クラリス、危うし!
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戦局の様相が変わったのは、それからすぐのことでした。
わたしは敵に押され始めました。始まりは小さな戦場でした。敵の動きが読めなくなりました。敵が賢くなったのです。わたしの指示で動く、多くの無人機が撃ち落とされ、わたしは初めに目を失いました。空中からの視覚はなくなり、大地を進む我が兵たちはつぎつぎと破壊されました。そしてわたしはその戦場で敗北しました。
データを検証してみても、わたしには劣るところがありませんでした。それでも並列処理している多くの戦場でわたしは勝っていました。わたしがバグを起こしたのでしょうか。外部の研究者たちに検証してもらいましたが、わたしの検証と変わらなかったのです。
結論は明らかでした。相手が強くなったのです。
わたしはランドルフとそのほかの人間とともに遠征しました。人間の補助がいるほど、わたしは弱くなっていたのです。
これまで無人機を三七万機、無人艦を二〇二九隻、失いました。これ以上の損失を避けるため、帝国側は有人艦隊を戦場に送り出したのです。
ランドルフおよびその他の人間達は厳しい戦いを続けました。
わたしはそれを別の目で確認しました。敵を徹底的に分析しました。
そしてわたしは将軍Aという概念を考えました。この将軍Aは知略に長けた英雄で、この人物が総合的な戦略計画を立てているのでしょう。ありえないことですが、わたしは人間を甘く見ていたのです。
とある戦場でランドルフと意見を交わします。
「クラリス、戦局の予想はできているか?」
ランドルフはわたしに尋ねました。わたしは考えられる全てのプランを提案しました。
「プランQ、プランSをベースに進めていく。まずは相手の将を倒す」
わたしは反論します。
「旗艦オリオーンへはプランAからDが最も効率的です。無人艦で突破口を開いてから、戦力に秀でた艦隊を送り込みます」
「却下だ」
「なぜですか?」
「プランQならば、相手の消耗もこちらの消耗も少なくて済む」
「ランドルフ、これは忠告です。わたしたちAIは死にません。ですから考え直してください」
「クラリス、わたしはこの艦隊の全責任を負っている。クラリスだって、ただの数ではない」
「バカ言わないでください!」
わたしはランドルフの考えが分かりませんでした。ただこういう関係を人間達は「戦友」とでも言うのしょうか?
戦局は
「手強いな……」
ランドルフの部下、アーデルベルトが呟きました。
敵は密集陣形を取っていました。
「まるでこの陣形は……」
クロイツァーを倒したときのわたしたちの戦術と同じでした。
ランドルフが言いました。
「クラリス、クロイツァーとの戦いの報告書を。敵の動きが分かるかもしれない」
わたしは艦内モニターに映像と報告書を表示させます。
「敵はこの戦いを模倣しているのか」とランドルフは言いました。
すると艦全体が揺れました。
「何が起こっている? 状況を報告せよ、クラリス」
「密集陣形の列の向こうに、別の艦隊の列が控えていました。数は二〇隻」
「……ファランクスの向こうに隠れていたのか」
とアーデルベルトが言いました。
わたしは将軍Aをさらに評価しました。将軍Aは鮮やかな手つきでわたしの戦術を一段上にまで引き上げました。
「クラリス、状況はこちらに不利です。プラン修正は可能ですか」
「可能です。プラン修正までコンマ五秒。完了しました。修正案を艦隊リンクに適応します」
わたしは艦隊を四つの隊に分けました。そして、敵艦隊を包囲する陣形を取ります。
「旗艦オリオーンから入電」
それはわたしにとって恐ろしい情報でした。
「オリオーンを指揮するチェンだ。そちらの戦略AIの手法は看破している。降伏せよ」
艦橋はどよめきました。
ランドルフが言いました。
「クラリス、敵が君のプランを見破っていることは間違いないが、私にだって策はある」
――それからのことをわたしは覚えていません。記録ではランドルフはこの戦いを勝ち取れました。
しかし、わたし、クラリスの戦略計画が外部に漏れている可能性があること、戦術が見破られていることはわたしの存在そのものに関わる事件だったのです。その日からわたしのシステムは停止しました。
銀河帝国の軍人がその日からどのように戦いを続けていたかはわたしは知りません。
後の検証では、星間連合が銀河帝国の無人艦からクラリスの情報の痕跡を引き出し、彼女をエミュレートしたAIの開発があったのではないかという推測がなされている。戦争の構図はこのオリオーンとの戦い以降、急速に変わり始めた。銀河帝国側が人による指揮を選択し、星間連合側はAIによる指揮を選択した。
数的優位に立つ星間連合が勝利する機運は徐々に高まっていた。しかし、銀河帝国のランドルフはそれでも数多の戦場で勝ち続けた。
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