真相へ

「……嘘」

「信じられないだろ?」


 三善が笑う。


「俺が自殺したのはずっとずっと前だ。本当ならもうとっくに腐敗も進んで、骨になってるはずだ。だけど、まだ腐ってもない。死んだときの状態のままだ」


 冴は突然の事態に、口を開けることしかできない。


「じゃあ、あなたは何なの?」

「俺は、多分幽霊ってところだとは思うが……」

「でも、触れるよ?」

「よく分からないんだ。自分が今どういう状態なのか」


 三善は首を振って、自分の死体を見上げている。


「実はな」


 三善が続ける。


「恵さんっていただろ?」

「もしかして……」

「そのもしかしてだ」


 冴の目に、困惑の色が灯る。あの優しい女の人も、自殺していたなんて。


「こっちだ」


 三善は、太い大木の幹に沿って進む。

 これだ、といった三善の視線の先には、恵が首を吊ってぶら下がっていた。

 冴はそれを見つめ、息を飲み込んだ。自殺したのに、生きている。この世のものとは思えない現象に、頭を整理することで必死なのだろう。


「とりあえず、説明させてくれ。あそこに座ろう」


 三善が指さした先には、大木の根っこが、丁度ベンチくらいの高さになっている部分があった。ちょこっと高いところに冴が座って、低くなっているところに三善が座ったので、目線が丁度同じくらいになった。


「まず、俺の過去からだ」


 三善は意を決すように、凜と言った。冴が疑問を呈す。


「でも、三善さんの過去は聞かせて貰ったよ?」

「あれはな、ほぼ嘘だ」


 冴の顔が歪んだ。身体ごと三善の方に向け、非難の姿勢を取る。


「なんで嘘なんかついたの?」

「実はあのとき、まだ冴をここに連れてくることをためらってたんだ。冴にはこのまま、自殺を止めてほしいと思ってた。だから俺がもう自殺してることなんか言ってしまったら、混乱させるだけだろうと思ったんだ」

「じゃあなんで、あんな曖昧なことしたの?」


 曖昧なこと。三善はその意味を一瞬掴み損ねたが、自分の言動を振り返って、思い当たった。冴には死ぬなと言わなかった。むしろ、自殺を認めるような言動をした。


「それはな、あいつがいたからだ」

「あいつ?」


 誰のことを言っているのか。未だに曖昧なことを言う三善に、冴は詰め寄る。


「あいつって誰?」

「今際橋に行く前に、自殺した俺の友達の話をしただろ?」


 冴は先を促すように、真剣に三善を見続けている。


「そいつはな、お前のお父さんだ」


──私の、お父さん?


 突飛な事実が、冴の頭に響き渡る。三善の言葉はするりと通り過ぎてしまい、なかなか捕まえることができなかった。


「三善さんと、私のお父さんが友達だったってこと?」

「いや、ちょっと違う」


 三善は頭を横に振った。


「彼は依頼者だった」


 依頼者。堅苦しいその単語に、冴は首を傾げる。


「その前に、俺が自殺するまでの話を聞いてくれないか? その方がわかりやすい」


 自分のお父さんのことは気になったが、冴は首を縦に振った。


 三善は「ありがとう」と言って、続きを話し出した。


「なんで俺が運転手になったか。車好きだったからって言っただろ? 確かにそれもあるけど、車好きになったのは死んでからだ。もう一つ、理由がある」

「そうなの?」

「ああ。俺は死ぬ前、しがないサラリーマンだった。冴も今日見ただろ? オフィス街を歩いているサラリーマン。俺もあの中の一人だったんだ」


 三善の顔が下を向いた。頭上から降ってくる緑の光の影になり、彼の顔はもう冴には見えなくなった。

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