第23話 ゲームとは違う世界

「兄上、貴方は王家にとって……いやこの国にとって、害悪でしかない存在だと言うことを、お忘れでは? 貴方は温情によって生かされているだけだと知り、何一つ口を出す権利などないと、理解する事ですね」

「アンバー様、あまり兄上様を責めてはお可哀想ですわ。かの方は、王子であって王子ではない、不幸な方なのですから」


 アンバーの上から視線物言いと、インカローズの人を馬鹿にしたようなあざ笑い方に、カチンとくる。


(なんなの、その言い方!)


 王族、しかも第一王位継承者でもあるから、アンバーが多少命令口調なのは、仕方ないと思っていた。

 実際『君ダン』でのアンバーの立ち位置は、俺様王子がヒロインにだけデレる所が人気だったし、それを真奈美も好意的に捉えていた。


 俺様ではあったけれど、ゲーム内のアンバーは、誰かを貶めて優越感に浸る様な性格ではなかった。

 病弱な兄に変わり王位を継ぐべく、陰で努力をし弱音を吐かない意志の強さに、ヒロインはきゅんとくるのだし、そんなアンバーに守られながらも心を支えていく為に、恋人同士になろうとする。

 メインヒーローになるべくしてなった、ある意味王道路線の攻略対象だったのだから。


 この湖で、第一王子が本当は一般的に発表されている様な病弱ではなく、黒い髪と瞳を持って生まれたが為に軟禁されているのだと教えてくれた後も、王宮に迎え入れたいというちょっと相手の気持ちを考えない台詞を発するとはいえ、それはアンバーなりに心の底から心配しての事だったのは、間違いない。

 こんな風に、蔑むような目で他人を貶める人だとは、思いもよらなかった。


 「お可哀想に」という表情を作りながらも、ふとした瞬間ににやりと笑うインカローズの姿に、彼女の悪影響が全くないとは言えない気はする。

 けれど、いくら黒が忌むべき不吉なものと見なされている世界だとしても、それでも血の繋がった兄を「害悪」と言い切ってしまうのは、やはり本人の中にそう思う気持ちがなければ、出ない言葉だろう。


(ていうか、このヒロイン腹黒さが全く隠せてないし、王子も残念すぎ。私の大好きだったゲーム設定の、可愛くて健気なヒロインと、俺様だけど努力家で支えてあげたくなるイケメン王子を、返してぇぇぇ……)


 真奈美の大好きだったラブロマンスが崩れ去る音を聞きながら、入ってくる情報の多さと人物像のギャップが酷すぎて、思考がすぐに現実逃避を始めようとしてしまう。

 だが、マルガリータを背に守ってくれているディアンの拳がぎゅっと握りしめられ、理不尽極まる理由で見下され、馬鹿にされているのをただ耐えているこの状況を見て、マルガリータにふつふつと怒りが湧いて来た。


(今こそ、奴隷に堕とされた私の真価を発揮する時じゃない? 失うものなんて何もないし、こんな風に人を見下すことしか出来ない人が治める世界になんか、興味ないもの。好きな様に言ってきたのは向こうなんだから、言い返される覚悟があって、当然よね!)


 それに、日本の乙女ゲームだというのに、どうしてこの世界は黒が不幸の象徴みたいな設定になっているのだろう。

 しかもアンバールートの、最後の一押しに使う位にしか出てこないシーンの為だけに。

 そんな悲しい設定、要らない。


 とはいえマルガリータも、今は真奈美ではない。

 この世界の住人として生きていかなければならないし、もちろんこの人生をリセットやコンティニュー出来ないのは、ちゃんとわかっている。


 そんな便利な機能が備わっているなら、マルガリータは今奴隷じゃないはずだし、何より真奈美が悪役令嬢をあてがわれたとわかったその時点で、迷う事なくボタンを押していた。

 つまりここは、マルガリータがマルガリータとして生きて行く、作り物ではない現実世界であるという事だ。


 だからこそ、元々はアンバーを良く見せる為だけの設定だか何だか知らないが、そんな理不尽な迫害を見逃す訳にはいかない。

 真奈美は、自分が日本人で良かったと思っているし、黒い髪や瞳が好きだった。

 むしろ日本の乙女ゲームなのだから、ある程度チート設定である方が、まだ納得も行く。


(あ、でもディアンが黒仮面の男なのだとしたら、チート設定なのは本当にあり得るかも)


 この世界ではほとんどの人が使えない魔力を、いとも簡単に発動させていた記憶が甦る。

 同時にそれは、買われて奴隷になった時の記憶でも有り、胸の奴隷紋がチクリと存在を主張するように痛んだ。


 もしかすると、黒い瞳と髪という容姿以前に、幼い頃から魔力が大きすぎるが故に、恐れられる存在になったのではないだろうか。

 それなら、ゲーム本編とは確かに直接関係はないから、大きく取り上げられることもないだろうし、力を持て余した王が軟禁という方法を取った理由にもなる。


 ただ、この考えが正しかったとしても、何もしていないディアンがただ「不吉だから」という理由だけで、王宮から追い出されるのはやっぱり理不尽極まりない。

 そしてそれだけだというなら尚更、アンバーに一方的に見下される理由にはならないだろう。


 それに何より、いきなりこれまた理不尽に奴隷に堕とされたマルガリータを救ってくれた人が、忌むべき不吉な存在である訳がない。


(どう考えても、王家の対応の方が絶対におかしいもの!)


