10 魔王と王女

 ダンジョンの精霊の指示通り、祭壇に”ポケットティッシュ”を置く。

 一瞬、紫色の光が広がって消えていった。

 ダンジョンに魔力がみなぎっていく。


『ここは、魔族のダンジョンとなった』

 ダンジョンの精霊シブヤが嬉しそうに言う。


「はぁ、いちいち異世界に行ってくるのは面倒だな。何かいい方法でも・・・ってアイリス、どこに・・・」

「魔王ヴィル様、魔王ヴィル様、見て」

 アイリスが、はしゃぎながら壁の凹みを見つけて触っていた。

 床に紙袋を置く。


「また変なところを、用は済んだんだ。早く帰るぞ」

「ここ開くみたいなの。っと・・・・」

 壁を横に開けると、水色の明かりが灯った。

 蛇口のような場所から絶えず水が注がれる、泉のような場所があった。


『そこは”生命の泉”だ』

「”生命の泉”?」

『回復の泉だ。ここは元々住んでいた魔族が弱くてな。回復は必須だったのだ。もう、だいぶ昔の話だけどな』


 精霊シブヤが天井でにこにこしていた。

 会話するたびに、首が疲れるな。


「わぁ、綺麗な水、ちょっと温いのね」

「さ、もういいだろ。帰るぞ」

「待って」

 アイリスの手を引いて帰ろうとすると、アイリスがぐっと止めてきた。


「私、水浴びしていっていい?」

「は?」

「異世界の変な匂いついちゃったから。洗い落とさなきゃ」

「んなもん、魔王城で・・・」


『いいだろう。力が満ちるぞ、入っていけ』

「ありがとうございます。シブヤ様」

「・・・・・・・・・」

 なんか、勝手に決まってしまった。


「・・・わかったよ、そこで待ってる。早くしろ」

「ありがとう」


『二人で入ればいい』

「入れるわけないだろ」

 ダンジョンの精霊のいる部屋に一人戻ってきて、壁に寄りかかった。





「わぁ、気持ちいいー」

「あぁ、よかったな」

 ちゃぽんと水の音がする。


『天真爛漫な少女だな』

「まぁな、世間知らずすぎてこっちが疲れる」

『いいじゃないか。珍しい少女だ。何か他とは時間の流れが・・・いや、何でもない』

「?」

 シブヤがほっこりしながら言う。


「それよりも、ダンジョンを取り返す場合って全部あの異世界から宝を取ってくるのか?」

『まぁ、我もすべてのダンジョンを把握しているわけじゃないが。あの異世界から取ってくるのがほとんどだ。皆、異世界には憧れを持っているからな』


「異世界って一体何だったんだ?」

『さぁ。わからないから魅力がある』

「・・・・・・」


 ダンジョンから繋がる、異世界が本当に存在していたとはな。


 城よりも高い建物が多く立ち並び、人の多い場所だった。

 魔法もないのにどうやって技術を習得したんだろう。

 魔王の目で見るステータスもこっちの世界とは別物だったな。


 そもそもどうして、ダンジョンがあんな場所に・・・。


『ん? 考え事か?』

 シブヤに話しかけられる。

 まぁ、これ以上ダンジョンの精霊に聞いたって、何も情報は出てこないだろうな。


「色々とな。とりあえず、ここがダンジョンが魔族の物になったってことは魔族を配置してもいいんだろ?」

『もちろんだ。是非、来てくれ』


「了解」

『応援してるぞ。それよりも、その、紙袋の中を見せてくれないか?』

「これ? マグカップとペンとか言ってたな。マグカップはわかるが、ペンはこっちのものと違うみたいだな。いるか?」


『い・・・いいのか?』

「いいよ。これに魔力は流せないから、ただのごみになるだけだし。これ全部、祭壇に載せておけばいい?」

『おぉ、なんという・・・』

 祭壇に二つとも載せると、シブヤが嬉しそうにした。


『どう、お礼をしたら・・・』

「いや、このダンジョンが魔族のモノになっただけで十分だよ」

『そうだ、今日はここへ泊っていけ』

「えっ? いや・・・」

 床が傾いて、落ちそうになった。


「え、シブヤ?」

『ベッドは”生命の泉”の、もう一つ先の部屋にある。一晩寝れば、体力魔力もアップする、このダンジョン最大の隠し部屋だ』

「いやいや、いいって。俺たち魔王城に帰らなきゃいけないから」


『遠慮するな。是非とも、お礼をさせてくれ』

 魔王である以上、全然、必要ないし、早く帰りたい。

 シブヤのテンションが上がっているからか、どんどん床が傾いていく。


「っと」

 踏ん張っていた手を放してしまい、床を転がっていった。 

 アイリスの水浴びしていた部屋に入れられてしまった。


『ゆっくりしていくといい』

「はぁ・・・・・」

 ガラガラと扉が閉まっていく。



「ま・・・魔王ヴィル様?」

「アイリス!?」

 水浴びしていたアイリスと目が合う。


「い・・・いや、違う、そうゆうつもりはなくて」

 すぐに顔を背けた。

 というか、なんで俺が・・・。


「うん、わかってる。ごめん、勝手に水浴びしちゃって。でもなんだかこうゆうの初めてで、楽しくなっちゃって」

 水の流れる音がした。


「さっきの、シブヤの話聞いてたか?」

「うん・・・ここに泊っていくって話よね?」

