黄泉へ
「三善さんと会ってね、もっと自分のために生きようと思った。お母さんはあんな人だけど、多分私が帰ってこなかったらちょっとでも悲しむと思う。実際電話したとき泣いてたしね。でも、最後くらいわがまま聞いて貰っちゃおうかな」
「それがいい」
三善は頷いた。
「よし」とそれだけ言って、冴に持ってきていた縄を渡した。
「俺は別に何も言う資格無いよな」
三善は笑う。
「自分で決めたことだ。全部自分でやってこい。それに、俺に見られたくないだろ」
「そうだね」
冴は清々しい顔で、縄を受け取った。
「じゃあ、首くくるから、ちょっとあっち行ってて」
「なんか、着替えるくらいのノリだな」
「しょうがないじゃん。これ以外に何て言えばいいのよ?」
「分かった。あの木の裏で、俺は顔を伏せてるから。安心してやれ」
「おっけー。じゃあ」
冴がそう言うと、三善はくるっと向きを変えて、さっき指さした木のところへと歩いていく。途中、彼が振り向いた。
「そうだ、一つ忠告しておこう」
「何?」
「苦しいぞ」
「そんなの分かってる」
「頑張れ」
冴は両手で縄をぎゅっと持って、深く頷いた。それに安心したように、三善はゆっくりとした足取りで、木の裏へと消えていった。それを見送っていた冴は、はっと何かに気付くように声を上げた。
「あ、足台ないから高さ出せないじゃん」
そう冴は呟くと、三善を呼び戻した。
「ほんとだ。足台忘れてたな」
三善は腕を組み、首を捻った。
「三善さんはどうやって一人でやったの?」
冴は高い位置で揺れる三善の死体を見上げながら言った。
「そういえば、なんか高すぎるな」
「というと?」
「俺が自殺したときは、小さめの足台で事足りたんだけどな。俺の死体が、前に来たときよりも高くなってる。」
「ということは……」
「成長してるな、この木」
三善は見上げてそう言った。
「俺が自殺したのは、一年半くらい前だが……」
「にしては、成長しすぎじゃない?」
「そうだな……とりあえず今は考えることじゃない。俺が足台になってやる」
「え? いいの?」
「さっきは自分でやれとか言ったけど、まあこれはしょうがないな」
三善は周りを見渡す。
「でも、俺が足台をしたところでだな……」
くくれそうな枝は、かなり高い位置にある。
「クソ……どうすれば」
三善がそう言った時、大木が揺れた。決して風ではない。意思を持っているように、伸びをするように、その大木は右に左に揺れていた。
「え? 動いてるよ!」
冴が叫ぶ。振動が、二人の足に伝わってきた。さすがに、恐怖を抱く。
「なんだ……」
二人が見上げていると、不意に一つの枝が下りてきた。
「なんなんだよ……」
大木はまるで冴を導くかのように、枝を低い位置に置いた。
「これ……ここで首をつれってことか?」
三善が困惑して言う。冴は少しの間固まっていたが、やがてそれも受け入れたように、その枝に近づいて行った。三善にも分かる。この木は、おそらく敵じゃない。危害を加えてくる素振りなどは、全くなかった。
「まあ。これで一件落着だ。俺が足台になるくらいで、事足りるだろう」
三善はそう言うと、その枝の下に跪いた。
「俺の背中に乗れ。あ、靴は脱いでな」
冴は頷いて、三善の背中に足を掛けた。うっと三善が呻いたが、かまわず乗る。
「よし、その枝にくくれ」
「おっけー。完璧」
「おし。あとは、首を通すだけだ」
「通した」
「よし、じゃあ、俺があの木まで走るから」
「321で走るぞ。気合い入れろよ」
「うん」
「3,2,1──」
三善のカウントダウンを聞きながら、冴は目を閉じた。色々な感情が、身体に満ちていくのを感じた。死ぬ直前は、生きたいと感じるのか。もし感じたら、そうとう怖いだろうと心配していたが、どうやらそんな感情は起こらない。
「うっ」
足の裏から、三善の体温が離れた。次の瞬間、首にとんでもない衝撃が走った。三善の背中がどんどんと遠ざかっていく。確かに苦しいが、冴の心はとても穏やかだった。きっと、生きる事と死ぬ事は、対極の位置にない。生と死は、繋がっている。合わせて一つなのだ。そんなことを考えながら、冴の意識は、ゆっくり薄れていった。
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