第3話:霊媒師

 「佐藤さん!早く逃げ…」


ーシュン


怪人は悶え苦しみながらも右手の鎌を投げた。

怪人の投擲技術は恐ろしく精密で、刃が左手に持っていた防犯ブザーに命中し、当たった勢いでブザーが1m先へと飛ばされた。

左手に当たらなかっただけでも不幸中の幸いだ。

ブザーは完全に壊れ、音が止み、再び廊下は静寂に包まれた。


 (くっ!早過ぎます!)


怪人は嘲笑うかの如く、刺刺とげとげしい歯を見せて口が裂けそうなほど笑ってる。

怪人は二人めがけて突進した。

鉄の臭いがどんどん濃くなってくる。

かたるは考えるより先に鞄を盾にして佐藤を庇う体制に入った。

運動部の彼なら逃げ切れるかもしれない。

やがて怪人の姿が月明かりに照らされてハッキリと顔が見えた。

眼球は無く、殺意に満ちた赤い点が怪しく光り、顔は火傷で酷く爛れているが歪んだ笑みを浮かべていることだけはハッキリと分かる。

怪人の間合いに入ってしまい、絶体絶命の状況に陥る。

その刹那。

左右の壁から四本の粗縄が飛び出し、怪人の体を拘束した。

口は笑っているが目は驚きでまぶたを限界まで開かせている。


 (こ、これは?)

 「語どうしたんだ!お前だけでも早く逃げろ!」


佐藤がようやく喋りだした。

突然現れた縄、またレインコートの怪人みたいな怪物なら確かに早く逃げなければ。

すると後から足音がした。


カツ、カツ、カツ


警備員か怪物か、せめて人間であって欲しいと願ったからか、窓から差す月明かりに照らさせた姿は、人だった。

しかも見覚えのある。

雪のように白い髪に、紫色の瞳に隈、紺色のコート。


 (探偵さん!?、ですが何でここに。)


とにかく人が来てくれた。

男は語に気付いたのか、少し目を丸くした。


 「さっきの少年か、奇遇だな。早く逃げろ、後少ししかそれを拘束できない。」

 「お、おじさん!助けて!」

 「ん?どうした角刈り坊主、お前も早く逃げ…」


佐藤が男に助けを求めている間、怪人の拘束がとけ、凄まじい速度で佐藤目掛けて突進した。

佐藤が怪人の間合いに入り、錆びた鎌が振り下ろされた。


 「!!」


死に直面した佐藤は、もはや声も出ず立ち尽くすしかなかった。

しかし、


 「《手霊しゅれい》」


男が御札を投げ、そう唱えると札から複数の白い手が怪人に掴みかかり、吹き飛ばした。


 「早く逃げろ!」


男がそう怒鳴ると佐藤は反射的に窓から飛び降りた。

心配はない、佐藤は何度かショートカット感覚で窓から飛び降りている。

体がずば抜けて丈夫だから3階までなら無傷ですむらしい。

語は階段に向かって逃げるふりをして影に隠れた。

記者としての本能には勝てず、語はこの男と怪人の結末を見届けることにした。

やがて怪人を拘束していた白い手はズタズタに切り刻まれ、血飛沫から怪人の姿が現れた。

やはり人の動きではない、人間が直接戦って勝てる相手ではない。

怪人と男は互いに睨みあっている。

怪人は両鎌を構え、男は札を取り出した。

先手を打ったのは怪人だった。

超人的な動きで男に近づき、錆びた鎌を男の喉目掛けて振り上げた。

男は反射的にバックステップで距離を取り、札を投げナイフのように3枚投げた。


 「《狐火きつねび》、《鼬風いたちかぜ》、《虎突ことつ》」


札はそれぞれ火球、風の球、斬撃となり、怪人を襲う。

風の球は鎌で捌かれたが、斬撃は怪人の体を貫き、火球は炎を纏って爆発した。

しかし怪人の猛撃は止まず、レインコートをなびかせて凄まじい速度で男の懐に入った。

怪人は歪んだ笑みを見せている。

右鎌が男の腹に入ったその刹那。


ーガキン


鎌は硬い何かにぶつかったかの様な金属音を発した。


 「どうした怪異、何をそんなに驚いている?俺が不意討ち対策しないとでも?」   


錆びた鎌の刃は粉々に砕け散り、男は怪人の胸に札を貼りつけた。


 「《龍爪りゅうそう》」


怪人は無数の斬撃によって肉片残らず切り刻まれた。

男は腰カバンから試験管を取り出すと、によって満たされた。


 「依頼遂行、かなり危なかったな。」


あまりの出来事に語は理解が追いついておらず、

男に近づき、話しかけた。


 「あ、あなたは一体…それに、さっきの…」

 「ん?まだ逃げていなかったのか?早く逃げろ。」

 「良ければ色々と聞いてもよろしいでしょうか?」

 「聞いてどうする?」

 「ただの好奇心です。教えてください、さっきのあれは…」

 「歩きながらなら構わん。で、何から聞きたい?」

 「まずはお名前を教えてください。」


白髪の男は一息置いてこう答えた。


 「霊門寺顎れいもんじあぎと、ただの野良霊媒師だ。」






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