9 シブヤクエスト

「人が多すぎる。お祭りでもあるのかな?」

 アイリスが周りを見てきょとんとしていた。 


 ここでは魔法が封じられているようだな。

 魔力が練れない。


「ねぇ、魔王ヴィル様、ここって・・・」

「異世界だな。俺たちのいた世界ではない」

「異世界・・・あれ、なんだろう。この感覚は・・・」

 アイリスがぼうっとしている。


 ダンジョンは異世界と繋がっていると聞いたことがあった。

 ただの作り話だと思っていたが、本当だったのか。


「渋谷ってあまり来たことないんですか?」

「え?」

「へへ、わかってますよ。同じ方向に行くんですよね? 一緒に行きましょ。この格好で一人で歩くのはなかなか勇気が必要で」

 ピンクの服を着た少女が苦笑いする。


「その恰好、何のゲームですか? 私、あまりゲームは詳しくなくて・・・」

「ゲーム?」

「クエストのことか?」


「え、えっと、すみません。あまりわからなくて、私、今回招待できたんですよ。これでも、少し有名なインフルエンサーで・・・二人とも、同じ招待枠ですよね?」

「招待っていうのかな?」

「え? 違うんですか? こんなに美男美女なのに・・・」

 アイリスと少女が打ち解けていた。


 俺はこうゆう会話は苦手だな。


「あ、そこ曲がっていきます」

 少女が指をさす。

 高い建物に映る絵が、数秒ごとに変わっていくのが見えた。


「魔王ヴィル様?」

「あ、あぁ」

 アイリスが心配そうにこちらを見てきた。

 魔力なしで歩くのはきついな。体が重い。


「魔王ヴィル・・・って設定なんですね。私は『ライダーゲーム』のリノの役なんですよ。正義を貫く巫女の役です」

 弓矢のようなキラキラした模型を背中につけていた。


 全く、殺傷能力はないように見える。

 この世界では、戦闘がないのか?


「・・・・・・アイリス、ここでは魔王ってつけるな。ヴィルって呼べ」

「うん、わかった」

 小声で話す。


「あっ、赤信号で渡っちゃ危ないですよ」

「信号?」


 ブオンッ


 赤い鉄の塊が通過していく。

「アイリス、質問してたらキリがない。この世界に順応するぞ」

「うん。情報はいったん、遮断」

「・・・・・・・」

 目の前を鉄の塊が何台も走っていった。


 ドラゴンの鱗のような強度を持っているようだ。


 ほぼ魔法なしで、クエストをこなさなければいけない。

 ”ポケットティッシュ”というものが何なのかもわからないしな・・・。


 ダンジョンを取り返すならば、それ相応の覚悟が必要か。


「ヴィル、見て、鉄の塊に人が乗ってる。どんな魔法なんだろう?」

「あれは、魔法じゃない・・・命を感じないから召喚獣でもないな」

「え、じゃあ、どうやって動いてるの?」

「さぁな」

「・・・・命がないと、動かない・・・わけじゃない?」

 アイリスが首をかしげていた。


 女の子に聞こえないように話していた。

 今のうちに彼女のステータスを見てみるか。


カナ

職業:大学二年生(日本文学科)

   文系戦闘力:4,200 

理系戦闘力:500

闇属性:1,900

   弱点:2日連続バイト明けのデバフにより全てのステータス-3,000


「今、魔王の目を使ったの?」

「あぁ、何もわからないな・・・一応ステータスは見えるけど・・・・」

 書いてあることが、全然わからない。

 魔王の目は頼りにならなそうだ。

  

「知ってますか? 今、異世界転移について研究している人たちがいるんです。アバターを使って、異世界に転移してそこで暮らすっていう」

「ん?」

「まぁ、都市伝説みたいなものですけどね。あ、青になりました。早く行きましょう」

 カナがこちらを見て笑いかけてきた。


 異世界転移? アバター? 