「まぁ、そうしなきゃいけないみたいだ。俺は先に寝てる」

 後ろを向かないようにしながら、シブヤの言っていたドアを探していた。

 岩の飛び出ている部分を押すと、すぐに扉が開いた。


 白いベッドが一つあった。

 ベッドというより、ふかふかの獣の上のような台だな。


 これは、さすがに床で寝るしかないか。


 かろうじて、ベッドの下は柔らかい。

 ここで寝るか。




「ヴィル様・・・」

「ん? どうした?」

「たった今、重大なことに気づいたの!」

「え?」


「体を拭く布を、持っていないの。人間は色々必要なことが多すぎる」

「お前も人間だろ。つか、何言ってるんだ」

 時々、アイリスはよくわからないことを言う。


「そのまま、服を着るしかないだろ」

「うーん・・・それしかないね。気持ち悪いけど、仕方ないか」

「これだから王女様は・・・」

「私、こうゆうの気にしないよ。でも、気にするのが人間」

「はいはい」

 アイリスの話を聞き流していた。

 確かにこのふわふわな部分の上に横になっていると、疲れがとれるな。


 魔王業も楽じゃない。

 ダンジョンからは変なところへ飛ばされるし、アイリスは自由すぎるし。


 こうやって、何もかも忘れて一晩寝るのもいいかもな。

  

「魔王ヴィル様、どうして床で?」

「そこのベッド一人用だろ。さすがにお前を床で寝かせるわけにはいかないだろって・・・・え?」

「!?」

「ん? どうかした?」

 ワンピースに下着が張り付いて見えていた。


 濡れたまま着たからか。

 でも、なぜか魔族みたいなエロさがない。


「何でもない。それよりも、”生命の泉”どうだったか?」

「とってもよかった。疲れが一気にとれたの。魔王ヴィル様も入ったら?」


「俺はいいよ」

 目を閉じて横になる。

 ダンジョンに異世界・・・知らないことばかりだったな。


「今日は楽しかったね」

 アイリスがベッドの上にぽんと乗る音がした。


「大分疲れたけどな。とりあえず、目的は達成できてよかったよ」

「新しいクエストも面白いし、ね、魔王ヴィル様」

「・・・・・・」

 ものすごいテンションが高い。


「ねぇ、魔王ヴィル様」

 目を閉じていると腕を引っ張られた。 


「ベッドふかふかで面白いよ。ほら・・・・」

「はぁ・・・・」

 頭を掻いて、アイリスに付き合う。

 お尻が獣の上に乗ったようにうねった。


「わっ・・なんだこれは」

「ふふ・・面白いね。ここで一晩寝れば、体力も魔力もアップするんでしょう?」


「言ってたな。アイリスの魔力がアップしてもらえればいいよ。俺は必要ないから」

「へへ、明日が楽しみ。あっ」

 伸びをしたときに、アイリスが自分の服を見てはっとしていた。


「・・・魔王ヴィル様、見てた?」

「見てないって・・・」

「なるほど。これがそうゆうこと。噂に聞くイベント・・・」

「どこの地域の噂だよ」

 アイリスが1人でぶつぶつ言う。


「魔王ヴィル様、明日になったら、もっと胸が大きくなってるかもしれない」

「そうゆうオプションはないから安心しろ」

「女魔族くらい、セクシーになってたりして」

「そうゆうのもない。安心して眠れ」


 ふぁーっと欠伸をする。

 ダンジョンに住むのもいいかもな。

 魔王城は居心地いいが、こうゆうこじんまりしたくつろげる場所も悪くない。


「ねぇ、魔王ヴィル様」

「なんだよ、いい加減もう寝るぞ」

「・・・・・・」

 アイリスが一呼吸おいて、真剣な表情をしていた。


「もしかして・・・・魔王ヴィル様が私と距離を取ろうとするのは、私に危険な何かがあるって思ってるのかな? なんて・・・」

「ん?」

「私・・・ほら、少し馴染めてないことが多いから。魔王ヴィル様に王国のこととか、ちゃんと話してないこともあるし、本当はね、自分自身のことも思い出せ・・・・」


 ドン


「あっ」

 マントを後ろにやって、アイリスを押し倒した。


「っ・・・」

「お前に危険な何かってなんのことだ? 普通に弱いだろうが」

 両腕をベッドに押さえつける。


「え・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

 アイリスがぼうっとこちらを見上げていた。


「あっ・・・」

 急にベッドがうねってバランスを崩しそうになった。


 生きてんのか? このベッド。


「ま・・・魔王ヴィル様・・・・・・あの・・・」

「・・・・・・・・・・・」

 マントを羽織りなおして体を起こす。


「冗談だよ。お前がレベルアップしたほうが都合がいい。せいぜい『ヒール』くらいは使えるようになってもらえないと困るからな」

「う・・うん。そ・・・そう。どうしたんだろ? 私」


「早く寝ろ」

「うん。おやすみなさい」

 床に寝転がって、背中を向けた。


 しばらくすると、静かな寝息が聞こえてきた。

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