後日談第2話 君にはまだ内緒の話
マルガリータには、もう少し落ち着いてから話そうと思っているのでまだ知らせていないが、ディアンは軟禁状態で屋敷から出られない身ではあるものの、ある程度の仕事はこなしていて、それだけで暮らしていけるだけの収入がある。
どんなに疎まれていても、生まれは変えられない。
王族であることは消せないし、飢え死にでもされたら体裁が悪いのか、定期的に王宮から生活には困らない程度の、とは言え平民や下位貴族よりはずっと多い金銭の支給があるが、それに手を付ける気分にはなれなかった。
仕事相手は特に決まってはいないが、王宮魔道士達からの依頼が多く、ハーブ研究に関するものという条件付きで、引き受けている。
王宮を追い出された王子との関わりを、王宮に所属する彼らが持つ事は、どう考えても推奨されていないに違いない。
それでも依頼が来るので、王宮魔道士達にとってディアンの持つ膨大な魔力の魅力は、その障害を超えるらしい。
実際のところ、こっそりとディアンにもたらされる依頼は、後を絶たない。
王宮から出た当時、ディアンが持っていたのは、持て余すほどの強大すぎる魔力と、マルガリータとの逢瀬をきっかけに身につけた、ハーブの知識だけだった。
王宮魔道士達からすれば、その溢れる魔力についての解析や、それを使って研究をして欲しかっただろう。
だが、疎まれ王宮から追い出される原因となった力よりも、マルガリータとの思い出に浸っていられるハーブ研究にディアンが注力するのは、当たり前だ。
とは言え、今はまだ広まっていないハーブの効能は、王宮魔道士達の興味を引くものだったらしい。
ハーブを使うことで得られる、魔力増幅や魔法補助効果等、やはり高等技術が必要なものの研究結果を、求める依頼が多い。
ディアンはそういった依頼以外にも、独自に研究を進めていた。
アリーシアの報告によると、マルガリータも気に入ってくれているというハーブティーにして飲む以外にも、貼付薬として利用したりと、実用的で単純な効能についてもある程度実証が出来てきた。
平民達の生活の中に広めて行ける段階も、近いのではないだろうか。
だがここに来て、アンバーの暴走のせいで、王族に混乱が生じた。
あの事件後、アンバーが王位継承権を剥奪されたのだ。
正直この結果は当然だと思うし、同情の余地はない。
現在、意識不明の重体と化しているアンバーを目覚めさせるかどうかは、実のところ魔力を放ったディアンの手の内だ。
インカローズに身体的な損傷はないはずだが、解放されたとは聞かないので、アンバーと共に監禁状態にあるのだろう。
(俺から、恩赦を与えてやるつもりはない。刑罰が確定するまで、このままで構わないだろう)
今はまだ、アンバーとインカローズに対する刑罰は確定していない状態にある。
だが恐らく、もう二度とマルガリータを貶めた様な、権力を振りかざした傍若無人な振る舞いは出来なくなる。
良くて生涯監禁か、身分剥奪の上国外追放と言ったところだろう。悪ければ、処刑もあり得る。
それ相応の罰でなければ目覚めさせてやるつもりもないが、厳罰に処すという言質を取っているので、その点に関しては大丈夫そうだ。
それだけアンバーは、利己的に行動した末に、王家の権威を貶めてしまった。
ディアンは王位継承権の放棄を撤回するつもりはないし、王や側妃もそれを望まないだろう。
恐らくこのまま行くと、第三王子に王位継承権が移行することになる。
この件に関しては、流石に王も勝手な振る舞いを腹に据えかねたのか、可愛がっていたはずのアンバーを庇う様な素振りさえ、一切しなかった。
オーゼンハイム伯爵家からの猛抗議が、王へと直接行われた事も、想像に難くない。
何をもって決め手になったのかはわからないが、経緯はどうあれ最終的に正しい判断が出来る王で良かったと、素直に思う。
それよりも驚いたのは、ディアン自身が対面を断った事もあり書面ではあったが、今まででは決してあり得なかった謝罪と、第三王子はまだ学園に入学したばかりで年若い事もあるから、兄として支えてやって欲しいという懇願が、王自身から直接あった事だ。
ディアンを不吉の子だと早々に下して、現在進行形で軟禁生活を強いているのは王であるし、それは今も撤回されていない。
王家に黒の髪と瞳を持つ子が居る事は、未だ許容できるものではないないのだろう。
国民の不安を煽る容姿なのは間違いないから、王としてはそうするしかないのかもしれない。
だがそれでも、アンバーのディアンに対する態度やマルガリータに対する仕打ちは謝罪するべきものと、王としてではなく親として判断したのだ。
きっとディアンが、黒い髪と瞳さえ持って生まれなければ、良き王は良き父親でもあったのかもしれない。
今更それを望んでいるわけではなかったし、蔑みの目にさらされ続けた幼少期に救いの手を差し伸べてくれなかった両親を、正直すぐに許す事は出来ないけれど。
それでも何かが、少しだけ変わったような気がした。
第三王子は、同じ環境で育ったとは思えない程にアンバーと違って素直で聡い。
王宮内において唯一、周りに影響されてディアンを怖がったり、見下したりしなかった人物だ。
ディアンが王宮に居た頃の第三王子はまだ幼すぎて、よく意味がわかっていなかった所もあるだろう。
だが、このまま公正な判断力を失うことなく成長すれば、良き王となるに違いない。
第三王子擁立派の貴族達にも、あまり黒い噂は聞かなかった。
(父の為ではなく弟の為になら、多少手を貸してやるのはやぶさかではないと、返事をしたが……軟禁している相手に、よくこれだけの仕事を回せたものだ)
最初こそ遠慮があったようだが、少しも経たない内に王子補佐としての決裁書類まで回って来ていて、その多さに辟易する。
王族と深く関わるつもりはなかったのだが、今まで王位継承者として育てていたアンバーが失脚しようとしている事で、王宮も混乱しているのだろう。
「登城しろ」と言ってきている訳ではないし、城外に出せない様な機密性の高い決裁書類などは、今のところ回って来ていない。
第三王子の教育が、ある程度終わるまでのしばらくの間ならという事で、諦め半分で手伝っているのが実情だ。
忙しくなったからと言って、王宮を追い出された王子を頼りにしてくれた、ある意味協力体制にもあった王宮魔道士達からの依頼を、切ってしまうのは違う。
だが王や王宮に仕える貴族達に、「ずっとディアンと繋がっていた」という、王宮魔道士達が不利になる可能性のある事情を話す訳にもいかない。
つまり、王宮側に仕事量を調整して貰える理由がなかった。
どちらの仕事も断れなかった結果、単純に取引先が増えた状態になってしまった。
今までも、軟禁生活とは言え暇を持て余すような事はなかったのだが、最近とみに忙しい。
それでもマルガリータに傍に居て貰えるだけで、笑っていてくれるだけで、触れられる距離に居るだけで、仕事ははかどる気がする。
実際に、マルガリータが屋敷に帰ってくるまでの間に溜まりに溜まっていたいた疲れは、マルガリータの顔を見ただけで吹き飛んだのだから不思議だ。
しかも今日は、昼から「デート」というご褒美が、待ち構えている。
(今なら、何でも出来そうな気がする)
ダリスも、そんなディアンの精神状態がわかっているのか、執務室に入った途端、いつもの倍のスピードで処理書類を机に並べ始めた。
けれど今日は、うんざりするどころか昼までに全部終わらせられる勢いが、ディアンにはある。
余裕の勝利を確信しながら、ディアンは積み上げられた書類の山と格闘を始めた。
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