森の中で
二人は息を切らしながら、森の中を歩いていた。一つ目のスポットからタクシーで十分ほど。さらに歩いて五分が経とうとしていた。舗装などされていない道だったから、歩くのが大変だ。落ち葉や土が雨を吸って靴にまとわりついてくるのも、歩きにくさに拍車をかけているようだった。
身体にまとわりついてくる草を鬱陶しそうに手で払いながら、冴が問うた。
「ここが二つ目のスポットなの?」
「ああ。ここっていうか、ここらへん一帯がそうだな」
「でも、ここら辺って全部木だし……この山全部が自殺スポットなわけ?」
「いや、さっき走ってた道をもうちょっと行くとトンネルがあるんだけど、その少し手前あたり、今俺たちがいるところだな。そこだけ自殺する人が多いんだよ」
目印があるような訳でもないのにな、と冴は思う。
「なんでここらへんだけ多いんだろう?」
「さあな。何か感じるものがあるんじゃないか? 冴も何か感じないのか?」
「う~ん、何も」
冴は周りを見渡しながら、首を傾げた。三善の懐中電灯だけが、視界の頼りだ。自殺スポットな上、変な動物の声も聞こえるので、なんだか薄気味悪い。
「ここ一人で行くの、なかなか怖いね」
冴の言葉に、三善が反応する。
「まあ、絶対夜に自殺するってわけじゃないだろうし、怖い人は昼にでも行くんじゃないか?」
「ふうん。でももし先に自殺しちゃった人に出会ったりしたら、昼だとよく見えちゃって怖いじゃん」
「何言ってんだ。夜に出会う方が百万億倍怖いだろ」
三善は口を歪めながら、冗談ぽく言った。
「なにその小学生みたいな数字」
冴も口を歪めて、そろそろと夜の森を歩く。
特徴的な形の木の根元、三善の懐中電灯の光に、何かが反射した。
「……ん? あれなんだろうな」
三善が、その反射した物体に近づいて行く。
「これは……携帯だな」
落ち葉に大半を隠されていたので分からなかったが、どうやらスマートフォンらしい。かなりデコレーションがされており、付けられた宝石を模したデコが、光を反射していたらしかった。三善はそれを拾い上げて、手で土を払った。しかし、水を含んでいるので、なかなか土は落ちなかった。
「電源つく?」
三善の横から、冴が携帯を覗き込んで言う。
「どうだろうな。濡れてるから壊れてるかも」
そう言った三善は、携帯の横を探りながら、なんとか電源ボタンらしきものを押した。すると、ぽわっとした白い光が、三善の顔を照らした。
「お、ついたぞ」
零時。スマホの中の日付が、丁度切り替わった。待ち受け画面は、画面一杯のダックスフント。どうやら犬を飼っているらしい。
「誰かが落としていったのかな」
不思議に思った冴が、三善に尋ねる。
「いや、普通の人はこんなところにわざわざ入らないから、このスマホの持ち主もきっと──」
「そっか」
三善が言い終わらないうちに、冴が合点した。これ以上携帯をいじっても、何もなさそうだったので、三善はゆっくりと落ち葉の上にそれを置いた。
三善はそのまま、その辺りを懐中電灯で照らす。
「これ……」
スマホを置いたすぐ横あたりに、カードのようなものが土に埋もれていた。
「何? それ」
ちらりと見えたカードに、冴も興味を示す。三善はもう一度屈んで、そのカードを手に取った。
「これは……学生証だな」
こびりついた土の中に、ぎこちない笑みを浮かべた女子高生の顔があった。明らかに作った笑顔ではあるが、基本的には快活そうな子だ。
「聖南明智女学院……」
そう呟いた三善に、冴が驚いた声を上げる。
「嘘! 聖南!?」
「何だ? 知ってるのか?」
「私が転校する前の学校。ちょっと見せて」
冴はそう言って、三善の手から学生証を奪い取った。
「これ……私と同い年だ……」
「おい、嘘だろ? 同級生か?」
冴はうんとも頷かず、ひたすらに顔写真を眺めている。
「でも、この子は知らないなあ……多分違うクラスだったんだろうな」
「そうか……良かったな」
良かったのかどうか、冴には分からなかった。なんとなく裏も見たが、特になにもなかった。
「こっちにも何か落ちてるぞ」
三善が言う。その光の先には、やはり土にまみれた、白い封筒が放り出されていた。雨に濡れて、今にも破れそうだ。
「これは、読んだらだめなやつ?」
冴が聞く。
「いや、読むべきだと思う」
三善は言い聞かせるように答えた。
「なんで人は遺書を書くのか……。最後に自分の中で整理をつけたいのか? 俺は私はこんな思いをしたんだぞって、世の中に知らしめるためか? 何よりも、自分の苦しみを誰かに知ってもらいたいから書くのか? 誰かに寄り添って欲しかったからか? いずれにしても、これを見つけた俺たちには、これを読む責任があると思う。読まないのは、この人を見捨てるのと同義だと思うな」
「ごめん喋りすぎた」と身を縮ませた三善に、冴は深く、「そうだね」と頷いた。
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