13 ダンジョンで迷子

『まぁ、詳しい話は中に入りながらゆっくりとしよう』


 ズズズズズズズ


 頑なに動かなかった扉が、簡単に開いていった。


『さぁ、ついてこい』

『ちょうどよかったな。今日は他のダンジョンの精霊も来ているぞ』

「そうなのか?」

『あぁ。運がいいな』

 

 バタン


 扉が閉まると、風が背中を押した。

 ダンジョンの精霊が意気揚々としながら飛んでいく。


『私がシンジュク』

『私はヨヨギ。最下層にはタカダノババ、メジロ、シンオオクボがいる』


「一気に5人も?」

「5体っていうんじゃないか?」

「あ・・・・」


『はははは、どっちでもいいわ』

 シンジュクが笑いながら、ダンジョンに明かりを灯していた。


『今日はシンジュクのダンジョンに集まる日なんだ。人間も攻略したらダンジョンに来ることがないし、こうやって定期的に集まって話してるんだよ』

『ダンジョンの精霊も意外と暇でな』


「へぇ・・・・」

 顔を上げる。

 シブヤのダンジョンに比べて、天井が高く広々としていた。


『階段には気をつけろよ』

『落とし穴はないけどな。はははは。こっちを右だ』

「あぁ」

 中は、迷路のようになっていた。


 右に曲がったかと思うと、左に曲がるし・・・左に行ったら、また3つに道が分かれている。

 ダンジョンの精霊がいなければ、最下層まで日中にたどり着けるかどうかといったところだ。


「・・・・アイリス、ちゃんとついてきてるか? って・・・・」


 いない。

 アイリスがいなくなってる。


「ちょっと、待ってくれ」

 先を急ごうとする2人を引き留める。


『ん? どうした?』


「アイリスが・・・って、人間の女の子がいなくなってるんだよ。ほら・・・・」

 シンジュクとヨヨギが後ろを確認していた。


『どうしてこんな簡単な道迷う?』

『わかりやすくできてるのに』

 ダンジョンの精霊からすると簡単だろうけどな。

 ついていくのに必死で、アイリスがいないことに全く気付かなかった。


「アイリス! 聞こえたら返事しろ」

 全く声が返ってこなかった。

 天井から水が落ちる音が響くだけだ。


『罠もないし、魔物もいない。単純に迷っただけだろう。あまり心配することはないぞ』

『探しに戻ってみるか』

「あぁ、悪いな」

 シンジュクがふわふわと飛びながら、来た道を戻っていく。


『それにしても珍しいな。魔族の王と人間の少女が一緒だなんて』

「成り行きでな」

 元来た階段を上っていく。


「このダンジョンは魔法を封じているのか? 飛んだほうが楽なんだが」

『あぁ、改築中でな。魔族も人間も魔法は封じている』

「改築中?」

『いろんなところに道があった方がいいと思って。ほら、こんなところにも道があるんだ。すごいだろ?』

『シンジュクはダンジョンにこだわりがあるからな』


「・・・・・・・」

 ダンジョンの精霊ってマイペースだな。

 これ以上道が増えたって、機能的ではないのに。 



「ど・・・どこ? 魔王ヴィル様・・・・・」

 アイリスの声が細々と聞こえた。

 声の聞こえる方に視線を向ける。


「そこにいるのか?」

「魔王ヴィル様!!」

 今手を付いている、壁の向こうからだな。



『ここか、分かれてる道で、もう一つのほうを通ったみたいだな』

『そっちは行きどまりだ。我々もよく間違える』

『ほら、こっちだ』

「そこで待っててくれ」

「はーい」

 シンジュクの後に続いて、細い道のほうに入っていく。


「・・・・・・」

 アイリスが壁に向かって、立ち止まっていた。


「アイリス!」

「あっ、魔王ヴィル様」

 軽い足取りで駆け寄ってきた。


「よかった、壁の飾り見てたらみんな急にいなくなっちゃって。だって、すごい模様なの」

「面倒な奴だな・・・」

「ごめんごめん」


『お、壁の装飾に気づいてくれたか? ここは魔族と人間の戦いで崩れてしまったから、わざわざ修復したのだ』

『なかなか綺麗だろう?』

 シンジュクが自慢げに言う。

 よく見ると、壁に木や花のような模様が彫られている。


