三善の話
冴はこくりと頷いた。三善も頷き返し、彼は訥々と語り出した。
「俺がタクシー運転手を始める前、友達が自殺したんだ」
「……そうなんだ」
高校生には、些か重い内容に違いなかった。しかし冴は、その話をしっかり受け止めようと、なおも三善の顔を見つめたままでいる。
「俺は昔から友達がいなくてな。同世代を前にすると、どうも話が出てこないんだ。でも、そいつだけは違った。言ってしまえば、俺の唯一の友達だったんだ」
思い出しているのか、一瞬三善の顔が少し緩んだ。しかしすぐに、元の表情に戻る。
「その日はそいつの誕生日だった。仕事で忙しいあいつだったが、何とか夜に予定を空けてくれたんだ。その時間で、飲み屋に行った。二人で色々話したんだ。プレゼントってことで、ネクタイもあげた」
冴は「へぇ、いいね」と言って、先を促した。
「でも、それがいけなかった」 その言葉に、冴は表情を硬くする。
三善は拳を、固く握った。
「ほとんどが愚痴だったよ。会社でのパワハラや、親からのプレッシャー、一人暮らしの寂しさとか、お先真っ暗の未来──確かに普通の精神状態じゃなかったように見えたが、俺は声に出してあいつを心配してやることが出来なかった。余計なお世話なんじゃないかと思ってな」
次の言葉にためらいがあるのか、三善は口を開けたまま、唇を震わせた。拳を握り、丹田に力を込めた三善は、取りこぼすように言葉を紡いだ。
「彼は次の日、俺があげたネクタイで首を吊ってた」
身を堅くしていた冴は、その言葉に目を見開いた。暗闇が、大きくなった気がした。
「玄関のドアノブでやったらしい。衝動的なやつだ。遺書もなかったから、何を思って死んだのかは分からんが、あいつは迷ってた」
「迷ってた?」
「そう。確かにほとんどが愚痴だった、でもところどころであいつは夢を語ってたんだ。子どもが欲しいとか、海外旅行に行きたいとか……あの時点で、死ぬことに迷ってたはずなんだ。でも俺があげたネクタイを見て、なんとなく死んだんだと思う」
三善は続ける。
「自殺すること自体は、別にいい。でも俺のせいで、あいつはろくに意思も固めないまま、ぽっくりと死にやがった。適当に手元にある道具で、適当な場所を選んで、なんとなく死んじまったんだよ。俺はそれが許せないんだ。迷って死んだあいつに、迷って心配してやれなかった自分にもな」
三善は冴を、真っ直ぐに見つめた。
「だからすまない。これは完全に俺のエゴなんだ。自殺を真剣に考えてる冴にはお節介かもしれないが、冴にあいつと同じ事はさせたくない。俺の客として、適当な場所で、適当には死んでほしくないんだ」
「分かった。でも、もう私は自殺するって決めてるから。迷ってなんかないからね。
一番好きな場所で、自殺することにするよ」
真っ直ぐに言い放った冴に、三善は安堵の表情を浮かべた。
「それじゃあとりあえず、今際橋だな」
「うん。行こう」
懐中電灯を頼りにして、二人は細い道に入っていく。三善はちらっと腕時計を見た。午後十時だった。冴と出会って一時間しか経っていない。それだけの時間で、これだけ人と近づくのは、三善にとって冴が初めてだった。
──この子になら、あれを見せてもいいかもしれない。
三善はそう頭の中で考えながら、後ろを歩く冴の気配を、ぼんやりと感じ取っていた。
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