東京二十四区~チェンジリングの子供たち~

亜未田久志

第1話 妖精郷の簒奪者


 風になびく金糸の前髪を鬱陶しく手で払う、そろそろ切り時だろうか? 周りからはこの髪は黒く見えているのだという。十六になる今でも信じられない。自分の目がおかしくなったのではないかと祈晴弥いのりはれやは思った。しかし両親は黒髪黒目で遺伝的には周りが正しい。この違和感に加えて晴弥は非常に感情の機微に疎く。その心は「玉鋼」とまで言われた。そしてそれを心外だと思う感情さえ、彼は持ち合わせていなかった。そんな彼が生まれて初めて心を揺り動かされる瞬間が来る。

 女だ。自分と同じ金髪碧眼の女がいた。そしてなにより彼女の背からは虹色の翅が生えていた。コスプレなどではない。はっきりそう思えた。初めて見た「同類」に晴弥は無我夢中だった。思わず彼女の後をつける。向かった先、路地裏で彼女は突如として金髪の集団に囲まれる。それらもまた、自分と同族だと彼は気づいた。

「此処まで追って来ましたか、妖精区を出れば逃げ切れると思いましたが、いいでしょう。逆賊になるならば我が民であろうと討つまでです」

「逆賊はお前の方だアヴローラ・フォン・フェアリア。妖精姫を騙り、ハレルヤ様に歯向かう愚か者め」

「ハレルヤ、ね。イグニシアが立てた後化こうか妖精如きが王族になろうなどと」

「貴様!」

 そこで極光が煌めいた。それは剣だった。光輝く黄金の剣。

王剣行使おうけんこうし

 彼女は虚空に浮かぶそれを掴むと宣言する。

灼陽開闢しゃくようかいびゃく!」

 比喩抜きで路地裏に太陽が顕現する。その一閃はそこに居た集団の全てを薙ぎ払った。

「弱い、あまりにも弱い、それでも妖精兵ですか!?」

 その翅の生えた背後に一人、剣を持った男が隠れていた。それに気づいたのは遠巻きに眺めていた晴弥だけだった。思わず彼は飛び込んだ。剣に刺される。そんな未来を視た。

悲剣行使ひけんこうし

 心、非ず、しかしてその剣は目の前の者を救うだろう。

招来逆行しょうらいぎゃっこう

 五秒後の未来が書き変わる。男は晴弥の一刀の下に斬り伏せられる。彼女、アヴローラが振り返る。そこには晴弥一人。

「あなたは?」

「こっちからも質問いいか? これ、なんだ?」

「は?」

「お前、人間じゃないんだろ。俺は一体なんなんだ」

 アヴローラが晴弥を観察する事、数秒、得心いったように頷く。

「なるほど、チェンジリングの子供か」

「チェンジリング?」

「あなたのハレルヤとそっくりの相貌、間違いありません、貴方はイグニシアによって入れ違えられた妖精の子供です」

「よう、せい?」

 人間じゃない、何者か。

 此処じゃない、何処か。

 普通じゃない、異常。

「俺が人間じゃないって言うのかよ」

「ええ、だってその剣、妖精剣がその証でしょ?」

 いつの間にか握られていた西洋剣、彼女の物ほど豪奢じゃないにしろ、綺麗だった。

「悲剣、ね。まあ一般的な妖精剣だわ。『妖精は人の心非ず』を表した象徴だもの」

「妖精に人の心が無い?」

「ええ、私達は人間のフリをするだけの御伽噺フェアリーテイルの怪物なのですから」

 お前に心は無いのか? そう友人から言われた事があった。クラスメイトが交通事故で亡くなって、みんなが泣いていた。そんな時に一人だけ。泣きもせず、ひたすら無表情だったのが晴弥だった。彼にはその悲しみは分からない。分からないから寄り添う事すら出来ない。そう思っていた。だけどそもそもそういう種族だというのなら諦めもつく。

「そうか、そうだったのか」

「さて、と。そろそろ私は行きます」

「何処へ?」

「東京の二十四番目の都市『妖精区』へ」

 その答えに思わず返した。

「だったら俺も連れていってくれ!」

 剣から手を離し、彼女の手を取る。

 それさえ人のフリ。それでも構わない。

「あんたと一緒なら、自分が何者か分かる気がするんだ」

「おかしな人、いいでしょう。危険な旅になりますよ。何せ私は妖精郷の簒奪者なのですから」

 その意味が示すところを、晴弥はまだ知らない。

 それでもいい、その身を投げ打ってもいいとさえ思えたのだから。それさえ偽物だとしてもきっと救えるものがあると信じていた。それはきっと少年の恋心、悲剣こころあらずのつるぎを振るう妖精の旅が、今始まる。

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