17 適材適所
「魔王ヴィル様、魔王ヴィル様、起きて。朝だよ」
「っ・・・・」
飛び起きる。
確かダンジョンの最下層で・・・・。
「俺、寝てたのか・・・」
「うん。おはよう」
アイリスが両手を付いて、こちらを覗き込んでいた。
アイリスの周りには、たくさんの文字が書かれている。
記録なのか?
「魔王ヴィル様、呼吸も正常なのになかなか起きないからびっくりしちゃった」
「そうか・・・・」
知らないうちに、寝てしまったようだな。
気を抜きすぎていた。
『もう朝だぞ』
『随分疲れていたようだな。でも、大分回復しただろう』
ダンジョンの精霊、シンジュクとシンオオクボが芝生の上を歩いてくる。
『このダンジョンの最下層は、癒しの効果があるからな』
『あの日差しに似た明りにより、草木もよく育つのだ』
『魔王であって、寝てしまうのも仕方ないことだろう』
精霊たちが自慢げに話していた。
天井の明かりのせいか。
こんなところで熟睡してしまうとは・・・。
「よっぽど疲れていたのね。あ、肩に草が付いてる」
アイリスがマントについた草を取って微笑んだ。
「アイリスは寝てないのか?」
「私も寝たけど、でも昨日は夜遅くまで話し込んじゃって。あとは、異世界のこと、ちゃんと記録しておきたいの」
精霊たちのほうに目をやる。
『彼女が行ったという、異世界の話は面白いんだ』
『随分賢い少女だ』
『本当はまだ聞きたいんだがな。今日はお前とクエストに行かなければならないから、無理はさせられない』
シンオオクボとメジロがテーブルに座りながら言う。
「帰ってきたら続きを話すね」
『楽しみにしているよ』
「・・・・・・・・」
アイリスがダンジョンの精霊とすっかり打ち解けていた。
どうも、アイリスはダンジョンの精霊に好かれやすいらしい。
「?」
ふと見上げると、祭壇に異世界の物が載っていた。
「あれがアイリスが取ってきた、ダンジョンの宝・・・・」
本当に一人で取ってきたんだな。
異世界は人が多いし、クエスト自体謎が多いのに、どうやって・・・。
「ねぇ、魔王ヴィル様、こっちこっち」
「うわっ・・・待っ・・・」
アイリスが手を引いて、柵のある隣の部屋を見せてきた。
クォーン
「双竜か・・・・」
双竜がこちらに気づくと、優しい声で鳴いてきた。
「人間に封じ込められていた双竜も、魔族のダンジョンになったから、封印が解けたの」
「・・・・そうか・・・」
アイリスが近づくと、二つの顔に挟まれていた。
短期間で、こんなに懐くとは・・・。
手を伸ばすと、片側の龍が鼻をくっつけてきた。
「魔王ヴィルだ。魔族として、改めてよろしくな」
クォーン
双竜が返事をすると、鼻息が手にかかった。
アイリスが柵から身を乗り出す。
「へへ・・・わわ・・くすぐったいってば。グレイとギルバートっていうんだって。早く空を飛びたいって。大丈夫、もう魔族のダンジョンになったんだから、また空を飛べるよ」
髪をぐしゃぐしゃにされていた。楽しそうだな。
「・・・・・・・・・・・」
マントを羽織りなおす。
「あれ? 魔王ヴィル様、もう行ダンジョンに行くの?」
「いや」
アイリスが首を傾げる。
「あとの3つのダンジョンはお前が取り返してきてくれ」
「え? どうして・・・? 魔王ヴィル様は・・・?」
ダンジョンの精霊たちのほうを向いた。
「俺は、魔王としてやるべきことがある。アイリスは人間だが・・・アイリスがクリアしたクエストは魔族のものになるんだな?」
『もちろんだ。そいつは、魔族の王の奴隷だと聞いている』
シンジュクが腕を組んで頷いていた。
「待って待って」
アイリスが前に回って、両手を広げる。
「ん?」
「魔王ヴィル様とクエストに行きたい」
「!」
「魔王ヴィル様とクエストに行きたい。大事なことだから二回言った」
アイリスがぐっと顔を近づけてきた。
「駄目だ。これは命令だ」
「む・・・・・」
アイリスが感情をあらわにするのは珍しいな。
「お前にクエスト任せて悪いとは思ってるよ」
頭を掻く。
「でも、魔王としてやらなきゃいけないことがあるんだ。拒否するならどうしようもない。魔王城で休んでてくれ」
「違うよ・・・でも、残りのクエストは魔王ヴィル様と一緒に行きたくて」
アイリスが急に涙目になった。
