11 魔王の奴隷

 帰りはダンジョンの精霊シブヤが一瞬で外に出してくれた。

 異世界から持ち帰ったものが相当気に入ったのか、最後まで機嫌がよかった。


「どう? 見てみて、変わった?」

 ダンジョンから出ると、真っ先にアイリスが聞いてきた。

 両手を広げてくるっと回っている。

 

職業:アリエル王国 王女

   武力:200 

魔力:1,200

聖属性:1,900

防御力:300 装備:人魚の涙のピアス +3,000


「魔力は格段に上がったな。って言っても、低いままだが・・・『ヒール』くらいなら使えるんじゃないのか?」

「本当? やったー」


「・・・・・・・・」

 長い瞬きをして、アイリスのステータスを再確認する。

 変わらない・・・か。


「魔王ヴィル様?」

「それでも弱いままだからな。無謀なことはするなよ」

「はーい」

 満面の笑みで喜んでいた。



 地面を蹴って、体を浮かせる。

「戻るぞ、掴まれ」

「うわっ」

 アイリスを掴んで、飛びあがった。

 勢いよく、ダンジョンから離れていく。


 魔族の物になったからか、ダンジョン付近の芝生が微かに紫色になっている。


「いちいち異世界に行かないと、人間に攻略されたダンジョンを制圧できないのか。道は長いな」

「でも、楽しかった」

「のんきなアイリスが羨ましいよ」


 すっと、上昇していく。


 人間のものになったダンジョンは、一定の強さがないとクエストに挑めないのだという。

 

 本当だったら、数の多い下位魔族に行かせたかったんだけどな。

 上位魔族は減らせない。

 俺が一つ一つ潰していくしかないか。


 どうしてアイリスがクエストに挑めたのかはわからないままだ。

 明らかにステータスは低いのに、なぜ・・・。


「魔王ヴィル様、ダンジョンって楽しいね」

「あれはダンジョンっていうか、異世界クエストな」

「そっか」

 今、考えても仕方ないな。


「異世界ってなんだか懐かしい。魔王ヴィル様、また来ようね。シブヤ様にも会いたいし」

「俺はもう懲り懲りだ。一人で行ってくれ」

「じゃあ、そうしちゃおうかな。その前に、私も飛べるようにならなきゃ」


「浮遊魔法は、属性も関係してるから、難しいかもな。そのうち召喚獣でも探すか」

「うん!」

 アイリスの髪が風に揺れていた。


 魔王の森を突き抜けていく。 





「おかえりなさいませ、魔王ヴィル様!!」

 魔王城に入ると、カマエルとププ、ウルが迎えに来た。

 3人の部下がこちらを見て、頭を下げていた。


 アイリスから離れて、魔王の椅子に座る。

 アイリスがすっと、椅子の後ろに隠れた。


「一つ魔族のダンジョンを取り返した。81か所守りに加えろ」


「驚きました。本当に、ダンジョンを取り返す方法があるとは・・・」

「すごいですね。本当に本当に、魔族のものに」

「この周辺の魔族が喜びます」

 ププウルが興奮気味に話していた。


「さすが魔王ヴィル様でございます。こんなにも早く、取り返せるなんて」

 カマエルが目を細くしていた。


「魔王ヴィル様、攻略されたのはここですよね?」

「あぁ」

 ウルがカマエルとププに地図を見せる。


「追加されたダンジョンにも、早急に魔族を配置したほうがいいですよね?」

「そうだな。誰かいるか?」


「はい。では、私の部下を・・・」

「私の配下の魔族を付けましょう! 魔王ヴィル様自らが取り返してきたダンジョン。決して人間に奪われることなどございません。ご安心を」

 カマエルが胸に手を当てて、ププの言葉を遮った。

 ププウルが頬を膨らませている。


「二度と、ダンジョンを奪われないように細心の注意を張れ」

「かしこまりました」


 カマエルが強く言う。


 異世界クエストなんて面倒なもの少ないに越したことはない。

 異世界の空気は、魔法がないからか、どうも苦手だ。

 できれば、触れたくない世界だった。


「カマエルばかりずるいです」

「ずるいのです」

「私の方が早かったので。こうゆうのは瞬発力も大事ですよ」

 カマエルが勝ち誇ったような顔で話していた。


 

「俺が空けていた間、何かあったか?」

「特にございません。イベルゼの時のように、人間が100人ほどダンジョンを囲んだことがありましたが、サリーとゴリアテで潰しています」

 ププがいきいきと、こちらを見上げた。


「サリーは魔王ヴィル様に見てもらいたいようでしたが、いつも通り人間を蹴散らしただけですので、省略させていただきます」

「そうか・・・じゃあ、サリーに礼を言っておいてくれ」

「承知しました」

 上位魔族が行けば、ダンジョン付近での出来事は大体解決するようだ。


 魔族に足りなかったのは、必ず勝つという自信なのかもな。


「今いる上位魔族は3人、他の者たちはダンジョンを守ってるのか。他に俺が会っていない上位魔族はいるのか?」

「ジャヒーとリカですね。申し訳ございません、遠く南西のほうに行かせておりまして、明日にならなければ戻らないと思うのですが」


「問題ない。会って能力を確認しておきたいだけだからな」

「シャヒーはサリー並みに強いです。魔王ヴィル様のご期待に沿えるかと思います」

 ププが翼を畳んで、地図を閉じる。



「俺は、明日もダンジョンを取り返しに行く」

「魔王ヴィル様自らが?」


「あぁ、一度人間が攻略したダンジョンはある程度の強さが無ければ、クエストに挑めないようになっているらしい。上位魔族には、今あるダンジョンを守ってほしいから、行かせるわけにはいかない」