「ヴィル、早く渡らなきゃ」

「あ、あぁ・・・・」

 少し立ち止まると、カナを見失いそうになった。


「あの、私たちここに来たばかりでよくわからないんだけど・・・」

「そうなんですね。私も渋谷は歩きなれてなくて、すぐ迷っちゃいますよ」

「”ポケットティッシュ”って知ってる?」

 カナがきょとんとする。


「ティッシュですか? すみません、今持ってないんですけど」

「そっか・・・」


「でも、今から行く会場行けば配ってると思いますよ」

「えっ? そうなの?」

「どこで?」

 思わず、早歩きになって、カナの横に並ぶ。


「え・・・えっと、ほら、今回、各社新作ゲームの紹介がメインですし。そうゆうところっていつも配ってるじゃないですか。ありますよ」

「そうなのか・・・」

「・・・・・・・」

 アイリスと顔を合わせる。


 ”ポケットティッシュ”は配られるものなのか。





「こ・・・ここが、ゲーム会場・・・・・」

 魔族、剣士のような服装の人間がいる。

 ほとんどが、見たこともないような服装をしていた。


 壁際にはカマエルの遠隔投影同期(ミラーリング)のような画面が映っている。

 魔法でもないのに・・・これがこの世界の技術か。


「じゃあ、私、友達と待ち合わせしてるので、失礼します」

「あ、ありがとう」

「後でまた会ったらSNSに上げる写真撮りましょうね」

「?」

 カナが軽く頭を下げて、数人の女子の中に入っていった。

 同じように戦闘能力のなさそうな武器の模型を持っている。



「ねぇ、ヴィル」

「ん?」

「あっちのほうに、魔族みたいな翼のある人がいる」


 人の集まっている真ん中に、小さめの翼を広げた女の人が立っていた。

 どう見ても作りものだな。


「いや、あれは魔族じゃない・・・」

「うん・・・なんか情報が混乱しちゃって。楽しいんだけど、なんか・・・処理能力が・・・」

「落ち着けって。あまり周りを見渡すな」

「うん」

 アイリスが人混みに酔ったのか、目を回していた。


「早く”ポケットティッシュ”を見つけて、このクエストを終わらせるぞ」


 


「あ、君たち、もしかして新作ゲーム紹介を紹介してくれる子たち?」

 若い男性に話しかけられた。


 大きなガラスのようなものの前に立っていて、杖のようなものを持っている。

 カマエルの、遠隔投影同期(ミラーリング)の魔法に似ているな。 


「え? 俺たち?」

「そうそう、よかったら、このゲームやっていかない? 最新VRで、まるでゲームの中にいるような世界観を体験できるんだ。異世界転移も夢じゃないってのがコンセプトで・・・」


ジュン

職業:大学四年生(情報科学科)

   文系戦闘力:1,200 

理系戦闘力:12,500 装備品:アイパッド

闇属性:500

   弱点:陽キャ


 弱点:陽キャって・・・。

 この世界はわからないことが多い。 


「大学生なのか?」

「あ、よくわかりましたね。大学生の感じ出ちゃったかな?」

 通じた。

 頭を掻いて笑っていた。


「俺、ゲーム好きでさ。本当はこうゆうゲーム作るところに就職したいと思ってるんだよ。ゆくゆくは自分でゲーム会社を立ち上げてって夢も持ってるけど・・・」

「就職か」

「そうそう、俺、今就職活動中で、まだ決まってなくてって、君くらいの年齢じゃまだわからないか。あーあ、できれば異世界で就職したいな。無理だけど」

 アイリスがふらふらしながらこちらに来た。


「すごい、頭がガンガンする・・・」

「回復魔法が使えない。自分で対処してくれ」

「・・・うん。遮断しなきゃ」

 なるべく早く、このクエストを終わらせなきゃな。


「俺たち、異世界から来たんだ。探してるものがある。ポケットティ・・・」

「はははは、いいね。俺、そうゆうの好きなんだ。今どきの子ってこうゆうところで照れて、自分の役になりきらないんだよね」

「・・・・・・」

 何を言っても、信じないか。

 カナの話では、ここにいれば手に入るみたいだったけどな。




「ほら・・・あのすみません、この子たちに先にゲームやらせてもらっていいですか? SNSで有名な子だと思います。さっき、インフルエンサーのカナノちゃんと話してたんです。たぶん、招待枠で・・・」