「泣くほどのことじゃないだろ?」
「・・・・女の涙は武器って情報がある・・・今がそのとき」
「・・・どこの情報だよ」
息をつく。
あざといのか、天然なのかよくわからないな。
「とにかく、魔王ヴィル様とダンジョンを攻略する時間は、何よりも大切な時間なの」
アイリスが涙を拭う。
『これは魔王が悪いな』
『悪い』
「は?」
ダンジョンの精霊たちがここぞとばかりわらわら集まってきた。
『女子を泣かせる奴は嫌われるぞ』
「どう見たらそうゆう風に見えるんだよ」
あと3つの異世界クエスト・・・1クエストどれくらい時間がかかるかわからない。
俺が行くのがベストだが、魔族のこともある。
昨日、ジャヒーのことがあったばかりだ。
俺がクエストに行ってる間に、人間たちは確実に魔族に何かするだろう。
今回はダンジョン自体を諦めるしかないか。
ダンジョンの攻略より先に、魔族が壊滅させられたら元も子もない。
「仕方ないな。じゃあ・・・」
「わかった。あと3つのクエスト、私がやってくる」
アイリスが顔を涙をぬぐって、顔を上げた。
「え?」
「その代わり、こなせたら私の願いを一つ聞いて」
「無茶な願いじゃないだろうな?」
アイリスが首をぶんぶん振った。
「そんなわけないよ。私は魔王の奴隷だもの」
「・・・・じゃあ、わかったよ。まさか、俺と取引するとはな・・・」
「交渉成立ね」
アイリスがくるっと表情を変えてほほ笑んだ。
「はぁ・・・」
腹の奥からため息が出た。
「魔王ヴィル様」
「その代わり失敗するなよ。必ず、ダンジョンを取り返してこい。わかったな」
「うん。任せて」
笑顔で大きく頷いていた。
よーしと気合を入れて、髪を一つに結び直している。
シンジュクがふよふよ浮きながら近づいてくる。
「とりあえず、アイリスを頼む。あまり無茶はさせないでやってくれ。今回の2つの宝はまぐれかもしれないからな」
『こっちだって、能力の無いものには期待しないわ』
「ねぇ、魔王ヴィル様、本当に大丈夫だよ」
アイリスが自慢げに間に入ってくる。
「私、異世界が得意みたい。なんとなく、わかるの。世界の仕組みが・・・どうしてかはわからないけど・・・」
「得意って・・・」
「あ、シンオオクボ様」
アイリスがシンオオクボとヨヨギとメジロのほうに話しかけていた。
アイリスは、ダンジョンの精霊と相性がいい。
この世界に、そうゆう人間がいたとはな。
「そういや、後の3つのダンジョンはここから近いのか?」
『安心しろ。直結だ、ほれ』
「直結?」
双竜のいる部屋の先に入り口がいくつか見えた。
なんとなく、複雑に入り組んでいるような気がする。
ダンジョンってよくわからないな。
今、深堀する時間はないが。
「2つのダンジョンは、アイリスが残り3つのクエストをこなした後、魔族を配属する、でいいな?」
腕を組んで、壁に寄りかかった。
『もちろんだ。綺麗に舗装したから、丁寧に扱ってくれよ』
「わかってる」
『ここは最下層だ。一瞬で出口まで届けてやろう』
「頼む」
シンジュクが手のひらをこちらにかざしたときだった。
「魔王ヴィル様、いってらっしゃい」
「・・あぁ・・・・・」
アイリスが笑顔で手を振ってきた。ふっと体が浮きあがる。
瞬きする間もなく、ダンジョンの外に出ていた。
雨雲がかかっている。
雨が降っていたのか、川の流れが太くなっていた。
「アイリスのこと、よろしくな」
『何度も聞いたわ。お前も心配性だな』
「そうゆうわけじゃないが・・・」
『お前からは血の匂いがする。人間を殺してここに来たな?』
「・・・・・それが、なんだ?」
『安心しろ。我々はなんとも思わん。人間がどれだけ死のうが、魔族がどれだけ苦しもうがどうでもいい。我々が興味を持つのは異世界だけだ』
シンジュクがふわふわしながら言う。
「アイリスには・・・」
『黙っておく。お前には、魔王としての仕事があるのだろう。早く行ってこい』
「・・・・あぁ、よろしくな」
マントを後ろにやった。
石を蹴って飛び上がる。
帰り道は、ルートを変えるか。
来たときとは違う、人間の住む村の多い地域を通って、魔王城へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます