わがまま
「それで、俺はその話を叶えてやることにした。さすがはお前のお父さんだ。なんか、世話を焼きたくなってしまうような奴だな。冴もそういうところがある。助けてくれなかったお母さんや、学校の先生は見る目がない。冴は自分が思っているよりも、愛嬌があると思うぞ」
冴は笑顔こそ見せなかったが、噛みしめるように頷いた。その直ぐ後、冴は「というか、」と呟いて、怒りを滲ませながら言う。
「なんでお父さんはどっか行ったの? 私とお母さんを置いて、どこに行ったの?」
「それが、何も教えてくれないんだ」
冴は「なんで」と溜め息をつく。
「それは、後から自分で聞けばいい」
冴はそれを聞いて、ばっと顔を上げた。
「お父さんと話せるの?」
「ああ。ただし、冴がもし自殺したらだ。そしたら、幽霊っていうやつが見えるようになる。話せるようにもなるし、触れられるようにもなる」
「分かった」
「それじゃあ、その一年後、今日の話だ」
三善が話を戻す。
「お前の父さんは幽霊になってから、ちょくちょく冴の家を見に行ってたそうだ」
「嘘!?」
冴は驚いて、口を手で覆った。
「ああ。だから、冴の様子を、お父さんはよく知ってた。学校でのいじめも彼は知ってたし、家に帰ってから孤独に過ごしている冴に、何もしてやれない自分が情けなかったみたいだ」
「勝手に出て行って何言ってるのよ」
冴の頬が痙攣している。慰めるように、三善は冴の肩に手を置く。
「確かに自分勝手かも知れないが、冴が家出したとき、お父さんは泣いてた。俺のせいだって。俺が引き金を引いてしまったって」
冴の顔が上がる。
「彼は『道しるべ』に飛び込んできた。『冴が家出してしまった。それに見失ってしまった。お願いだ。探してくれ』って。そんなに懇願されたら、こっちも行くしかないよな。それで、彼を助手席に乗せて、街に駆り出した。一日中探し回って、今日の夜、やっと冴を見つけたってわけだ」
三善の言葉に、冴は一つひっかかることがあった。
「ねえ、今『助手席に乗せて』って言った?」
「ああ。びっくりするかもしれないけど、冴が俺の車に乗ってきたとき、助手席にお父さんが乗ってた。黙っててすまない」
「信じらんない」
冴は顔を手で覆って、項垂れた。そして矢継ぎ早に、三善に質問をぶつけていった。
「今はどこにいるの?」
「今は恵さんのとこにいる」
「なんで来なかったの?」
「俺はついていく資格がないってさ。そう言って聞かなかった。どう考えても、俺の方が資格ないんだけどな」
頭を掻く三善から、冴は目を逸らして、「最低だね」と呟いた。
「なんかイライラしてきた! それって逃げてるだけじゃないの!?」
その様子を見て、三善は笑う。
「やっと、人間らしくなったじゃないか」
「何よ!」
「もう、自分の意見言えるな」
冴はぽかんとする。
「今まで、自分でやりたいことが出来なくて、お母さんに束縛されて、自分を押し殺して生きてきたんだろ? もうそれもやめだ。自分の思ってる通りに、これからは生きていけば──生活していけばいい」
「そっか。そうだね」
冴は頷いた。自分の心を確かめるように。自分がどう生きていくべきか、見つけられてようだった。
「決めた」
そう言って、冴は三善に身体を向ける。
「私、自殺するよ」
「そうか」
「私、もう誰の話も聞かない。自分のやりたいことは、自分にしか分からないから」
冴は自分に言い聞かせるように、三善に宣言した。
「私のやりたいことは、三善さん達と一緒に、自殺したいと思っている人の話を聞くこと。別に自殺を止めさせたいなんてたいそうなことは思わない。話を聞いて、少しでも前に進んでくれたらいい。それがどういう道だとしても」
冴は今までで一番大きな声で言い放った。三善は頷く。
冴は座っていた木の根に手を置いて、勢いよく立ち上がった。
「今日はありがとね」
三善は冴を見た。冴は大木を見上げ、目を細める。その姿は、大木に話しかけているようにも見えた。その姿を見た三善は、冴から目をそらした。冴の声だけに集中して、目を閉じる。
「私すっごい消極的な理由で自殺しようとしてた。それがあんまりいいことじゃないってことが分かった気がする」
冴は何かを思い出すように、大木の向こうを見つめている。
「今日二つ自殺スポットに行ったけどさ、どっちも誰かが死んでた」
「冴、お前気付いてたのか?」
ぶら下がった死体。ぎこちない笑顔をしたあの子の顔が、三善の脳裏に蘇った。
「うん。だって三善さんの顔、めちゃめちゃ強張ってたもん」
ああ、と三善は溜め息をついた。
「それに、これは多分だけど、橋で見たあの靴、あそこで自殺した人さ、私たちが来る直前に飛び降りたんだよね」
「それも分かってたのか」
「あのささくれについてた血、あれは乾いてたけど、違うとこにも血がついてた。そっちは風下だったから、まだ乾いてなかった。三善さんからは死角になってたんだね」
三善はやっちまったとでも言うように、頭をぽりぽりと掻いた。
「あの二人を見て思ったけど、自殺は悲しいことだよね」
「そう思うか」
「うん。自殺はやっぱ、正当化できるもんじゃないなと思った。昨日の私は死ぬことしか頭になくて、周りが全部悪いんだって思ってたけど、やっぱそうじゃないね」
冴はとぎれとぎれ話す。
「あの人たちにも家族やら友達がいてさ、その人たちはきっと今たくさん悲しんで、心配してる。多分今この瞬間、苦しくても、『自分が死ぬことで悲しむ人たちがいる』ってことに気付いて、賢明に生きてる人たちがいると思う」
三善は「そうだな」と呟く。
「でも、冴は自殺するんだな」
「まぁ、その人たちと私は違う人間だからね」
三善は顔を歪めて、冴を見る。
「私はね、わがままだから」
そう言って冴は振り返った。茶色の髪の毛が、ふわりと跳ねた。
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