光の神の記憶――神剣で散った勇者の話

月杜円香

  光の神の休息

 この世界の神は、普段は神剣アフレオスの姿でいた。

 でも、十数年に一度くらい、世間のことが気になってしまうのだ。

 そんな時は、コッソリと神殿を抜け出して、人間のフリをして旅をするのだ。

 光の神は、前身が精霊族の王だったので、人型に近い者に変化へんげが出来得た。市井に紛れても、美しい人だと目を引く以外は、誰も気に留めなかった。


 魔族との戦いも終わり、人々は平和を取り戻した。

 神も神殿で、長らく眠っていた。

 起きてしまったのは、呼ばれたのだろうか?

 長い平和の時間に、退屈になってしまったか……。


 皆が寝静まった夜__

 神は一匹の精霊を連れて神殿の外に出た。

 人型になるのは、何年ぶりのことだろう……。


 大きな月が天空の頂上に来る頃、神は人気のいない森にいた。

 人々が封印の森と呼ぶ、昔、神が魔族をたくさんこの森の奥の洞窟に封印したことで、そう呼ばれている。人間には禁忌の地なので寄ってこない。

 だが実際は、神の手で浄化されており、聖なる森となっている。

 今回は、人に関わりたい訳では無い。


「我を呼ぶ人間ひとの声も聞こえぬ」


 そう……今回は、の休息のためにやって来たのだった。


 森の奥にあった湖まで来ると、身につけていた衣を脱ぎ、人間でいう所の生まれたままの姿になって、湖で身を清めていた。

 光の神の降臨に湖の精霊は喜び、我先にと神の身を清めて行く。

 長い銀色の髪を風の精霊が丁寧に乾かし、白磁のような肌は淡く光っていた。決して、この湖にいる蛍光魚のせいではない。

 神自身が、ほんのりと光っていたのだ。


 神といっしょに来ていた火と大地の精霊のアンジールが、口を尖らせて


 <イリアス様~? 鼻の下を伸ばしてません?>



 神は、褐色の肌に赤い巻き毛が半透明になっている精霊のアンジールを見て、


「お前が言うか?契約者と駆け落ちなぞする精霊が何処におる?」


 <ここにま~~す!>


「結局、精霊のそなたとは結ばれることは無かったし、その者は、そなたの情炎の炎で命を落とした。少しは反省をしておるのか? 下位に落とされても変らぬな」


 <だって~~ 最初に私と契約をした勇者は、魔族の剣で強引に契約を切られちゃったし~~?? その勇者は、迎えに来てくれなかったし~~? 聞けば、神剣アフレオスで塵になったとか、ならないとか~~?>


 神は、その勇者のことを苦々しく思い出した。


 魔王を倒したことで、思いがけず不死になってしまった勇者がいた。

 勇者は生きることに絶望していた。

 せめて、神の手で楽に逝かせてやりたかった。神剣アフレオスは、この世界では最強の剣なのだ。急所を突けば、その者は塵となって果てるのだった。だが、神剣アフレオスは持ち手を選ぶ。これは、神ではどうにもならない事だった。

 勇者の引き取った娘と契って、子供を作りその子孫から、持ち手が出ることを告げたが、勇者は、その前に闇堕ちして魔王を名乗ってしまった。


 契った娘の孫にあたる少年が、神剣アフレオスと出会った。


 泣き虫で純朴な少年は、勇者の子孫であることを誇りに思い、最後の時まで神剣を抜かなかった。


 魔王になった勇者は、少年に言った。


「共に新しい世を作ろう……」


 少年は大きく首を振った。 そして、最期の時は来た……。


 神は大きく息をつく。


 彼が言っていた新しい世の中とは何だったのか……。


 想像しても理解は出来ない。

 頭上では、火と大地の精霊のアンジールが水の精霊と戯れていた。


 ここは、禁忌の森。

 人間は誰も来ない。

 神にとっては、良い骨休みの場所だ。


(完)


 




 

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