第22話 どこへ……どこかへ③
舗装されていないながらもそれなりに平らだった道路は、次第にぼこぼこするようになってきた。絶えずがたがたいっていて、体が上下するので寝られもしない。
真っ暗な夜の中を走っていると、どうしてこんなに村と村との間が離れているんだろうと思えてくる。
村って、どうやってできたんだろう。水があるとか、農業に適した土があるとか、気候が快適だとか、そういう住みやすい場所には自然と村ができて、住みにくい場所には誰もいつかないということなのか。それにしても、最寄りの町からこんなに遠く離れて住む必要もないんじゃないかと思ってしまうけど。辺鄙なところが好きな人たちが住んでいるのだろうか。
そんな思いついたことをサリリに言ってみる。
「まあ、そうとも限らないんじゃないの。さっきの町と、これから行こうとしている村の間には、昔は十くらい村があったのかもしれないし。それが、なんらかの理由で、真ん中にある村がなくなっていって、今では端と端だけが残っているのかもしれないよ」
日が沈んでから、車のライト以外の明かりを一度も目にしていない。まだ夕方を過ぎてからそんなにすごく時間が経っているわけではないのに、今はもう真夜中なのではないかと思ってしまう。
こっちの世界にきてから、初めて長距離バスで移動したときのことを思い出す。これからも、こうやって、通過したことはあるけれど知らない場所が増えていくのだろうか。今は、ただ単純にうれしいけれど、あの旅人みたいに、それがずっと続いたら、どう思うようになるのだろう。
明るくなってきたな、と思って外を見ると、遠くに小さな明かりが見えた気がした。いったん意識すると、その明かりはぐんぐん近づいてきた。
広場につくと、ミニバスは、今まで何時間も走り続けていたのがうそのように静止した。私の体はまだバスが止まったことに気づいていないのか、小刻みに揺れているようだ。ここからは自分の足で歩かないといけないことに、だだをこねるかのように、立つのがおっくうに思われた。
バスを降りると、サリリは運転手さんに何か尋ねた。運転手さんは、携帯電話を取り出して、誰かに電話した。話が終わると、うまくいったみたいで、サリリはお礼を言って、こちらに戻ってきた。
「泊まる場所、あるって。今から迎えに来てくれるみたい」
乗客もバスも、あっという間に静かな町に吸い込まれていく。広場にいるのは、たちまち私たちだけになる。
周囲にはそれなりに家もあるけど、音も光も全然漏れてこない。ここでは、夜はみんな活動しないことにしているのかもしれない。
「みんな、もう寝てるのかな?」
「ここ、電力があんまりないのかもね」
確かに、電気が少なかったら、早く寝て、朝早起きするだろう。どこに泊まるのか知らないけれど、宿の人も寝ていたのを起こしてしまったのだったら申し訳なかった。
「お金って、あるの?」
「うん、少しは持ってる。大丈夫だよ」
最初のうちは寒いことにも気づかなかったけど、気持ちが落ち着いてくると、ここはかなり寒いということに気づいてきた。
本当は、数時間前にいた街の大きなバス停へ行って、東へ向かうバスに乗らないといけなかったらしい。それが、南へ向かうバスに乗ってしまった。予想もしていなかったような場所に着いてしまって、しかも思っていたよりも寒い。
「低い建物が多いね」
「あんまり人がいないから、家を上に広げる必要がないんじゃないのかな」
「家って、上よりも横に広げるほうが簡単なの?」
「作ったことないから知らないけど、一階建てなら多少曲がっててもいいかもしれないけど、二階、三階と積んでいくと、下の積み方が悪かったら、全部曲がってしまうから、まあ、難しくなるんじゃないのかな」
「よく知ってるね」
「知ってるんじゃなくて、考えただけだよ」
そう言われると、私がなにも考えていないみたいな気がしてしまう。そう言おうとすると、
「何か見える。人かな?」