「お城の装飾みたいだなって。シンジュク様が、彫ったんですか?」

『私とヨヨギだ。たまにシンオオクボが手伝ってくれてな。ここの木の細かい枝の部分などはシンオオクボがやってくれた』

 小さい手で木の部分を触りながら説明していた。


『シンオオクボは器用なんだ。流行を取り入れるのもうまいだろ』

『最下層に近づくにつれて装飾も手の込んだものになるからな。期待していいぞ』

「本当に暇なんだな・・・・」


『魔族がいたときは、ダンジョンなりに活気もあったんだけどな。人間は住み着くわけじゃないから、途端に暇になる。こうやって、埃も出てくるんだ』

 ヨヨギが装飾の埃を軽く払っていた。


『代わりにダンジョンの精霊同士は仲良くなったけどな。誰も来ないから、数日ダンジョンを空けたってバレない』

『私のダンジョンはシンジュクと繋がっているようなものだけどな。タカダノババ、シンオオクボ、メジロはここから離れたところにある』

 饒舌に話していた。

 考えてみれば、シブヤもテンション高かったな。


「・・・・・・・・」


 茶飲み友達が集まる感覚のようだ。

 魔族と人間が必死に攻防を続けている中、ダンジョンはほのぼのとした時間が流れていた。


 同じ世界に存在するとは思えないな。


「ここは双竜が封印されているんですよね?」

『そうだ。人間がダンジョン最下層で封印の魔法を使ったからな』

『元気にしている。心配するな。お前らが、管理者になったら、封印も解けるからな』


 シンジュクとヨヨギが少し低く飛んで目線を合わせてきた。


『さぁ、行くぞ』

『シブヤの要求を答えたとなると、皆も相当喜ぶだろう』

 ウキウキしながら、さっきとは違う、狭い道を通っていく。

 少しでも目を離せば、こっちまで迷子になりそうだ。


「アイリス、今度はちゃんとついて来いよ」

「大丈夫。私は大人だから」


「大人? そういえば、アイリスって何歳なんだ?」

「えっと・・・少女型は15歳設定」

「少女型? アイリスって変わった言い回しをするよな・・・」

「そうだ。これは、言っちゃだめで・・・とにかく、私は大人なの!」

 アイリスの言っていることはよくわからないときがある。


「はぁ・・・こんなことで言い争ってる場合じゃない。シンジュクとヨヨギが・・・・」


「あれ?」

 前を向き直ると、シンジュクとヨヨギがいなくなっていた。



「!?」

 アイリスと顔を見合わせる。


「ま・・・また、迷子になっちゃった?」

「そうみたいだな。俺まで迷子かよ」

「迷子の魔王・・・」

「笑うなって」

「へへへ」

 アイリスが少し楽しそうにしていた。

 完全にアイリスのペースに巻き込まれてしまったな。


「ねぇ、ちょっとだけ、歩いてみる? そこの道通っていったら、シンジュク様とヨヨギ様もいるかもしれないから」

「いや、ここで待ってたほうが賢明だろ。シンジュクもヨヨギも俺たちがいないのに気づいたら、戻ってくれるだろ」

 ちょっとした段差に腰を下ろした。


「はーい」

 アイリスが隣に座ってくっついてくる。



「何書いてるんだ?」

「魔王ヴィル様は知らない? こうやって、升目に〇と×を書いていって、全部取ったほうが勝ちっていうの」

 落ちている石で、地面に線を引いていた。

 書ける石を探しているのか。


「あぁ、子供のころやったな。隣通しに連続して〇を書いたらいけないとかだろ? 王女様がよく知ってるな」

「私、記憶が鮮明じゃないんだけどね・・・これは単純なゲームだから、一番最初に覚えた」

「アイリス・・・・」

「こうやってっと・・・」

 丁寧に升目を書いていた。


「・・・・」

 まぁ、言いたくないことの一つや二つ、あって当然か。


「シンジュク様とヨヨギ様が来るまで、遊んでましょ。じゃあ、私が〇でここ。はい、魔王ヴィル様も・・・」


 アイリスが真ん中のほうに〇を書いた。

 渡された石で×を書いていく。


 シンジュクとヨヨギが帰ってくるまで付き合うか。

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