 ジュンが後ろのメガネをかけた人たちに話しかけていた。


 スペースを空けられて、ガラスのようなものの前に立たされる。

 アークエル地方のような場所が映し出されていた。


「はい、これ」

 ジュンが杖のようなものを渡してきた。


「杖?」

「今から体感するゲームは、この杖から始まるんだ」

「ん?」


「設定はダンジョンで、このモニターにモンスターが出てくる。そうしたら杖を傾けたり振ったりすると魔法が発動するから、うまく倒してね」

「なるほど・・・」

「特にボタンとかはいらないよ。自分が異世界にいると思って、動かしてみてね。こうゆう感じ」

 ジュンが何度かモニターに映ったコウモリを倒していた。


「面白いだろ。本当に異世界に居る感覚を味わえるんだ」

「ふうん・・・・」

「このエリアは痛覚以外は体感できる。あとは・・・」

 なんとなく感覚はつかめたな。

 人間が魔族を倒す疑似体験みたいなものだ。

 ただ、大勢の人に囲まれてするようなことではないけどな。


「ヴィル、頑張って・・・・ま、あ、ヴィル」

 アイリスが限界に近い。

 急がないとな。あまりここで時間を食っていられない。


「はい、では、ゲームスタート」

 一瞬、草木のような匂いがした。


 ドドーン



 一振りする。

 モニターに映ったモンスターの大群が軒並み倒れていった。


「お?」

「バグか?」

 周囲がざわついていた。


「あれ、すみません・・・もう一度」

 ジュンの後ろにいた人が、何かを操作すると画面が切り替わった。


「ごめんね、なんかちょっと不具合があったみたい。もう一度いいかな?」

「あぁ」

 杖を持って、もう一度振る。


 ドドーン


 ガラス越しの、大きなモンスターが一瞬にして卒倒していた。


「バグじゃないのか? そう簡単に倒れないようになっていただろう」

「開発部門はちゃんとテストしたのか?」

「何度もやりましたよ。ほら、さっきまで大丈夫だったのに」

 かなり、揉めているようだ。


「『オーバーザワールド』のプレイをお待ちのお客様、申し訳ございません。ただいまより、メンテ入ります」


 メガネをかけた人たちが周囲に向かって話しかける。


「マジか・・・・・いや、俺は見たぞ!」

「ん?」

 いつの間にか、人だかりができていた。


「彼がひとりで、モンスターを一掃したんだ」

「すげー」

「難易度が高いと言われていたゲームなのに」

「初見で? 嘘だろ。こんなところでバグか?」

 声が聞こえてきていた。



「悪いね。せっかく、体験してくれたのに」

「いや・・・・」

 ジュンが頭を掻きながら近づいてくる。

 ジュンの操作の角度をほんの少し変えて、早さに変化を付けただけなんだけどな。


「さすがだね、ヴィル」

「何がさすがなんだか、わからないけどな。つか、アイリスは大丈夫なのか?」

「えっと、情報を遮断するコツを掴んだきたから大丈夫」

 アイリスがこめかみを触りながらほほ笑んでいた。


「これ遊んでくれたから、ちょっとばかりの粗品なんだけど・・・・」

 ジュンが紙袋を渡してきた。

 見慣れない物が入っている。


「何? これは・・・・」

「『オーバーザワールド』のマグカップと”ポケットティッシュ”とペン。このゲームがリリースされる頃には、きっとプレミアがつくようになってるよ」


「”ポケットティッシュ”!?」

 アイリスと目を合わせる。


「おわっ・・・・・・」

 突然、ふわっと地面が無くなる感覚になった。






「・・・・っと」

 マントが浮き上がって地面に付いた。


 ダンジョンの精霊シブヤのいる場所へと戻ってきていた。


『おぉ、よく帰ってきたな!』

「これか・・・”ポケットティッシュ”・・・」


 紙袋の中から”ポケットティッシュ”を取り出す。


『いかにも、それが我が欲する宝、”ポケットティッシュだ”』

 天井に浮き出ている、精霊シブヤの顔がにんまりしていた。


『よくやったな。魔王ヴィルよ。このダンジョンは魔族の物として認めよう』

「よかったね。魔王ヴィル様」

 アイリスの顔色が元に戻っていた。


「あー・・・・・・疲れたな・・・・」

 なんだったんだ? あの世界は・・・。

 クエストは成功したが、異世界には二度と行きたくない。


『”ポケットティッシュ”、よきものを・・・嬉しいぞ』

 精霊シブヤが機嫌よく笑っていた。

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