16 人間と精霊

「うっ・・・・」

 ジャヒーの体は熱く、呼吸は浅いままだった。

 奴らの剣には、肺をじりじりと焦がす魔法が付与されていたのだろう。


「ま・・・魔王ヴィル様・・・・・」

「しゃべるな。自分の回復に注力しろ」

 ほんの少しずつではあるが、自信で回復している。

 さすが、上位魔族だな。


「・・・・ありがとうございます・・・」

 マントでなるべく風の抵抗が無いように飛んでいた。



「魔王ヴィル様!!!」

 魔王城に入ると、魔族たちがこちらを向く。

 上位魔族たちが、赤い絨毯の敷かれた魔王の椅子の前で待っていた。


「ジャヒーは!?」

「移動中に自己回復して、だいぶ顔色もよくなってる。今は寝ているだけだ」

「よかったです」

 ゴリアテが駆け寄ってきた。


「あの人数の人間どもに、あんな圧倒的な戦力差を見せつけたのは、魔王ヴィル様が初めてでございます」

 カマエルが頭を下げた。


「魔族の王として当然だ」


 おおおおおおお


 魔族たちの雄たけびが上がる。

 魔王城の柱の装飾まで振動していた。


「魔王ヴィル様、貴方様こそ、魔族の王としてふさわしい方です。貴方様の元で上位魔族でいられることを誇りに思います」

「はい!!」

 魔族たちの感嘆と称賛の声で迎えられた。


「ゴリアテ、ジャヒーを部屋まで運んでくれるか? 安静にしていればじきに目が覚める」

「かしこまりました」

 ゴリアテが岩のような腕で、ジャヒーを抱える。


「ジャヒー大丈夫か?」

「うん・・・悪いな・・・」

 目を閉じたまま答える。

 ププに案内されて、上位魔族の部屋に向かっていった。 



 ジャヒーが部屋から出ていったのを確認して、マントを後ろやる。

 魔王の椅子に座って肘を付いた。


「今回のようにダンジョンを包囲し、魔族に大きな被害が予測されると判断した場合、俺を呼べ」

「はっ・・・」

 全員が跪いていた。


 人間を殺めた感覚が残っている。

 俺を馬鹿にしてきた奴らを、この手で・・・。


 魔族の王になったからか、呆気なかったな。

 虫でも潰しているようだった。


「ウル、俺にも魔族に配布したオブシディアンを」

「・・・魔王ヴィル様・・・でもこちらは、魔族が劣勢であった場合に、地図に反応を記すものであって・・・」

「はい。魔王ヴィル様には必要ないかと・・・」

 ププウルが首をかしげていた。


「いや、ちょっと細工をしたいだけだ」

 ウルから大き目のオブシディアンの石を受け取る。

 握り締めて、一点に集中した。


 ― 魔具錬金生成(バラス)―


 手を開くと、紫の石に変色していた。


「!?」

「俺が持つ、これを、魔王の石とする」

 皆に見えるように手を上げる。


「魔王の石・・・ですか?」

「上位魔族がオブシディアンを持ち、今回のような戦闘があった場合に、オブシディアンに魔力を流せ。この魔王の石に、伝達するようにしてある」

「なんと・・・」

「かしこまりました」

 カマエルがまじまじと石を眺めていた。


「今回は特例ですが・・・でも、魔王ヴィル様が手を煩わせなくても、上位魔族のみで処理できるよう精進してまいりますので」

 サリーが大剣を後ろに抱えながら言う。


「いや、いい。俺を呼べ」

「・・・・・・?」

 魔族たちが、不思議そうな表情でこちらを見上げた。


「お前らを信用していないわけではないし、魔族の強さは十分わかってる」

 強い口調で言う。


「ただ、俺が人間に直接手を下したい。今回のように、あらゆるギルドを集めて、一斉に魔族に歯向かおうとする人間どもがいれば、王である俺が行くべきだろう。これ以上、魔族を馬鹿にはさせない」


