8 ダンジョンから異世界へ
暇だ。
1週間、今魔族が管理しているダンジョンの様子見るとは言ったものの、暇すぎる。
カマエルとププウルたちに様子は随時聞いているが、5日間何も起こらない。
起こったとしても、上位魔族たち(ほぼサリー)が全て解決してしまう。
このまま本ばかり読んでいたら、魔力が腐りそうだ。
人間が攻略したダンジョンを取り返しに行くか。
俺もダンジョンというものはよくわかっていなかった。
人間だったころ、ダンジョンのクエストに行けるのはA級以上だった。
俺のようにC級以下の者は、近づくことすら許されなかったしな。
「魔王ヴィル様、どこへ?」
「ちょっと、外に出てくる」
「どこに行くの?」
「ダンジョンだよ。魔族が人間に奪われたっていう」
「えっ」
アイリスがソファーから飛び起きて、小走りで寄ってくる。
「私も行きたい。連れて行ってほしい!」
目をキラキラさせる。
「ここで待ってろって。魔法も使えないし、人質なんだから」
「だって、魔王ヴィル様は想像以上に暇になったから出ようとしてるんでしょ?」
「っ・・・・・」
「行動から想定。図星でしょ?」
アイリスがにこっとする。
部屋の中でずーっと、似たような本ばかり読んでいたからか。
「ここにいても、暇で暇でしょうがないの。だって、ずーっと寝てるだけ」
「贅沢な奴だな」
「私、冒険がしてみたかった。冒険はいろんなことを吸収できるから」
「どうして、魔王と一緒にいて冒険ができると思うんだよ」
アイリスの部屋も用意してもらったけど、結局、何らかの理由を付けて俺の部屋に朝から晩まで入り浸っていた。
すっかり、懐かれてしまったな。
「絶対に邪魔するなよ」
「わかってるよ」
部屋のドアを開けると、廊下のランタンの火が揺れていた。
「魔王ヴィル様、どちらへ?」
カマエルに話しかけられる。
下位魔族が俺を見ると、はっとして頭を下げた。
「先に人間のダンジョンを一つ奪い返しに行こうと思ってな」
「なんと、では、私も是非・・・」
「いや、俺一人でいい」
カマエルが行きたそうにしたので止めた。
「お前ら上位魔族は、引き続き今あるダンジョン周辺での人間の排除を頼む」
「でも・・・・」
「信頼しているから任せるんだ。頼むな」
「はっ、かしこまりました。それと・・・」
メガネを上げながら、ちらっとアイリスのほうへ目をやる。
「魔王ヴィル様、その者はなぜ? 足手まといでは? もしよろしければ、私の考案した独房が・・・」
「こいつを人質に人間のダンジョンを奪い返しに行くのだ。王女を連れていれば、ダンジョンの精霊も、魔族を邪険にはできないだろう」
「・・・そうですね。魔王ヴィル様がそこまでお考えになられていたとは・・・。大変、失礼いたしました、誠にその通りでございますね」
牙を見せて笑う。
アイリスがすっとマントの後ろに隠れた。
取り繕った感じは・・・気づかれなかったようだ・・・。
魔族が単純で助かった。
「では、すぐに戻る。魔王城を空ける間、頼んだぞ」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ、魔王ヴィル様」
地面を蹴って軽く浮く。
アイリスを抱えて、魔王城の扉から出て行った。
「魔王ヴィル様って、ちゃんと悪い魔王の顔もできる。初めて知った」
アイリスが楽しそうに言う。
「本当に邪魔するなよ」
「もちろん。でも、一度人間の物になったダンジョンをどうやって取り返すの? 私、ダンジョンのこと、あまり情報がないけど」
「さぁ、行ってみて考える」
「なるほど。トライアンドエラーって重要だもんね」
「何の話だ?」
雲を抜けると、ひんやりとした空気が頬に当たった。
「結構重いな。お前」
「そんなことないよ。体重は・・・・言わないよ」
「聞いてないって。とりあえず、暴れるなよ」
「うん! 高いところは慣れてきたから」
話しながら、魔王城から一番近いダンジョンを探していた。
ププから見せてもらった地図には、この木々のあたりに地下への入り口があったはずだ。
「あ、あれじゃない? きっと、ダンジョンだよ」
「ん?」
「ほら、そこ、そこの木が無くなって芝生になっているところ」
アイリスが指さす方向へ降りていく。
芝生はよく見ると出っ張っていて、少し他よりも緑が濃くなっていた。
「よく見つけたな・・・ドラゴンでもわからないだろ」
「私、視力がいいから。ねぇ、ほら、扉みたいになってるよ。引っ張ると開くと思う?」
アイリスが目を輝かせながら凹みを触っていた。
足で土ぼこりを払う。
「こんな感じで・・・・」
ゴウン ドドドド
「っと・・・」
取っ手のようなものを引っ張ると、地下への扉が開いた。
「ダンジョンの入り口って、思ったより簡単に開くんだな。いいのかよ」
