第19話 再び山の上⑤

「サリリは、陽が出るところを何度も見に行ってたの?」

「うん、戻って来たら、なかなか見られないと思ってたからね」

「こっちにいるときでも、旅をしてる途中では、見られたんじゃないの?」

「見られる場所にいるときもあったけど、陽が出る前の薄暗い時間帯って、人気もないし、地域によってはけっこう危険なんだよ。夜よりも盗賊は少ないにしても、朝日を見るためには、たいがい町から少し外れた場所へ行くわけだからね。いくら旅人の石を持っているからって、そこまでやんちゃなことをしてたら、石だって僕を守りきれないよ」

 そんなもんか、と思いながらうなずいてみた。

「有泉さんは、まだあっちに帰りたいと思わないの?」

「今のところは、まだ思えないかな。今サリリの話を聞いて、一度くらいちゃんと朝日を見とけばよかったなとは思ったけど」

「まあ、まだ時間はあるしね」

 サリリはそう言うと、自分の部屋へと戻っていった。

 今ではすっかり日常の風景になってしまった、崖の下を流れる川を眺めていると、少年がやってきた。

「なにしてるの?」

「なにもしてない」

 自分の口から出てきた言葉を聞いて、なんだか苛立たしくなる。

「はっきり言って、すごくひまなの。私はここでなにをすればいいの?」

「サリリは本を読んでるよ」

「私には読めないし」

「字を覚えればいいじゃないか」

「だって、あと数週間しか……」

「帰りたくないんじゃなかったの?」

 彼の言ったことは本当のことだったけど、けっこう意地悪に思えて、言い返せなくなってしまった。私が黙っているせいか、彼はまたどこかへ行ってしまった。

 川を見るのも飽きてきて、立ち上がってその辺を歩き回っていたら、またサリリと会ったので、今あったことを話してみた。

「有泉さん、他にも得意なことあるじゃない」

「ないよ」

「植物を育てるの、好きだったんじゃないの」

「そんなこと言ったって、こんな、つんつんした草くらいしかないじゃない、ここには」

 鼻で笑ってしまうくらい、ここにはほとんど植物らしい植物はない。

「確かにそうだけど、でも、種ならあるんだよ。残念ながら、僕たちは植物を育てることには向いていないらしくて、芽が出ても水やりを忘れてしまうから、育ててないだけなんだ。ここはめったに雨が降らないし、見ての通り、太陽の光も強いし、乾燥してる。よそから持ってきた種だと、ある程度大きくなるまでは一日でも水を忘れると枯れちゃうんだ」

 最近どっかで聞いたような話だなあと思う。

「こんなにすることがないのに、水やりもできないの?」

「僕たちはそこまでひまじゃないからね」

 サリリは笑った。

「それに、僕らにとって身近な植物って、この樹だけだからね。この樹はもうとっくの昔に水をやる必要なんてないほど深く根を伸ばしているし。植物に育ててもらうことは知っていても、育てるものだってことは、つい忘れちゃうんだよね」

「せっかく育てても、私がいなくなったら枯れてしまうんじゃ、かわいそうだな……」

「大丈夫だよ、ある程度大きくなれば、植物も根を張って自分たちでやっていけるだろうし。それに、ある程度目につく大きさになれば、さすがに僕たちも植物の存在を忘れないよ」

 なんだかものごとを都合のいいように解釈しているのではないか、そんな疑いの目で見ていると、いつの間にか少年もやってきた。

「私が買ってきた種もある」

 などと言い出す。

「旅人が種を買うだなんておかしいかな? いつか落ち着く地ができたら蒔いて育てたいと思っていたんだ。ここに来てから何度か試してみたものの、やはり枯らしてしまってね」

「何年前にここに着いたのか知らないけど、そんな昔の種が芽を出すの?」

「やってみないとわからないだろう」

 これ見よがしにため息をついてやろうかと思ったけど、ひとまず、やってみることにした。時間は山ほどあるのだ。

 色々な種があった。どんぐりのような大きさの茶色い種は、言われなければ食糧だと思って食べてしまいそうだ。実際食べることもあるのかもしれない。

「どれくらいの深さに植えたらいいのかな」

「知らないね」

 大事に持ち歩いていたくせに、少年は無責任だ。

「有泉さんは植物のことよく知ってるから、有泉さんがやることだったら、なにをやっても僕たちがやるよりましだよ」

「でも、こんな種、自分で植えたことないよ」

「大きい種の特徴って、どこに行っても、似たようなものなんじゃないの?」

 大きい種の特徴……、養分を豊富に備えていること、だろうか。小さな動物がエサとして地中に保存して、そのことを忘れたり、埋めた動物がいなくなってしまったりすると、しめたとばかりに発芽する、どんぐりみたいに。そんなことを本で読んだ覚えがあった。

「じゃ、ちょっとやってみるかな」

 棒を用意して、五センチか十センチくらいの穴をあけて、そこに種を入れ、土をかぶせた。

 他にも種は何種類かあった。吹いたら飛ぶようなぱらぱらしたものもある。そういうのは、あまり深く土を被せてはいけなかったはずだ。出てくる芽も小さいので、被さった土が厚いと、なかなか地上に芽を出せない。ぱらぱら蒔いて、土とちょっと馴染ませるくらいにしておく。他の種も、形を見つつ、蒔き方を変えてみる。

 蒔き終えてから気づいたけど、ここにはジョウロというものがないようだった。

「今までどうやって水やってたの?」

「ん? このタライに入れてやってたよ」

 少年は、二リットルは水が入るかという入れ物を差し出した。これでは、洪水の後に発芽するような種でないと、発芽なんてとても無理だ。芽が出る出ないの前に、種を全部流してしまっていたんじゃないか、この人たちは。

 小さめの器を探して、底に穴をたくさんあけた。もう一つの器に水を汲んで、種を蒔いた土の上で、穴を開けた器に移し替えてみて、そうしてなんとかぱらぱらと水を撒いた。そんなことを何度か繰り返し、地面をしっとりさせた。

 どんぐりのような種はそれなりに間隔を開けて蒔いてみたりしたけど、それでもある程度大きくなったら間引くことになるのだろうか。そのときまで、私がいるかどうかはなんともいえないけれど。

「そういえば、有泉さんは、なんで植物が好きなの?」

「理由があったほうがいいの?」

 サリリはにやにやしている。

「なんだか有泉さん、僕みたいなこと言ってる」

「そうかな?」

「そうだよね、好きだから好きなんだよね。理由なんて後づけでしかないよね」

 サリリはにこにこしながら、去っていった。

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