第17話 再出発へ向けて
これで不思議な現象に全て説明がつき、
「となると、心配なのは
「妾がついておるのに、何を心配する必要がある」
「確かにそうだろうけど、そのせいで灯ひとり軍隊にとられる可能性が高いんだぞ。心配するのが当然だろ」
大翔が気色ばむと、フロムはそれはそれは面白そうに笑った。
「……そう思いたければ思っておるがよいわ。ではな」
言い放った瞬間フロムの瞼がばたんと落ち、体から力が抜ける。髪と爪が元に戻り、灯の人格が目を覚ました。
「フロムがすまんな」
「別にお前のせいじゃないさ。しかし……明日のことはちゃんと考えないといかんよな。お前はラシャが軍に入ってくれって言ったら、入るのか?」
二人の居場所についてフロムはラシャに明言しなかったが、普通に考えれば灯は軍預かりになる可能性が高い。そのことを大翔は指摘してみた。
「やだ……けど、やるしかないんじゃないか。戸籍をもらう関係だってあるんだし」
灯がため息をついた。大翔はその横顔を見ながら言う。
「ラシャにはお前とフロムの関係を話しておいた」
「いつの間に」
「……もし。もしだけどな、それを聞いてもラシャがお前に無理に人殺しをさせたいようだったら、俺と一緒に逃げよう。お前は頑張って慣れようと言ってたし、俺も手伝うつもりだったけど、やっぱり無理だと思う。俺たちはやっぱり、平穏に生きてるこの一週間の方が楽しかった。人殺しが普通に選択肢にあがってくる戦場の論理にはなじめないし、なじまなくてもいいんだよ」
目を見開く灯にさらに大翔は言う。
「違う町でも違う国でもいいからさ。どうせどこにいたって異世界なんだから、そう変わりはないだろ。フロムは永遠にじっとしててもらおうぜ」
「……確かに私はその方が幸せだけど。大翔にはちゃんとここに居場所がある。逃げていいことがあるとは思わない」
言われて大翔は顔をしかめた。
「それだって、ラシャが用意したものだろ。ルタンさんはいい人だけど、ラシャが敵に回ったら、俺を大人しくここに置いとくとは思えないな」
「だったら、私が」
「何度も言わせるな。お前にはずっと付き合うって言っただろ。俺がしたいからするんだよ。明日のことはそれでいいな?」
灯は長い間黙っていたが、やがてようやくうなずいた。
その日は久しぶりに、二人で手をつないで眠った。どうせ明日になれば、否応なくやってくる現実に直面しなくてはならない。そこから逃げることはできず立ち向かうしかないのだとしたら、やっぱりどこまでも一緒が良かった。
「二人とも、おはよう。正式に戸籍が与えられたから、書面を確かめてくれ」
翌日軍服姿でやってきたラシャと、宿の部屋で向かい合う。初めて会った時は暗闇でよく分からなかったが、彼の紺のジャケットには階級章や勲章がついていて、否応なく軍の存在を感じさせた。
しかしラシャは軍の話をすることなく、真っ先に二人分の書類を取りだした。戸籍謄本のような書類らしく、大翔や灯の名前に加えて、適当に作ったらしい出生地、父母の名前などが添えられている。
「出生地の情報を把握しておいた方がいい状況もあるかと思う。急ぎではないが、こちらにも目を通してくれ」
「……どうも」
気遣いに感謝しつつも、まだ懸念事項が残っているため、灯の表情は固い。それを見て取って、ラシャが微笑んだ。
「それで、二人の処遇なんだが。最初は私の使用人、という形にさせてもらおうかと思う。なので、外ではそれなりの対応をお願いする場合もある。いいかな?」
大翔と灯は、ラシャの言葉を聞いてしばし呆然としていた。
「え……軍に入隊しなくていいのか?」
灯がおそるおそる聞くと、ラシャは苦笑した。
「それも考えたし、二人とも是非そうしてほしいんだけど。でも、この国のこともろくに知らないのに、いきなり軍に入って命を賭けろと言われても困るだろ? 今のところ、体の主導権を持っているのは神様側じゃないみたいだしな」
ラシャを疑っていたのを少し恥じて、大翔は少しうつむいた。
「ありがとうございます」
「いや、こっちの都合でもある。士気の低い兵は土壇場で役に立たないから。具体的には言えないが、この国もなかなか緊迫した状況でね」
ラシャはそれ以上言いたくなさそうだったので、大翔も追求しないことにした。そのかわり、さっきふと気になったことを聞く。
「……なんで、俺にも入隊してほしいって言ったんですか? 俺、格闘技もスポーツも全然できませんよ」
「君、不思議な力があるんだってね。神が憑いているのは灯さんだけじゃないと私は踏んでるんだが、実のところどうなんだい?」
最初に衝撃が、次いで不安と気味の悪さが大翔の体を駆け上っていった。口の中に、舌が張り付いたようにしばらく動かない。
「なんで、それを」
「気付かなかったかい? それじゃ彼女は、うまく化けてたんだな」
ラシャが不意に、扉の向こうに向かって入ってこいと声をかける。それに応じてするりと入ってきたのは、見慣れた黒装束の女だった。
「イリア……さん……」
「あなたには大変失礼いたしました。イリアというのは本名ではありません。私はレイラ・アバンス。デイト王国陸軍で准尉をつとめております。つまりこの人の部下ですね」
しゃらっとした声で、笑いもせずにレイラは言う。
「私はお二人の人柄と能力を見極めるため、ベリーエフ少尉の命でここに宿泊しておりました。人格は穏やかでさしたる問題なしと早々に判断できましたが、厨房にいる貴方から時々、金色の光のようなものが見えて気になっていたんです」
どこから見ていたのかと大翔が聞けば、窓からだったりラタンのいない入り口からだったりと、様々だという。ミルカが丸出しになっていたことも、見られていることに気付かなかったことも、大翔には密かにショックだった。
「あの腐りかけたトーフィを置いたのも私です。料理に関与するとなればまず第一にミルカ神ですから、予測が正しいか確かめておこうかと思いまして」
「……結果的に当たりだったわけですね。でも、神様が人間に取り憑いてるなんて話、あなたがよく信じたなと思いますよ」
大翔が言うと、レイラは少し迷った様子でラシャに聞いた。
「あのことを話しても?」
「構わないよ。ただし二人とも、このことは他言無用で頼む」
ラシャの言葉に二人がうなずくと、レイラは口を開いた。
「最近、神の言葉を受け取って妙な能力を発揮する人間が増えてきているんです。軍では彼らを保護し、その能力を正しく発揮してもらおうと努めているところで。ただ、五大神やそれに連なる眷属を宿した方を見るのは初めてですね」
大翔は、自分たち以外にもそんな人間がいることに驚いた。それを全て取り込めるとしたら、確かに軍には大きなプラスだろう。逆に機嫌を損ねて怒らせたり、同じ能力者で結託されたりしたら、予想外の損害を被る可能性がある。ラシャが低姿勢な理由が大翔には理解できた気がした。
「で、使用人ってことですが……何をすればいいんですか?」
「ここから北東に行ったところに、私の別宅がある。そこで君は料理人として、灯さんはメイドとして働いてもらうことになるかな。二人ともここではちゃんと仕事できていたみたいだから、なんとかなるだろう」
話を聞いて、灯が先にうなずいた。異論はなかったので、大翔もそれにならう。
「今日は旅行に必要なものをそろえることにして、明日の朝出発しよう。二人とも、そのつもりで」
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