「もう人間のものになったダンジョンだから? とか」
このダンジョンのクエストの階級くらいは覚えておけばよかったな。
SS級ではないだろうが・・・。
「って、おい・・・」
「早く早く、行こうよ」
アイリスが躊躇なく階段を下りていく。
「お前は戦闘能力がないんだから、もっと慎重になってくれって」
好奇心旺盛な王女様だ。
「だって、ダンジョン入っても魔族はいないんでしょ?」
「魔族はいないが、トラップはあるからな」
「あ、そっか」
アイリスの腕を掴んで後ろにやる。
「とにかくだ、アイリスは後ろから付いてこい」
「はーい。魔王ヴィル様」
― 闇を照らす炎(フレイム)-
床を照らしながら地下への階段を下りていく。
途中にある部屋のような場所には、人間との戦闘の跡なのか、傷がたくさんあった。
岩場の崩れた場所は、アイリスを引き上げて進んでいく。
静かだった。
ただ、石像がずれていたり、隠し扉が開いていたり、攻略の形跡が残っているだけだ。
「このままずっと何もない場所が続いてたりして」
「最深部に何があるのか気になってくるな」
ダンジョンにはダンジョンの精霊がいるという。
俺はもちろん、会ったことが無いけどな。
「あ、そこも部屋があるね、魔族がいたのかな?」
楽しそうにはしゃぎながら言う。
地下38階まで来たところで、急に部屋が明るくなった。
『誰だ? こんなところまで来た魔族は。上位魔族以上でなければ入ることすら許されないはずだが?』
突然、どこからともなく声が聞こえた。
ばっと、周りを見渡す。
「魔王ヴィル様、上、上」
アイリスが天井を指した。
「わっ・・・・」
天井に大きな精霊の顔が映っていた。
模様だと思ったが、少し浮き出ている。
「あ、貴方様がこのダンジョンの精霊ですか?」
アイリスが話しかける。
『いかにも。このダンジョンの精霊、シブヤだ』
「俺は魔族の王ヴィルだ。このダンジョンはもともと魔族のものだ。取り返したいんだが・・・・」
『なるほど、魔族の王か。だが、人間によりダンジョンは攻略された。このダンジョンは人間のものだ』
シブヤが細い目を瞬きさせながら言う。
「何とかならないのでしょうか? どうしても魔族のダンジョンを取り返したいのです」
『・・・・・・・』
アイリスのほうを見ると、ちょっと照れていた。
『・・・・まぁ、ないこともない』
「ど、どうすればいい?」
『新しい、宝を取ってくることだ』
「どんな宝だ? なんでも取ってきてやる」
魔族の王の魔力を授かった今の俺に、不可能なことはない。
アークエル地方にあるどんな宝でも奪える気がした。
詮索も簡単だ。物理的な人が足りなければ、上位魔族もいる。
魔力は漲っていた。時間もかからないだろう。
『この世界にはない。異世界への扉を開けよう。そこから宝を持ってこれれば、このダンジョンは魔族の物として認めよう』
「異世界?」
壁だと思っていた場所がガクンと落ちて、真っ暗な場所が見えた。
『我の求める宝は、”ポケットティッシュ”だ。頼んだぞ』
「は?」
「きゃっ」
「アイリス!」
アイリスがバランスを崩した。
間一髪のところで、手を掴む。
床が急に傾いて、転げ落ちていくようにして、壁の向こうに吸い込まれていった。
シュンッ
「ま、魔王ヴィル様・・・・」
「ん? あぁ・・・」
固い地面? 目を開けると、ものすごい人混みの中にいた。
王国? 城下町? いや違う。
天に届きそうなくらいの大きな建物・・・。
見たこともない場所だ。
「なんのクエストが始まったんだ?」
「わからない・・・ここは・・・?」
見たことのない服を着た人たちが歩いている。
装備品はないようだ。どこの国の城下町だ?
「なんだろう、ここは・・・見たことがある・・・?」
「ん?」
「気のせいかな・・・」
アイリスが呟く。
すれ違う男性は、ギルドのバーの店員? のような格好をしていた。
「どうしたましたか? 大丈夫ですか?」
見たことのない服装の女の子に話しかけられた。
「コスプレ会場は、ここではないですよ。あっちのビルになります。私もこれから行くんですけどね」
コスプレ? 何を言ってるんだ?
「・・・・ここはどこですか?」
「あれ? 地方からですか? 実は私もなんです。ここは渋谷駅のハチ公前で、会場があるのはそこの道玄坂を上がったところになるんです」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
アイリスと目が合った。
シブヤエキ? ドウゲンザカ?
見知らぬ名前、聞いたこともない音、鉄の塊の乗り物・・・。
ここは一体どこなんだ?
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