14 人間の戦略

「アイリス、強すぎだろ」

「私、こうゆうの得意なの」

 足を組みなおす。


「もう一度やるぞ」

「何度やっても結果は同じ」

「わからないだろ」

 升目の〇×を消していく。


『お前ら、また迷子か。ちゃんと付いてくるんだぞ』

「あ、シンジュク様とヨヨギ様」

 シンジュクとヨヨギがすぐに戻ってきた。


 〇×ゲームはここで終わりか。

 なんか、腑に落ちないな。


『何をしている?』

「子供のころの遊びだよ」

『お前、魔王なのだろう? 意外と子供っぽいところがあるのだな』

 シンジュクが興味深そうに、覗き込みながら言う。

 うろ覚えだったが、意外と覚えてるものだな。


「俺はただ付き合ってただけだ」

「結構夢中だったでしょ。でも・・・私には勝てない」

「もう一回やれば俺が勝つ」

「何度でもいいよ」

 アイリスは異様に強かった。


 ここまで先読みできるなんて・・・。

 


「!?」

 突然、はっとするような悪寒が走った。


 直感的に、魔族に何かあったんだと判断した。



「・・・・・」

 ダンジョンの出口のほうへ目を向ける。


『ん? 何かあったのか?』

「・・・すまないが、俺は魔王城に戻る」

「え? どうして?」

「勘だ。こいつを頼む、俺をダンジョンの外まで案内してくれ」

 シンジュクがふわっと目の前に降りてきた。


『まぁ、急用ならばしょうがない。私が外まで連れて行こう』

「魔王ヴィル様? 大丈夫?」

 アイリスが不安そうな目でこちらを見てきた。


「アイリスはここにいたほうが安全だ。用が済んだら戻る」

『先に、最下層に連れて行ってやろう。そのほうがゆっくりできるぞ』

「じゃあ、お言葉に甘えて・・・ヨヨギ様、よろしくお願いします」

 アイリスがヨヨギに笑いかけると、ヨヨギが少し照れていた。


「魔王ヴィル様・・・」

「ん・・・?」 

「無理しないでね。いってらっしゃい」

 微笑んで、ひらひら手を振っていた。


「・・・・・・・・・」

 マントを翻して、出口のほうへ向かう。


 外に出ると、日差しが眩しかった。

 入った時と変わらず、さらさらと川の流れる音が聞こえた。


「厄介な奴だけどな。アイリスのこと頼んだ」

『任せろ。久しぶりの客人だ。その代わり戻ってきたら、ダンジョンの宝を・・・』


「わかってる。なるべく早く戻る」

 砂利を蹴って手をかざす。


 崖を一気に飛び上がると、風が頬を打ち付けた。

 木々よりも高いところで、一旦止まり、魔王城の方角を確認する。

 やはり、魔力の流れがおかしい。




 どんどん速度を上げて魔王城に向かった。


 木々の間を滑り込むようにして、高度を下げる。

 大きく開いた扉から入ると、魔族たち数十人ほど集まっていた。

「どうする?」

「でも、このままじゃ・・・」

「上位魔族が準備している。待つかしかないないだろうが・・・グスタフ・・・」

 混乱が伝わってくる。



「魔王ヴィル様」


 一斉にこちらを向く。


 マントを後ろにやって、魔王の間に立った。


「魔王ヴィル様」

 ププウルが額の汗をぬぐっていた。


「どうした? 何かあったのか?」

「人間どもが、南西のジャヒーの管轄のダンジョン付近に攻め込んできました」

「そこは力の弱い魔族が多いんです。今、このような状況です」


「カマエル、様子を見られるか」

「かしこまりました」

 カマエルが遠隔投影同期(ミラーリング)で様子を映し出す。

 ダンジョンが1つ奪われたと知って、弱いところから攻めたか。

 しかも、かなりの人数だ。


「人間どもめ、卑怯な手を使いやがって」

 ゴリアテがどんと地面を鳴らした。


 俺がギルドにいたときは南西のダンジョンクエストは賞金が少ないからと言って、挑戦する者にB級以上の人間はいなかった。

 ダンジョンクエストに対する、人間たちの認識が変わったようだな。


 魔王復活を考慮してか。

 面白い。


「デバフの魔導士を多く用意したんです」

「そうです。だから広範囲で魔族が弱体化して・・・」

 ププとウルが必死に訴えてきた。


「はい。ジャヒーは強いですが、下位魔族を守りながら、この人数を相手するのは苦戦しているみたいで・・・」

 カマエルが額から汗を流していた。


「ダンジョンは無事か?」

「ギリギリ、ジャヒーが食い止めている状況です」

 怪我をしている魔族が数十人見えた。

 中には、負傷して動けなくなっている者もいるようだ。



「全体を映してもらってもいいか?」

「かしこまりました」

 カマエルが操作すると、岩場に隠れた魔族を狙っている人間が多くいるのが確認できた。

