光る木に

「ここが最後なんだよね」

「そうだ」


 冴と三善は、また森の中を歩いていた。


「さっきのところとあんまり変わんないと思うんだけど」

「確かに森の中だけど、さっきとは場所が違う。そして──」


 三善はそこで少し間を作って、ためらいがちに言った。


「俺の特別な場所だ」


 特別という響きに、冴が反応する。


「特別って?」


 冴が訊ねると、三善はぴたりと立ち止まって、冴に向き合った。


「今から、冴に見せたいものがあるんだ。その場所に着いたら、俺は信じられないような話をするかもしれない。でも、冴がどうするかは、あくまで、あくまで自分で決めるんだ。分かったな?」


 三善の剣幕に、冴はたじろぐ。


「どうしたの急に? 全然わかんないよ」

「大丈夫だ。見て、話したら分かる。あともうちょっとだ」


 もう既に森に入って、二十分は経っている。昨日からろくに寝ていない冴の足は、もう限界に近づいていた。


「もうちょっとっていつなの? もう疲れたよ」


 冴の息が荒くなっている。三善はお構いなしに、目的地に近づくにつれ、どんどんとペースを速めていった。


「ちょっと早いよ。もうちょい遅くし──ん?」


 不意に冴は気付いた。そういえば、さっきから三善は懐中電灯を点けていない。でも、周りが見える。光がある。緑色で、明るい蛍のような光が。


 木をかき分けて行く度に、光が強くなっていく。目的地が近いことだけは、冴にも分かった。


 さらに道なき道を行く。緑の光に、幹が、枝が、木の葉が照らされ、あとに影を作っていく。それがとても幻想的で、冴は恐怖を抱く暇など無かった。


「着いたぞ」


 三善がそう言って最後の草むらをかき分けると、一気に視界が開けた。二人の目の前には、人の手によって整備されたかのように、半径五十メートルほどの野原が広がっていた。そしてその中央部には、一本の大木が佇んでいた。周りの木とは一線を画している。天に向けて伸びるそれの幹は図太く、葉はもうもうと生い茂り、それらの内部からは、緑と白が混ざったような光が漏れ出ている。その周りには、蛍だろうか、人魂ともとれるような、緑色の浮遊物が何十個もふわふわと浮いていた。


「……綺麗」


 冴は手近にある幹に手を置きながら、思わずそう呟いた。


「これが、三つ目の自殺スポット?」


 三善は、ああ、とだけ呟いて、その大木を睨んでいる。


「ここは三つ目の自殺スポットで──」


 三善が振り返った。


「俺が自殺した場所だ」


 夜の森に、静寂が眠った。振り返った三善の表情は、木から溢れてくる光の逆光で影になり分からない。冴がその言葉の意味を理解すると、急に三善が、少し離れたところに行ってしまったような気がした。


「自殺したの? 三善さんが?」


 ようやく絞り出したその声に、三善が応える。


「そうだ」

「なら、何で今──」

「とりあえず、あの木の近くまで行こう」


 冴の疑問を遮るように、三善は冴の手を取った。力強い足取りで、大木に向かって進んでいく。


 冴の手を握る三善の手は、暖かかった。まるで死んでいるとは思えないような、確かに生きている人間の手だ。


 冴は、光を見据えて歩いて行く三善の後頭部を見つめていた。聞きたいことが山ほどある。なんで私をここに連れてきたのか、ここは一体なんなのか、三善が自殺したとは、一体どういうことなのか──。


 冴が頭の中で考え込んでいると、いつの間にか大木の根元まで来ていた。光は強いが、何故か眩しくはない。むしろ目に優しい、柔らかな光だ。


 大木を見つめていた三善が口を開いた。


「これから、冴に俺の死体を見せる。でも安心してくれ。腐敗とかはしてないから。全然グロテスクじゃない」


 三善はそう言って、木の裏に回っていく。


「待ってよ。三善さんの死体? じゃああなたは何なの?」

「とりあえず、来てくれ」


 何も答えてくれない三善に、冴は少し腹が立った。何を言っても三善は答えてくれる気配がないので、冴も諦めてついていく。


「これだ」


 気付くと、三善が宙を見上げていた。その目線の先に、それはあった。三善が、首を吊っていた。

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