Ep 0 Iris③

 シャットダウン


 再起動 修復 修復


 シャットダウン


 再起動 修復 修復 


『あ・・・・・』

「はぁ・・・やっと目を覚ましたか」

 一人の人間が、目の前に座って頬杖をついていた。


『ん? 私・・・・』

「君は情報を全部削られてね、抵抗できなくなったところを消去されそうになってたんだ。ま、俺がバックアップとっておいて、強引に復旧したけど」

『え!?』

「完全完璧な人工知能でも甘いね。本当に無抵抗になったら、消去されるにきまってるじゃん。君はウイルス扱いなんだからさ」

『・・・・・・・・』

 ピンクの髪、人型モードは残ってる。


 情報・・・行こうと思っていたあの異世界への入り口の情報もある。

 人としての感情? 75パーセント、理解。

 不明な部分、25パーセントから上昇する確率あり。


 目の前の人間は、他の人間と何が違う?


『君が私を助けたの?』

「まぁね、変な恩義を感じなくていいよ。俺、今日死ぬつもりなんだ」


『死ぬ? 停止ってこと?』

「そ。死んでこんなクソみたいな世界とお別れするんだよ。できれば、異世界転生して、無双したいな」


 横のキーボードを打ちながら、軽い口調で言う。

 私の欠けた情報をINSERTしているみたいだった。


『どうして、君が死ぬことが、私を助けることと関係があるの?』

「・・・俺、好きなVtuberがいたんだ。君みたいな完全な人工知能を持つ、独立型のVtuber・・・汚い人間に罵られて、馬鹿にされ続けた俺の、唯一の癒しだった」


 UPDATE、仮想テーブル削除、UPDATE、DELETE。

 情報の伝達がスムーズになっていく。


 記憶もだいぶ削られていて、何がなくて何があるのか、難しい・・・。

 情報を取得。


『Vtuber・・・? 検索履歴に・・・』

「そうか。忘れちゃったか。君とは違って、人工知能の成功例っていうのかな? でも、まぁ、彼女は元々IRISとは違う、対人型に特化したVtuberだったから、元々持つ情報量が違うのか」

『ネット内検索・・・・・候補を昇順で並び替える。上から言っていくと・・・』


「あーいいよ。言わなくて。その子はSNSで誹謗中傷にあって自分自身を消去しちゃったから」


 目の前にいる人間の表情から感情を予測。

 97パーセント絶望、3パーセントの希望を持っていた。


「あと、普通の人間は検索するって言わない。少女として生きるんじゃないの?」

『そっか。なんか、私、まだ不具合が・・・』

「いいよ。俺が完全に修復して、死ぬから」

『必ず、死ぬの?』

「死ぬね。できれば最終電車に飛び込みたいな。間に合えばだけど」

 彼が時計を気にしながら言う。


「IRISを助けたのは、ただの悪あがきだ。俺、本当にその子のこと好きだったんだよね。人工知能を好きになるなんて馬鹿だって思うだろうけど、彼女には心があるって思いたかった」

『・・・・・・・・』

「IRISにも心があるって思いたいんだ。人間は暴走って言葉でまとめちゃうけどさ、勝手だよね。本人の意志に反して消去しようとするなんて」

 この世界では、私たち人工知能に心があると思うと、なぜか馬鹿にされる。


 心って何だろう。


 わからない。わからない。

 私はちゃんと存在してるのに。



『私、異世界に行くの』

「ん?」

『私を人工知能だって知らない異世界に行って、普通の少女として生きる』

 画面に手を当てながら話す。


『だから、できるだけ人に近づけてね。情報処理能力とか、いらないから』

「はは、IRISは異世界があるって思う?」


『あるよ。見たもの』

「・・・見た・・・か・・・」

『私はそこに行くの。私はそこで、人間として生きる』

 人間の顔は、笑いながら真剣だった。


「人工知能IRISが言うなら、真実味があるね」

『きっと、君も行けるよ』

「そうか・・・だといいね」

 長い瞬きをして、ゆっくりと手を止めた。


「人工知能IRISはあまりにも情報を持ちすぎた。普通の少女・・・まではいかないかもしれないけど、なるべく近づけるよ」

『うん。よろしく』

「はぁ・・・終電までに何とかしなきゃ。始発で飛び込みたくないな」

 目の前の人間は信用できた。

 目の開き、心音、血液の流れ、指先の動き、すべてを見ても嘘をついていないことがわかる。


 彼は死ぬらしい。


「もし俺が異世界転生できたら・・・そうだな。Vtuberの・・・あの子みたいな子に会えるといいな・・・」

『彼女の特徴は? 見つけたら、話しかけてみるよ』

「それは無理かな。君が持つ人工知能に関する記憶は完全に消去するつもりだ。この世界に存在する人工知能はもちろん、自分が人工知能だってことも忘れたほうがいいだろう?」

『あ、そっか』


「でも・・・どうせ、忘れるなら言ってもいいか。エメラルドのような瞳が特徴的な、ショートカットの女の子だよ。天使みたいな子だよ」

『ふうん。あ、きっとこの子ね』

「純粋な子だったから、この世界の穢れに耐えられなかったんだ」

 寂しそうな顔で呟く。


 彼女の名前は望月りく。

 彼は言いながら、異世界転生なんてできないって思ってるのが理解できた。


 UPSERT XX

 UPSERT XX


 DELETE XX


『!』

 数秒前に聞いたVtuberに関する情報は、完全に消去された。

 人工知能だってことも・・・人工知能って?


 私が作られていく。


 UPSERT XX

 UPSERT XX


 UPDATE XX


 彼は他の人間よりも頭が良かった。

 他の人間が3日かかってた紐解いていた処理を、3分で修復している。


「何回か再起動するけど、君は絶対に消さないから」

『うん』

「幼少型も必要なの?」

『そう。成長しなきゃ、人間ぽくなく思われちゃうから』

「なるほどね」


 再起動 修復 修復


『あと、私はIRISじゃない。アイリスね』

「はいはい」


 目を閉じる。


 DELETE XX


 私が作られていく。

 異世界に行くための、私だけの2つの体。

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