 手を組んで笑った。


「これから人間に思い知らせてやる。魔族の恐ろしさを」


 自分を馬鹿にしていたギルドの奴らが、おびえている様子を見るのが、こんなにも心地いいものだとはな。

 あの10人は氷山の一角だ。

 懸賞金も上がったようだし、まだまだ、ウジ虫のように出てくるだろう。


 笑いが止まらなかった。


 かつてのギルドに思い残すことは、何もなかった。

 俺を何年も馬鹿にし続けてきた奴らだ。

 奴らに今までされてきたこと・・・一度も忘れたことはない。


 魔王になったからには、この快感を味わい尽くしてやる。


「なんという素晴らしい心得でございます。魔王ヴィル様」

「私も魔族の時代が来ると思うと・・・」

「今から興奮が止まりません」

 ププウルとサリーが頬を押さえて、嬉しそうにしていた。


「我々も鍛錬は怠らず、魔族の繁栄のために尽くします」

 カマエルが翼を畳んで、牙を見せていた。



「!」

 はっとして立ち上がる。

 アイリスのことを忘れていた。


「では、ジャヒーのことは頼んだ」

「どちらへ行かれるのですか?」


「魔族のダンジョンを取り返す途中だったからな、先のダンジョンへ戻る」

「そうでしたね。後のことはお任せください。何かありましたら先ほどのオブシディアンで知らせますので」

 カマエルが段差を下りていく。

 サリーとゴリアテが魔族たちに指示を出していた。


 床を蹴って浮き上がる。

「いってらっしゃいませ。魔王ヴィル様」

 全員が一斉に頭を下げた。

 真っすぐに飛んで、大きな扉から出て行く。




 魔王としての役目はこなしたが、まだやるべきことがある。

 ダンジョンを取り返さなければ、永久に魔族は劣勢のままだからな。


 アイリスが何か厄介な問題起こしてないといいんだが・・・。

 一人にしておくと何を起こすかわからないからな。


 崖まで来ると、川の流れが確認できた。

 すっと降りていき、ダンジョンの入り口に立つ。



『おう!』

 待っていたかのように、ダンジョンの精霊シンジュクが現れる。

『魔王とやら、遅かったじゃないか』

「まぁ、いろいろあってな・・・」


 シンジュクが手をかざす。


 ズズズズズズズズズ


 重たい扉が開いた。


『さぁ、最下層へ・・・・』

「アイリスは? 何か問題を起こさなかったか?」

『いやいや、問題なんてとんでもない」

 シンジュクが小さな体を目いっぱい振った。


『クエストを2つ制覇してな、私の、シンジュク、ヨヨギが求めていた、宝である”エンピツ”と”ケシゴム”を手に入れたところだ』

「え・・・?」

『あとのクエストはお前の帰りを待つと言って、待ってたんだぞ』

 驚きのあまり、階段を踏み外しそうになった。


「あ・・・アイリスが一人でクエストに行ったのか?」

『あぁ、そうだ。優秀だぞ。彼女は』

「え・・・・・」

 入り組んだ道を曲がっていく。


「ほ、本当にアイリスが一人でやったのか?」

『ダンジョンの精霊は嘘はつかぬわ。メリットが無いからな』

 弾んだような口調で話していた。


 思った以上に最下層は遠かった。

 シブヤのダンジョンは戦闘の跡が生々しく残っていたが、シンジュクのダンジョンは綺麗に整備されていた。

『装飾も下に行くにつれて、綺麗になってきただろう?』

 シンジュクが自慢げに話していた。


『おぉ、ここもだ。シンオオクボが直したんだけどな。元よりもよくなって、驚いたよ』

「・・・・・・・・・」

 饒舌に話していた。

 草木や花の模様が立体的に表現された部屋を横目に、階段を下りる。




『ほれ、連れてきたぞ』

 最下層の部屋は丸く広かった。

 芝生のようになっていて、天井からは日光のような明るい光が差していた。


「アイリス・・・・」

「あ・・・魔王ヴィル様」

 アイリスが岩のテーブルのようなものの前に座って、ダンジョンの精霊4人と話をしていた。

 

 時折、龍の鳴き声が聞こえる。


『おぉ、お前とやらが魔族の王か。やっと来たな』

「おかえりなさい」

「あ・・・あぁ・・・」

 アイリスが満面の笑みで立ち上がって、手を取る。


「私、一人でクエストをクリアして、ダンジョンの宝を取ってきたの。仕組みはわかってきたから、あとは的確に処理するだけ」

「聞いたけど、本当なのか・・・?」


「うん! 2つも魔族のダンジョンになったの。よかったね」

「あ・・・あぁ・・・・」

「どうしたの?」


「・・・いや、少し、問題が長引いたんだよ・・・」

「そっか。魔王ヴィル様は大変だね」

 アイリスがあまりに普通で、後ずさりしてしまった。


 そりゃそうか。

 アイリスは戦闘の場を見ていないんだから・・。


「ねぇ、ここに座って、芝生が柔らかいの。天井の光がね、日光の役割を果たしてるんだって。私、この世界のこうゆうところが好き」

 得意げになりながら、引っ張ってきた。

 小さくて、冷たい手だった。


「お疲れ様、魔王ヴィル様」

「・・・・・・・・・」

 花のように微笑む。

 懐かしいような感覚になるな。


 そうか、アイリスはどこかマリアに似ているのか。


「っと・・・」

 戸惑いながら、引かれるがままに、テーブルの前に座った。

 ダンジョンとは思えないような場所だな。


「こちらが、シンオオクボ様、メジロ様、タカダノババ様」

『よろしくな。魔族の王とやらよ』


「・・・あぁ」

 アイリスがダンジョンの精霊たちと楽しそうに話していた。 

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