第7話:月詠の三姉妹(3)

 春の安らかな風が頬を撫でる。今が冬だと忘れそうなほど心地良い。

 僕は今、不思議な場所に居る。月詠神社、そこは三姉妹が管理している神社で、12月にも関わらず桜が満開に咲いている。

 縁側から見える八重桜と華の絨毯は、今まで見た桜とは違い、神秘的な美しさを放っている。

 今は弥生さんに部屋を案内して頂いている。壁は障子になっていて、天井も廊下も温かな木製だ。何処かノスタルジーを感じる古き良き和風建築。何故人は、和に懐かしさを感じるのだろうか。きっとこれが日本人の性なのだろう。

 和に浸っていると、気が付けば弥生さんが足を止めた。


 「言乃葉様、こちらが客間です。」


 そう言って振り返った。すすき畑を思わせる茶髪が靡き、丁寧な仕草で入室を促す。

 

 「あ、え〜と…、ありがとうございます月上さん。」


 見惚れすぎて一瞬呆然し、すぐに我に帰った。


 「ふふふ。」


 弥生さんはそう微笑んだ。


「言乃葉様、私達は苗字が同じため、呼ぶ際に不便でしょう。どうぞご気軽に下の名前でお呼び下さい。妹達も、とくに葉月はそのほうが喜ぶでしょう。」


 おそらく上品と言う言葉は、彼女のためにあるのだろう。

 そう思いながら部屋に入る。

 黒漆の塗られた四角い卓袱台に、座布団が2つと、質素な和部屋だった。飾らない美しさだから、これはこれで趣がある。


 どうぞおくつろぎ下さい、そう言われて僕は座布団に腰を降ろした。

 弥生さんは僕と向き合う形で正座した。

 卓袱台には、湯気を立たせた湯呑みが2つ、中央には小さなザルに積まれた和菓子置かれており、湯呑みはそれぞれ、2人からみて右側の位置に置かれている。

 弥生さんも正座する。

 なんだがとても緊張するな。


 「では改めて、始めまして言乃葉様。私はこの神社を管理している三姉妹の長女、月上弥生と申します。」


 そう言って弥生さんは、上品にお辞儀する。思わずたじろいでしまうほど美しい。

 

 「あ、どうも始めまして。僕は月華高校1年、言乃葉語です。助手として至らない点もありますが、どうぞよろしくお願いします。」


 僕はそう言って深々とお辞儀した。


 「あの、どうして僕はここに招かれたのですか?」


 アギトさんの言ってた「いくつかの疑問も解決できる場所」というのが気になります。

 

 「はい、霊門寺様から、助手の言乃葉様に色々と教えるためとのことです。彼は教えることが苦手ですので。」


 弥生さんがクスっと笑った。確かにあの人、色々と説明をはぐらかされた気が……。

 きっと気の所為なのだろう。


 「先ず、言乃葉様が先日遭遇した存在について教えましょう。」


 「えぇ、確か怪異って言う怪物なんですよね。アギトさんから聞きました。」


 「怪異について説明する前に、怨霊についてご説明しましょう。言乃葉様は、言霊と言うものをご存知ですか?」


 言霊、言葉には力が宿り、口にした嘘が現実に起こるという考え、だったはず。


 「嘘が現実になると言う考え、でしたよね。」


 「ご存知なのですね。古くから日本人は、言葉には霊力が宿ると信じられてきました。だから言葉を大切にしましょうといった教訓でもあるのです。」


 「そして人は噂話を好みます。悪いことではないのですが…、」


 確かに人は噂話が好きだ。怪談話やオカルトなど、噂話の代表みたいなものが好きな僕だから、よく分かる。

 好奇心から来る衝動に、人は抗えないものだろう。

 弥生さんが続ける。


 「言霊には人から出た仮想を現実にする力があります。私達の言う言霊というものは、本来実態を持たない、小さな生き物みたいなものだと思ってください。言霊は噂話を媒介に、姿を得て顕現します。始めは、故人に関する噂話を元に、怨霊として顕現します。」


 「怨霊…。ということは、霊の類でしょうか?」


 弥生さんが微笑んで、


 「飲み込みが早くて助かります。」


 と言った。心霊現象も、怨霊が絡んでいるのでしょうか。


 「では話を続けます。怨霊の段階では人間に恐怖を与える程度で、まだ脅威とは言えません。」


 「恐怖を与える、とは具体的に?」


 「怨霊は共通として、自身を認識した相手を恐怖の感情を芽生えさせる力を持ちます。霊門寺様のような霊媒師は、怨霊の恐怖への耐性がありますので、そういう意味では脅威ではありません。上位の怨霊には人間に直接被害を与えるものもいますが、体調にちょっとした悪影響をもたらす程度です。」


 心霊現象の正体は怨霊によるもの、これは興味深い情報です。

 僕がメモ帳にペンを走らせている間に、弥生さんはお茶をすする。

 そうだ、これも聞いておこう。

 

 「なんで怨霊は、人を脅かすのですか?」

 

 「実害が出れると噂に関する信憑性が上がります。怨霊はそうして人の恐怖を煽り、自身の噂をさせます。」


 「では本題の怪異についてご説明します。基本は、怨霊の次の段階として扱っている存在でして、都市伝説がこれに該当します。」


 「口裂け女や、人面犬のような?」


 「はい、その特定の霊などに関する噂話が語られ続けると、都市伝説へと昇華します。実は心霊スポットなどもこれに該当するのです。」

 

 確かに、霊の目撃情報が多い場所は、心霊スポットという名の都市伝説になる。

 

 「怪異は都市伝説の語られている特徴を完全に再現しています。『口裂け女』、『テケテケ』、『ヒキコさん』のような、危害を加えるモノは人の命を奪いかねない危険な分類となっています。ですが都市伝説の特徴を再現している分、対抗策が存在します。」


 なるほど、そうなるとレインコートの怪人の時は、下手すると僕は死んでいたのですか。

 都市伝説の知識があって助かった。

 沢山話して喉が渇いたらしく、弥生さんは湯呑みに口をつける。

 

 「以上が、怨霊と怪異に関するお話です。他に何かお聞きしたいことがあれば、遠慮なくお申し付け下さい。」


 弥生さんはそう言ってニッコリと笑う。

 そうだ、札のことも聞いておこう。


 「霊門寺様の御札についてですね。かしこまりました、ではご説明します。」





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霊門寺アギトの霊媒録 バジルソース @bagiru

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