エピローグ

 窓を全開にして、風を最大限に感じる。吐き出した煙が、一瞬で風に攫われていく。三善は鼻歌を歌いながら、いつも通り、タクシーを走らせていた。


 冴が乗ってきた日とは違い、今日は清々しく晴れている。やはり、ドライブに雨は似合わない。後部座席には、冴の身代わりかのように、弁当箱が一つ置かれていた。


「そろそろ休憩するか」


 三善は車を停めて、弁当箱を開ける。


「これは……」


 歪な形をしたおにぎり。焦げた卵焼き、ウインナー、焼き魚。添えるように、しなびたブロッコリー。


「冴もまだまだだな」


 三善はやたら幸せそうな顔で笑って、割り箸をぱちんと割った。珍しく綺麗に割れた箸に、三善は心を躍らせる。

 いただきますと手を合わせて、所々黒くなっている卵を口に運んだ。


「うん。味はいけてるな」


 満足そうに微笑む三善の視線が、とぼとぼと歩く女の人に止まった。


「あれは……はは、母親も合流か」


 もっと食べたい気持ちを抑えて、三善は弁当箱を片付けた。


「さあ、仕事だ」


 タクシーは、ゆっくりと進み出した。疲れた顔をしたその女は、『空車』となった表示板をちらりと見やる。彼女の腕が、天に向かってするりと伸びた。

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自殺志願者は線路上で唄う 鼻唄工房 @matutakeru

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