サリリが見ている方向を見ると、遠くから、白いものが近づいてきているようだ。気のせいかも? とも思いながらもじっと見ていると、それらは徐々に大きくなって、見分けやすくなっていく。やっぱり人だ。二人いる。
いつの間にか月も出ていて、明りの下では、白い色がとても目立つ。近づくにつれて、服の裾には青い線が入っているのが見えてきた。
「君がサリリ?」
「はい」
二人のうち、少し若く見える人が口を開いた。
「遠くから、よく来たね。少し歩くけど、かまわないね?」
うなずいて、私たちは、二人についていった。その二人は、彼らだけで話すときには、やはり地元の言葉を使っているようだった。
「わあー、なに言ってるのか、全然わかんないや」
サリリは楽しそうだ。
「サリリも知らない言葉なの?」
「旅人の石をつけていれば、多分わかるようになるんだけど……、少なくとも前回の旅では、ここの言葉を話す人に一人も会ってなかったってことだね。だいぶいろいろ回った気はしてたんだけど、やっぱり世界って広いね」
人工的な明かりがほとんどない中、月の明かりだけで歩くのは、たぶん初めてだ。
森や高い建物もなく、光を遮るものもないので、歩くのにそんなに支障もない。暗い中にいると、それなりに、目も暗さに慣れてくる。
やがて、キャンプ場にあるバンガローのような建物に案内された。一階立てで、窓がいくつかついている。案内してくれた人は、鍵を開けて、軽く室内のことを説明すると、サリリに鍵を渡して去っていった。
二人とも眠そうだった気がする。やっぱり、もう寝ていたのを私たちのために起きてくれたのだろう。
中には二段のベッドと、部屋の真ん中に小さなテーブルと椅子が二脚あった。テーブルには、ポットとコップが置いてある。サリリは二段ベッドの下の段に腰を下ろし、そしてそのまま、布団の中に潜り込もうとした。
「あのさ、私たち、夜ご飯食べてないよね?」
慌てて確認する。
「ああ、そうだっけ。なんだか疲れちゃって、忘れてた。食糧なら少しあるよ。食べる?」
私は薄々感づいていた。サリリは、あまり食べなくても大丈夫なのだ。たまに、あの樹の実を乾燥させたものを食べると、それでかなり持つらしい。
ひとまずお茶でも飲もうと、テーブルの前へ行く。ティーパックも何個か用意されていたけど、少年からもらった植物の葉っぱがあったので、それを浮かべて飲んだ。
なんだか、懐かしい味に思える。あの場所を出たのは今朝なのに、今日はそれほど長い一日だったということなのか。
「レーアには、明日会いに行くの?」
「旅人の石を見せてくれる?」
答えになってないような、と思いながら手を差し出す。サリリは石をじーっと見る。灯りが暗めだから、色がよくわからない。
「多分、前回と同じで、あんまり長居しないほうがいいと思うんだ。この町から出ているバスは、朝の三時代のものが一本だけだし、明日それで出ていくのはさすがに大変だから明後日の朝出るとすると……、それからレーアのところへ行くにしても日帰りは無理だし、やっぱり一度山に戻らないといけなさそうだね」
「なんで山にいると石が回復するの?」
「あまりすることがないから」
つまり、石も山の上だとひまだということか。
「そんなにレーアに会いたかった?」
「べつに、そういうわけではないけど」
なぜだか私はイライラしていた、自覚する前に、サリリにそれとなく気づかれてしまったから、余計苛立たしくなったのかもしれない。そもそも、レーアがどういう人なのかも知らない。サリリに振り回されているような気がしてきた。
気持ちが落ち着かないのはおなかがすいているせいかもしれないと、パンにチョコレートを挟んで食べてみたけど、あまり変わらない。
おなかが満たされると、今度は眠くなってきた。
「今日は疲れたね」
「今日はゆっくり寝てね。明日、朝食は七時半から八時の間に、向こうの建物でだって。じゃあ、また明日」
上のベッドに上がって横になると、すぐに意識がなくなった。
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