 魔導士、剣士、武闘家などで構成されたギルドメンバー5人×12組・・・・城の兵士が20人といったところだな。


「私とサリーとゴリアテの上位魔族3人で向かいます」

「私もいつでもいいわ」

「準備は万全だ。いつでも行ける」

 ゴリアテが斧を掲げていた。


「いや、いい。俺が行こう」

 魔王の椅子から離れて歩き出す。

 右手を握り締めて、魔力の流れを確認していた。


 名前は憶えていないが、見覚えのある顔があった。

 おそらく俺がいたギルドの連中もいるのだろう。


「そんな、魔王ヴィル様の手を煩わせるなど・・・」

 サリーが立ち上がって言う。


「魔族に弱い地域などないと知らしめるのだ。ププウル、地図を寄越せ」

「はい、こちらになります!」


 ばさっ


 ププが地図を広げて説明していた。

 ここなら、知ってる。行って剣士を下された場所から近いからな。


「わかった。行ってくる」


「あの、私たちも・・・・」

 ププとウルが、翼を畳んでこちらを見上げてきた。


「俺は魔王だ。一人で十分だ」

「か・・・かしこまりました」

 睨みつけると、委縮して下がっていった。

 

「いってらっしゃいませ」

「安心して、そこで見ているがいい。皆を助けてこよう」

 地面を蹴って飛び上がり、窓から飛んでいく。





 しばらく飛んでいると、すぐに戦火が上がっているのが見えてきた。

 ダンジョン付近の森を焼き払って、魔族をおびき出しているのか。


 かすかに魔族の血の匂いがする。


「ゴフッ・・・・」

「ジャヒー様!!」

「下がって・・・私がやる」

 ジャヒーという羊のような角の付いた女悪魔が数人の魔導士と剣士に囲まれていた。

 後ろのほうで、図体のでかい深い傷の付いた魔族が震えていた。 


「これで、莫大な懸賞金はギルドのものだ」

「油断をするな、魔導士からバフを・・・」

 ざわめきから声を拾っていく。


 聞く限り、ダンジョン1つ取りに行くことが目的ではないな。


 初めから、上位魔族と戦闘するつもりで戦略を練ってきたということか。


「皆の者、一斉に準備をし、攻撃を仕掛けよ」

 人間の声が響き渡っている。

 白馬に乗った兵士3人が、剣を掲げて指示をしていた。


 後ろで囲んでいるのは、かつて俺のいたギルドのメンバーだ。

 S級の以上のクエストばかり受けて、自慢していた奴らばかりだ。

 真新しい装備品を身にまとい、自信ありげな表情で魔族ににじり寄っている。


 魔導士が後方で光属性の魔力を溜めているのを感じるな。

 腹が立つほど、陣形は完璧だ。



「ジャヒー様、私もまだ戦えます」

「その傷、癒してから戻ってきなさい」

「っ・・・・」

「貴方たちが死んでしまったら意味がない。隠れてて」

 ジャヒーは強いが、他の魔族が圧倒的に弱かった。

 庇いながら戦闘するため、人間のペースに持っていかれている。



「生き残ってる魔族に風属性を・・・奴らの弱点だ」

「はい! 氷魔法を付与し、戦闘不能に追い込みます」

 ここにいる魔族の属性を調べつくしているようだな。

 魔族がボロボロなのに対して、人間はほとんと無傷だった。


 王国の兵士、ギルドのメンバー・・・時間をかけて作戦も練ってきたということか。



 でも、俺が現れることは想定外だろう。



「待て! あ、あれは誰だ?」

「・・・・・・・・」


 俺に気づいた人間が、空を指さした。

 左手を下に向ける。



 ― 王者の波動(デフラス)―


 ズン・・・・・


 半径100メートル圏内のバフとデバフの無効化する。


「あ・・・・・・・・」

 ゆっくりと、ジャヒーの前に降り立つ。


「大丈夫か?」

「あ・・・・貴方様は・・・もしや・・・・・」

 ジャヒーが傷だらけの顔でこちらを見上げていた。


 翼や服にも切られたような痕があった。

 上位魔族をこれだけ弱体化させるとはな・・・。


「魔王ヴィルだ」

「魔王・・・ヴィル様・・・」

 人間のほうを向く。

 前線にいた三人の顔が青ざめていくのがわかった。


「ジャヒー、ここまでよくやった。後は任せろ」

「・・・・・あ・・・・・」


 置かれている状況に気づいた魔導士たちの、戸惑う声が聞こえてくる。

 兵士が剣を下げて、ゆっくりとこちらを見つめた。

 

「ヴィル・・・聞いたことがある名前だな・・・・」

 後ろにいた人間が呟く。


「・・・・・・・・・」 

 これは、俺が魔族の王として、やらなければいけないことだ。

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