第13話 街の名はラチノア③

「何かある」


 灰の大地に2列の足跡を残していくこと2時間弱。

 プロミが歩きながら怪訝けげんそうに呟いた。

 そして2、3分後には、私にもプロミの見た物が見えてきた。


「テント……か? 」


 100メートル程先。

 灰に溶け込むようにして、石で作られたテントのような、妙な形の建物が静かにたたずんでいた。

 入り口と思わしき部分には、薄緑の布がかけられている。


「センジュさんは途中に何も無いって言ってたから、最近出来たのかな? それとも、もう方向間違えた? 」


「流石にまだそれは無いと信じたいな」


「うーん。もし人がいたら、方向が合ってるか聞いてみよっか」


「そうだな」


 頷きながら、首の花冠をくちばしくわえて外す。 


花冠これを見られたら色々と厄介だ。頼む」


「おっけー」


 プロミは花冠をそっと受け取ると、つぶれないようバックの中に優しくしまった。

 プロミがカナタに、センジュや花畑の事についても秘密にするよう伝える。カナタが力強く頷いた。


「わかった。誰かいても、センジュさんのことは、しーってしておけばいいんでしょ? 」


「そう、よろしくね」

 

 建物から20メートルほどの距離で、カナタに待機するよう伝え、建物へと更に近づく。

 カナタはそれには少し不服ふふくそうだったが、渋々聞き入れてくれた。


 近づくと、その妙な建物の周りの地面には謎の穴が幾つも空いていた。

 1メートル程度の物から、底が見えない物まで深さは様々だ。この建物に住んでいる人間が掘ったのか?


「すみませーん! ちょっとお話をうかがいたいんですがー! 」


 建物から数メートル離れたところからプロミが声をかける。

 こういった正体不明の建物にはこうするのが基本だ。

 中の人間が突然襲いかかってくる可能性もあるし、突然近づいては相手にもプレッシャーを与えかねない。

 人がいなかった場合は中々切ない感じになってしまうが——


「えっ⁉︎ 」


 プロミが声を上げる。

 建物の入り口にかかっていた布を、中から勢いよく突き出してきた銀色の棒のような物が貫いていた。

 呆気あっけに取られている内に、その棒は高速で前後し、入り口の布を滅多めった刺しにしていく。


「当たっちゃないか…… 。問題なさそうだな」


 穴だらけになった布がずり落ち、剥き出しになった建物の入り口から、壮年の男が這い出してきた。

 長い黒髪を後ろで束ね、目の下には黒いくまがある。身長ばかりがやたらと高いヒョロリとした体つきは、一見非力ひりきに見えた。


 もし肉弾戦をすれば、軍配ぐんばいはプロミに上がりそうだ。だが、男が手に持つそれは、そんな2人の戦力差を十分埋めうるものだった


「……ッ」


 細長く、先端がそり返った刀身。

 刀身とつかを分ける、押し合い用の縁取り。

 古文献で読んだことがある。たしか、あれはニホントウという武器だ。


「なんだ、お前さん。街の連中じゃ無いな やっぱ、盗人ぬすっとか? 」


 いぶかしむようにギラギラとした目つきでプロミを見ると、男は剥き出しの刀身を右手に、無造作むぞうさに大股で歩み寄ってきた。

 

 見るからに敵対心剥き出しだ。

 相手が武器を持っている以上、どうにか穏便おんびんに事を済ませたい。


「私は旅人のプロミ! この先の街に行こうとして、あなたの家を見かけて気になったから近寄ってみただけ! 盗賊じゃない! 」


 即座に両手を上げ、降伏のポーズを取ってプロミが男に向かって叫ぶ。だが、男は小馬鹿にするように鼻を鳴らし、更にズカズカと近づいてきた。


「こんな時勢じせいに旅人ねぇ。そう言う奴は大概盗人って相場が……ん? 」

 

 男がプロミの左肩に乗る私を見て足を止めた。


「そいつぁカラスか。珍しいな。初めて見た」


 感心するように男が無精髭ぶしょうひげの生えた顎を撫でて、私をジロジロと眺める。

 心なしか、男の雰囲気が少し柔らかくなったような気がした。


「あの、私たちは——へっ? 」


「プロミさん、だいじょぶそう? 」


 プロミが思わず変な声を出して固まる。というか、私も危うく声を出す所だった。

 プロミの足元に興味津々きょうみしんしんと言った様子のカナタがいた。


 気になって来てしまったのか。

 不味い。もし戦闘になればカナタを庇いきれない——

 

「なんだ、ちびっ子が居るのかよ。てことたぁ、お前さんら盗賊じゃねぇのか」


 男が持ち上げかけていた剣先を再び下げ、刀をさやに収めた。予想外の展開に肩の力が抜ける。

 盗賊なら子供を連れて来ることはないと断じたのだろうか。

 ともかく偶然にもカナタに助けられてしまったようだ。

 プロミが疲れた顔でため息を吐いた。


「だからさっきからそう言ってるじゃん」


「お前さんらがまぎらわしいんだ。発掘現場に旅人を自称する奴が来たら、盗人を疑うのが当然だろ? 」


 やれやれとでも言うように男が肩をすくめる。

 謝罪もできないのかこの男は。


「発掘現場? 」


「そうだ。俺ぁ、この先の街……ラチノアでムカエビトをやってるもんでな。ここで遺物らしき物の報告があって、随分前から発掘調査に来てる」


 ムカエビト、という聞き慣れない単語が、変換されずにしばらく頭を中を漂う。


 そして、しばらくしてその言葉の意味を思い出し、息を呑んだ。

 どうやら事態は思っていた以上に厄介なようだ。

 この男は単なる考古学者では無い。


「プロミさんだったか。初めましてだな」


 すっかり雰囲気の柔らいだ男が、笑顔でプロミに手を差し出す。私のちっぽけな心臓は早鐘を打ち始めていた。


『考古学を学ぶ者、考古学者の多くは日々の命を繋ぐ為に研究などを行っている。だが、中にはこの灰の世界を灰炎かいえんの日以前の状態に戻そうとする者たちもいるそうだ』


 いつの日の思い出か。

 古文書に目を落としたまま、気だるげな面持ちで語る先生の姿が脳裏にありありと浮かび上がっていた。


『彼らに会ってしまったら、決して自分が火葬人であることを言ってはいけないよ。彼らは憎んでいるんだ。灰を、火葬人おくりびとを、終わりを享受する事をね。だから彼らは、火葬人おくりびと相対あいたいする者として、恢復人むかえびとと呼ばれるんだ——

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