに、ペットで飼える蛇の種類を探る。


 令谷は愚痴っぽく吐き捨てた言葉に、二人が関心したので、意外そうな顔になる。


 生輪はしばらくスマホで検索を掛けた後、令谷と崎原の二人に画像を見せる。


「エメラルドツリーボア。この蛇と合致してるな。なあ、崎原さんっ!」

 生輪は嬉しそうに言う。


「ああ。富岡に資料を回そう。刑事課の連中にも。生輪の友人が推理した人物像に加えて、最近、ペットショップでの購入履歴を探ろう。前回の犠牲者である鴉、ネズミ、蝙蝠も、鑑識いわく、捕まえたものではなく、ペットショップで購入した可能性を疑っていた。この蛇で確定だな」


「お手柄だぞ、令谷」

 そう言って、生輪は令谷の胸を叩く。


 令谷は、きょとん、とした顔をしていた。


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