 ぐっと気合いを入れて顔を上げ、ディアンの固く握りしめられた手をそっと上から包むようにして一歩踏み出し、隣に並ぶ。

 驚いた表情でマルガリータに視線を寄越したディアンに、悪役令嬢時代に培った艶やかな笑みで小さく頷いて、そのままの表情を保ったままアンバーを睨み付ける。


 顔は笑っているのに視線は射殺してしまわんばかりの、ゲームのマルガリータが得意としていた悪役令嬢っぽい表情が、完璧に作れているはずだ。


「見た目だけで人を判断なさるなんて、愚かですのね。そんな方が、この国の次期国王だなんて、先行きが不安で仕方ありませんわ」

「なっ……! 奴隷の分際で、この僕にそんな口をきくなど!」


(おぉ。あの小さな牢から出されて以来、私初めて奴隷扱いされたかも)


 苦々しい表情で、突然参戦してきたマルガリータを睨み付けてくるアンバーの台詞に、ある意味感動してしまう。

 だからこそ、それだけあの屋敷の使用人達やディアンは、マルガリータを大切に扱ってくれていたのだと実感する。


(ヒロイン視点でいた頃は、素敵な理想の王子様だと思っていたのに……。この残念さしか感じられない男は、一体何? っていうか、小物感が酷い)


 実際、マルガリータを奴隷に堕とした経緯だって、無茶苦茶だった。

 マルガリータは、大好きな両親や兄を巻き込みたくなくて、理不尽な罰も命令も素直に受け入れた。


 けれど、伯爵家とはいえオーゼンハイム家は、その他の名ばかり貴族とは違い、かなり広大な土地を牛耳っていて、実力的には辺境伯に近い力を持っていると言われている。

 故に、侯爵家や公爵家とも渡り合える財力を持つ、そこそこ有力な貴族なのだ。


(うちの両親や兄がもし本気を出したら、まだ王位に就く前のアンバー様程度ならば、引きずり下ろせてしまえる根回しくらい簡単だって、気付いていないのかしら? ……気付いていないんだろうなぁ)


 マルガリータが甘んじて罪を受け入れたから、両親や兄は黙って行く末を見定めようとしているだけとも言える。

 いずれ家臣になる貴族達の実力も測れないなんて、王位継承者としては落第だと思うのだけれど。


 しかも、王位を継ぐことが出来るのはアンバーが唯一ではなく、下に居る第三王子の他に、本来ならば王と王妃の子である正統な王位継承者であると正面から主張できる立場の第一王子が、病弱どころかぴんぴんしているのに。

 黒い髪と瞳だと国民は知らないのだから、隠して王の座についてしまえば、後からなんとでもなりそうでもある。


 学園でマルガリータの断罪イベントは、かなり大々しく行われた。

 学園は貴族の子息や令嬢が通う場所で、多数の目は確実にアンバーの行いをしっかりと目に焼き付けたことだろう。

 断罪イベントの途中で、王子であるアンバーに直接もの申す者は居なくても、その理不尽な裁きに疑問を持った者は多少なりともいたはずだ。


 第二王子派の貴族達は、そのまま何も言わないかもしれない。

 だが、第一王子の存在は秘匿されていたとしても、完璧に隠し通す事は不可能なのだから、密かに逆転を狙う貴族もいるだろう。


 そして、第三王子を次期王に推す派閥の貴族は、間違いなくいる。

 今回の件は、それらの反第二王子を掲げる貴族達にとっては、またとない付け入る隙となる材料になったに違いない。


 政治に口を挟めないマルガリータでもわかる事なのに、帝王学を学んできたはずの王子が、そんな事さえも冷静に状況判断が出来ない位、インカローズに溺れているのだろうか。

 愛する人に盲目的になってしまう所は、乙女ゲームのヒーローとしては正しいのかもしれない。

 けれど、大勢を見ることの出来ないアンバーは、王としての資質に欠けていると言わざるを得ない。


「奴隷だからこそ、支配される側になったからこそ、わかるのですわ。見た目や根拠のない言い伝えに惑わされて、人の本質を見定められない誰かさんより、私の旦那様の方がよっぽど素敵な方だという事が」

「この僕が、その王家から追い出された男より下だと、そう言うのか」

「そう言いました」


 怒りで震えるアンバーにはっきりとそう告げると、固く握りしめていたディアンの手が、今度はマルガリータにお礼を言うように、握り返されるのを感じる。

 それだけで、マルガリータに勇気が湧いてきた。


「貴様……奴隷に堕とすだけでは足りなかったか。身の程を知れ!」


 怒りに満ちた言葉と共に、アンバーがすらりと腰に佩いた剣を抜く。

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