女神ユラの国、その国には不思議な力を持つ四人の娘が生まれる。


 一人は守護の力を、一人は戦の力を、一人は豊穣の力を、一人は吉凶の力を。それぞれが女神ユラの力を受け継ぎ、国を護る役目を担う。

 この力は継承されるものだがこの娘達は決まった家系に生まれるわけではない。

 先代が亡くなった時初めて次代の力を持った娘が生まれ、国はその子を「神子」として保護する。


 なぜそんな力を持った娘が生まれるのかと問われればいくつかの説がある、としか説明が出来ない。

 そのうちでも有力なのがゼンオウ国の存在だ。


 ゼンオウ国は建国当初からユラの国を狙っており、史実を紐解くだけでも数え切れない程の戦を持ち掛けている。当初はゼンオウ国の武力を前になす術もなく蹂躙されていたユラの国だったがある日女神が現れてこう言ったらしい。


「わたくしのかわいい子供たち、お前たちに力を授けましょう。この力をもって、ゼンオウを追い返しなさい」


 その時からユラの国には歌姫が誕生するようになり、女神の言葉通りに攻め行ってくるゼンオウ国の軍を打ち倒すようになった。

 これが最も知られているユラの国の御伽噺だ。

 そして女神の祝福である神子の存在については謎しかない。


 何故その力が使えるのか、なぜ媒体が歌でなくてはいけないのか、なぜ一つの家系から生まれてこないのか。それら全ては謎に包まれている。

 だが一つだけわかっていることがある。

 それは神子が短命である、ということだ。

 守護と戦の歌姫は特に短命で二十歳を越える者はまずいないという。

 それは、彼女達が命と引き換えに力を行使しているからだ。



「アテナ‼ …っアテナぁ‼︎」


 うるさいなぁ、そんなに大声出さなくても聞こえてるってば。


「ああ、そんな…っ、いや、嫌だ、アテナ、お願いアテナ目を開けて」


 どうしてそんなに泣きそうな声してるのエリス。ウケるー。


「…あ、ぁ…」


 頬が濡れている気がする。ああきっとエリスが泣いているんだ、これはからかってやらないと。そう思うのに目が開かない。


「…アテナ、アテナ…」


 耳のすぐ側で声が聞こえて、温かいものに体が包まれている。抱きしめられているんだなぁとわかるのに、やっぱり腕も上がらなかった。

 せめて、声だけでも掛けたいな。


「……ェ…ス…」

「アテナ⁉︎」


 エリス、そう唇が動いたのをわかってくれただろうか。


「アテナ、アテナ、もう終わったよ。ちゃんと勝ったから、アテナが守ってくれたおかげで勝てたから、帰ろう? ねえアテナ」


 エリスの温かい手がアテナの頬を撫でる。エリスの手に伝わる温度はあまりに冷たい。


「…心配、してくれてんの…?」


 ああ、さっきよりもまともに声が出る。心なしか体も軽い気がする。

 あれだけ重たかった腕も、何故だか上げられた。


「…泣かないんだよ、末っ子ちゃん…」


 そう言って撫でた頬はやっぱり濡れていて、アテナの顔に笑みが浮かんだ。

 目を開けても見えるのは花弁だけ。とても綺麗だけど、寂しくもあった。


「…エリスの顔、見たかったなぁ…」

「何言ってるの。見えるでしょ、ほら、ねえ」

「…花びらが、」

「…ぇ」

「…花びらが邪魔で、何もみえないな…」


 まるで夢の中にいるかのように視界が鮮やかだ。


「エリス…」


 もうエリスは何も言わなかった。ただ声を押し殺して泣いていた。


「…ありがと」


 ぱりん、と音がして国を覆っていた薄い幕が砕けた。エリスの頬に触れていた手が力なく地面に落ち、光の粒子が空へと昇っていく。

 あまりに美しい光景だったと、後に兵士の一人は語る。


「あ、…ぁ…、っあああぁああぁあぁあ!」


 力の抜けた、重たいと感じる体を掻き抱いてエリスは叫んだ。そうすることしかできなかった。

 その日、守護の歌姫である白の神子が死んだ。

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