第24話 どこへ……どこかへ⑤
部屋に戻ると、屋根と壁に囲まれているのはこんなに暖かいんだとあらためて思う。温かいお茶を飲んだらさらにほっとして、思わず笑ってしまった。サリリも笑い出した。星はきれいだったけど、なんで好んであんなに寒いところにいたんだろうという気になってきた。
「あの人も、三度危険な目に遭ったの?」
「あの人? ああ、彼のこと?」
サリリはしっかりと手で包みこんだカップから一口お茶を飲んだ。
「一度だけあったみたいだよ。盗賊に追いかけられて、崖から飛び込んで、谷底を流れる川に落ちて、そのまま近くの村まで流されていったことがあったって」
「それ、助かったって言うの?」
「まあ、命は助かったし、骨折もしなかったみたい。気絶はしてたみたいだけどね」
旅人としてやっていくのもけっこう大変そうだ。私は、とてもじゃないけど、あの山の上から、下の川に飛び込んだりなんてできない。それでも、生きるか死ぬかの場面になったら飛び込むのだろうか。でも、私はそこまで行かないような気がする。女子だからなのか、もともとの性格の問題なのか、育った環境のせいなのか。
訊いていいのかどうか散々迷ったけれど、訊いてみるとこにする。
「あの実を食べると、年をとらないって」
本当なの? と続けようとして、あの、とても演技で元旅人をしていたとは思えない少年や、明らかに大人だったモナムさんのことを思い出して、「どういうことなの?」と続ける。
「どういうことって言われても……」
「あの樹の実を食べなくなったら、年を取るようになるの?」
「あの実を食べた時点で、もう普通の人とは違う人になってるんだよ」
どこかのタイミングでこのセリフを聞くことを、自分はずっと予期していたような気がした。
「有泉さんがあんまり驚くといけないからあえて言わなかったんだけど、気になるんだったら言っておくよ。あの場所はとても特殊な場所で、あの樹は特別なものなんだ、まあ、有泉さんにしてみれば、今この世界にいること自体が特別だとは思うんだけど。
なんでそうなっているのかは、僕にもわからない、僕は物心ついたときからそこにいて、樹と暮らしていたから、僕にとっては、この世界で普通の人の暮らしが普通ではないからね。旅人だった彼が来るまでは、それが珍しいことだって知らなかったわけだし。僕はそこにいて、そうやって暮らしてたとしか言いようがないんだけどね……、でも、有泉さんは植物に詳しいから、不思議に思ってたでしょう? なんであんなに乾燥してて、寒くて、植物が育つのが大変そうな場所で、あの樹だけ元気で葉もふさふさしているのか」
「まあ……」
「そもそも樹と話ができることだって、普通じゃないもんね。あ、もしかして、こっちの世界ではそういうのは普通だって思ってた?」
「旅人の石みたいなものがあるから、そういうのもけっこう普通なのかと思ってたんだけど……」
「旅人の石だって、たまたま僕が、今は有泉さんが持っているから、そういう関係の人が集まるだけで、普通に生活してたら、一生知らないままでいるか、知っているとしても、言い伝えかなにかだろうって思われてる程度のことなんだよ。知らないまま生きている人のほうが、圧倒的に多いんだ」
それまでも薄々気になっていたことだったけれども、こうしてはっきり言われてしまうと、やはりけっこうショックだ。
「まあ、そういうことをいろいろと知ったのも、外に出て旅をして、いろいろな人の話を聞いたからなんだけどね。僕なりの解釈であって、不十分なところもあるし、間違っているところもあるだろうし、またいろいろな人の話を聞いたら、考えも変わってくるかもしれない。
でも、モナムも言っていたように、自分がどこから来たのかを知らないでいるのって、なんだかとっても心もとないんだよ。僕がなんでここにいるのかは、なんだか普通の人に比べるとかなり違っている気がするから、きちんと知るにはもっともっと時間がかかるかもしれないけど」
なんと言ったらいいのかわからず、私はただ黙っているしかない。
「前に話したことがあったかもしれないけれど、山を怒らせないようにする方法って、それがね、ああいう山のための場所に、人を置いておくことなんだ。山の近くにはたまにああいう場所があって、そこに人がいる間は、山は人に優しくしてくれるんだ。
そういう場所には、必ずああいう樹がある。樹はそこにいる人が死なないように見張っているというか、手助けしてくれるし、あの樹の実を食べると、若いままでいるようになるし、餓死したり、病気になったりすることもない。もちろん普通の樹ではないし、いつ誰が、どうやって植えていったのか、僕は知らないし、旅の途中でも知っている人には会えなかった。樹も、知らないふりをしているのか、本当に知らないのか、詳しいことは教えてくれてない。
でも今のところは、そのルールに従ってやってくしかないんだ。僕が外に出ているときは、彼にあの場所にいてもらわないといけない。彼は見た目は若いけど、それでも百年とか、それなりに人が生きられる年月を超えたらさすがに生きていられないかもしれないし、全然問題ないのかもしれないし、それもわからない、そもそも今何歳なのか僕も知らないし、自分でもあまり気にしていなかったんだけど。
まあ、それが僕たちの、ここでの生活なんだ」
私が返答に困っていると、
「でも、よかったよ、誰かに話したいと思っても、この世界の人に急にこんな話はできないもんね。有泉さんがいてくれてよかった」
それは好意的に受け取っていいのか、ある種のどうでもいい存在のように思われているのか、どっちなのだろう。
それに、こんな話を突然聞かされて(それとなく知っていたことではあるにしても)、飲み込もうとしても、すぐには難しい。
「すっきりしたら、なんだか眠くなっちゃった」
本当に眠くなったのか、気まずくなって話を切り上げたくなったのかはわからなかったけど、そう言われてしまうと、仕方なく電気を消すしかなかった。
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