 

「なるほど・・・それは一つずつ潰していく方法しかないということですね」

「仕方ない。一気にできる方法があればいいんだけどな、ダンジョンの精霊の話を聞いた限りでは難しそうだ。もう少し調べてみようと思う」

 額に手を当てる。


「あの・・・できれば私たちもお供して、お役に立ちたいのですが。少しだけなら空けられます」

「はい、私たち攻撃魔法も得意でございますので。是非魔王ヴィル様に見ていただきたく」

 ププとウルが競うように言ってきた。


「状況が落ち着いたら考える。オブシディアンを使った仕組みはかなり有効だ。上位魔族は全員、今あるダンジョンを守ることに専念してもらいたい。頼りにしている」


「は、はい!!!」

「かしこまりました! 必ず、守ってみせます」

 2人がにやける顔を押さえて頷いていた。




「俺は部屋に戻る。何かあったら呼んでくれ」

「あの・・・魔王ヴィル様、その人間は? 次のダンジョンにも連れて行くのですか?」

 ププがキッとアイリスのほうを睨みつけていた。


「まぁ、そうだな。こいつを連れて行くと、ダンジョンの精霊との会話がスムーズだ。人間と鉢合わせになれば、人質にもなる。うまく利用させてもらうつもりだ」

「はいっ・・・・」

 アイリスが緊張して固まっていた。


「じゃあ・・・」

「それだけではなく・・・・また四六時中、同室にいるのでしょうか? 人間なんかと・・・まさか、人間に情などが移ったなどということはございませんか?」


「サリーも言っていました。男と女が同じ部屋など、魔王ヴィル様に悪い虫がつく原因になるのではないかと」

「そうなれば、魔族としては、早めに手を打っておかなければと・・・」

 ププとウルが顔を赤くして、怒りを抑えているように見えた。


 本当、その通りなんだけどな。



「私は魔王ヴィル様の人質です。昨日の夜、私、襲われそうになりました」

アイリスが割って入ってくる。


「襲うって、アイリス何言って・・・」

 椅子からずり落ちそうになる。

 意味がわかって使ってるのか?


「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

 軽く咳ばらいをした。

 魔族のほうを見ると、なぜか落ち着いたような表情になっていた。


「・・・なるほど、魔王ヴィル様はそいつを殺そうとして思いとどまったのですね」

「急に襲いたくなる気持ち、わかります。私は怒りに任せて、殺すまではいかなくても戦闘不能状態にまでしてしまうのですが」

 ププとウルが納得していた。


「くくく、人間の行動は確かに苛立つもの。でも、彼女は人質。魔族の支配のために怒りを鎮めてくださった、ということですね」

「さすがです、魔王ヴィル様」

「私たちは感情的になりがちなので、魔王ヴィル様を尊敬します」


「・・・・・・・・」

 軽く息をつく。


「そうゆうことだ。こいつは、俺の奴隷だ。くれぐれもお前らは手を出すなよ」

「かしこまりました」

 きょとんとしたアイリスを見ながら言う。


「好きにさせてもらう。いいな」


「もちろんでございます。魔王ヴィル様の物に手出しするなどということはございません」

「はい。生かすも殺すも魔王ヴィル様ということ」

「私たちはきちんと心得ておりますから」


 魔族たちが何か疑いを持っていないかと確認して、席を離れた。




「あ、魔王ヴィル様・・・」

「・・・・・・・」

 アイリスがぱたぱたついてきた。

 蜘蛛の巣の張り付いた窓から、カラスが飛び立っていくのが見えた。


 ドアが閉まった瞬間、アイリスのほうを向く。

 

 ドン


 壁を押さえる。


「勘違いするなよ。別にお前を襲ったことなんてないからな」

「うん。でもそう言ったほうが、上位魔族が納得すると思った。円満に導くには、嘘が必要。そうゆうロジカルな考えも大事」

「・・・?」

 たまによくわからないことを言う。


「ねぇ、魔王ヴィル様の・・・奴隷? 奴隷って何するの?」

「別に何もしない。ただ、あの場をおさめるために言っただけだ」

「んー・・・・そっか・・・」

 もう、アイリスを上位魔族の前に出すのも面倒だな。

 何を言い出すかわからない。


「魔王ヴィル様がついた嘘は、本当にしなきゃいけない嘘だった。ということは、私は魔王ヴィル様の奴隷になる」

「まぁな。でも、拷問とかはしないから安心しろ」

「うん」


 アイリスがふふっとほほ笑む。

「どうした?」

「何でもない。なんか・・・いろんなことが楽しいなって。初めてのことがたくさんだから・・・」

「ん?」

 真っ先に、窓のほうに走っていった。


「い、いい天気ね。あ、雨雲が見える。雨が来るから体がベタベタ」

「・・・・・・・・・・」

 背伸びをしながら、窓の外を眺めていた。

 アイリスも、一応、上位魔族の前では緊張していたのだろうか。

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