第20話 どこへ……どこかへ①

 そうしてまた一週間が経った。

 来たばかりのときは満月に近かった月が、だんだんと瘦せていって、すっかり見えなくなったと思ったら、昨日は下限の細い月になっていた。

 一週間前に蒔いた種を、あれから毎日見回っている。小さい種を蒔いたエリアからは、もう芽が出始めている。針のようなすーっとした子葉を見ていると、どんな姿に成長するのか、わくわくする。

 小学校の途中で転校した私は、それ以来学校にはほぼ友達がいないので、こうして庭に種を蒔いて、芽が出て成長していくのをよく一人で見ていた。そういうことをしていれば、特に寂しいと感じることもなくて、それなりに世の中と関わっていることを感じられたのかもしれない。

 テレビを見ても、買い物に行っても、遊園地や公園に行ってみて、それなりの楽しさは得られても、それなりだった。植物が育っていくのを見守るような楽しさは、私にとっては種類が違う、

そんなことを思っていると、やっぱり戻っても特にいいことはないのではないこと思ってしまう。こっちの世界でも、植物が成長するのを、こうやって毎日、もしくは毎年見ていられるのなら、どこにいたっていいんじゃないかと思えてくる。

 少なくともここにいれば、サリリや少年と話していられるんだから、それはそれで楽しい。

 私はいつも一人で、いつの間にかそれが自然な状態になっていた。

 一度親に友達がいないことがばれて、大騒ぎされたことがあって、無理矢理周りの人と仲良くさせられそうになって大変だったことがあった。そういう自分は以前いた地域の人と仲良くしていて、こっちの人たちとはあまり関わっていないようだけど、大人は自分で友達を選べるから楽なもんだね、と言ったら一応静かにはなったけど、それ以来、あまり安易に周りの人を信用しないようになった。向こうも私のことは扱いにくい子供だと認定してあまり干渉しなくなって、その分弟を余計に可愛がるようになった。弟もなんとなく雰囲気を察して、私にはあまり話しかけてこない。家の中は学校より多少はましだとしても、どこにいても、いるだけで疲れた。最近そういう余計な緊張を強いられないので、体も気持ちも楽だった。こっちにいたほうが、私は幸せなのではないだろうか。

「あ、芽が出たんだね」

 顔を上げると、サリリがいた。

「有泉さんのうれしそうな顔、久々に見た」

「まあ、最近あんまり面白いことなかったしね。またどっか行きたいよ」

「世話しないと芽が枯れちゃうよ」

「せっかく出た芽のためにも、私、向こうに戻んないほうがいいかも」

 サリリはにやっとすると、私の腕にはまっている石に目をやった。

「だいぶ回復してきてるね。そろそろどっか行こうか」

「でも、芽が枯れちゃうかも……」

「あと二、三日して、芽がそれなりに目立ってきたら、水やりのし甲斐が出てくるから、きつと彼が代わりにやってくれるよ」

 急にうきうきし出したサリリを見て、本当はサリリのほうが早く出かけたかったんじゃないかと思った。


 数日後、この間と同じようにして、私たちは山の上から外の世界へと出かけた。

 今回は、家を出たときにはすでに月が沈んでいたので、真っ暗だった。この間よりも、さらにものすごい量の星が空を埋めていた。

「サリリ、ちょっと、これ、なに?」

「今日は月がないから、真っ暗で、本来の空の姿が見えてるんだね。驚いた?」

「すごい。こんなの見たことないよ。私たちも大して灯りは点けてないのに、それでもやっぱり明るいんだね。なにもないと、こんなに違うんだね」

 山の上では霧がかかっていることも多いのだろうか。ここでは、少し降りたほうが、かえって星が見やすいのかもしれない。

 じっくり星を見る間もなく、大きな石の前に着いてしまった。私はまだ空を見上げていたかったけど、サリリはさっさと出発したいらしくて、仕方なく石の上に手を置く。あっという間に星空は消えて、私たちはまた、例のバス停にいた。

 こちはらすっかり朝になっている。この間と同じように、大きなバスに乗りこむ。似たような街中を通っているけれど、途中で方向が変わった気がした。前回とは違う方に向かっているようだ。

 サリリは出かけると決めたそのときから、なにかを調べ始めていた。忙しそうというか、夢中になっていたのでなかなか声をかけられなくて、けっきょくなにを調べているか訊けなかった。だから、今私たちがどこへ向かっているのか、私は知らない。

 バスがどこに向かっているのか、私たちはどこを目指しているのか、まるで知らなくて、全然知らない世界で、全然知らない人たちに囲まれて、でも、知らないってわくわくするなんて思ってしまう。サリリからなにか言われるまで、私からは特になにも訊かないでおこうと思った。

「旅の話の続きを聞きたいな。なにか面白い話はないの?」

 山の上に戻ったら、そんなこともすっかり忘れてしまっていた。こうしてバスに乗っていると、この間と似た状況にいるせいか、急にそんなことを思い出した。

「うん、今ちょっと眠いから、少し寝てからね」

 サリリはそう言うと、ころっと眠ってしまった。

 バスの中できょろきょろしていると怪しまれるので、ほかにどんな人たちが乗っているのかよく見ていないけど、子供二人で乗っているのは私たちだけのようだ。

 サリリが寝てしまって、ふと、私たちは周りの人たちからどう思われているんだろうと気になってくる。旅人の石の作用で、あまり注目されないようになっているならいいけれど。

 寝ているサリリを見て、それから窓の外の景色を見てみる。

 今通っている道は、この間通った道よりも乾いているような気がする。

 サリリの話によると、今回は南へ向かっているらしい。ここでは、私がいたところと違って、南へ向かうにつれて寒くなるのだ。

 地面の色は、いかにも湿り気が感じられない乾いた色だし、木にしても、背丈の低い灌木しか生えていない。

 いったん民家が見えてきたなと思ったら、あれよという間に家が増えてきて、気づいたらもう街の中にいた。バスは比較的大きな街に到着していた。

 着く直前まで、こんなになにもないところをずっと走っていて、その先に人がたくさんいるなんて本当なのだろうかと少し疑っていたのだけど、ちゃんと街があったので、ほっとした。

 大きいバスでここまで来たら、それから小さいバス、ミニバスに乗り換えて目的地まで行くらしい。ミニバスが出発するまでけっこう時間があるようなので、市場をのぞいてみることにする。

 市場と言われて、路上に屋台がたくさん建っている場面を想像していたら、実際にあったのは、コンクリートでできた二階建ての建物だった。その中に、ぎっしり店が入っている。

 今日は休みの店が多いようだ。開いている店を探しながら進んでいくと、人の気配が感じられてくる。ようやく、開いている店を発見する。その店は楽器も扱っていて、日用品や、なにに使うのかよくわからないものと一緒に、小さいギターのような楽器も何台か売られていた。

「これ、知ってる?」

 サリリに訊いてみたけど、知らないようだ。お店の人に言って、触らせてもらう。二人していろいろ試してみても、どうも弾き方がよくわからず、笑われた。

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