非合理の理由

 星間連合艦隊が後退したランドルフ艦隊の穴を狙って攻め込んできたのは、それから二五六時間後のことでした。戦場は流動的なものです。そして突撃というのは恐ろしい戦術です。

 星間連合の将軍クロイツァーは狡猾でありながら、大胆な戦術を仕掛けてくる曲者でした。眼鏡をかけた非対称の髪型の、どこか信頼してはならない雰囲気の男です。彼が常に浮かべている微笑みにはどこか影がありました。

 わたしは速やかに防衛ラインを構築します。けれど損害は大きかった。戦艦二〇隻がそこで沈みました。わたしはそれでも戦いを止めませんでした。

 背後には首都星ヴェーガデイオンがあります。戦艦アークで指揮を執るミネルヴァ・ローレルはわたしと戦況について議論を交わします。ミネルヴァは左眼に眼帯を付けた女性将官で、鷹の目を持つと言われる英傑えいけつです。

「クラリス、状況は厳しい。なにか手は?」

「無人戦艦を前方に配置し、盾にしてください。密集陣形ファランクスで敵艦を後退させます。防衛ラインを引き上げ、押し返すのです」

「敵艦隊はそれで止まると思うか?」

「止まらないでしょう。ですが相手は人間です。死ぬことに迷いがないはずはない」

「非情だな、クラリス。わかった。お前に従おう」

 戦艦のぶつかり合いが始まりました。わたしたちAIは個をもたないし壊れるということはありません。わたしたちはクロイツァー艦隊を次々と撃破します。もちろん、こちらの損失も著しいものでした。

 戦局も終わりというところで、クロイツァーの艦、ヘカテーは後退を始めます。睨んだとおりです。逃がすことはできない。わたしはヘカテーの転移ブースターに狙いを定めます。ビームが矢のように飛び、ブースターが粉々に壊れます。クロイツァーはもう逃げられなくなった。ランドルフならここで降伏せよと言うでしょう。しかしわたしはそうしない。勝利は相手の死を確認するまで終わらないのです。これはわたしのプログラムです。

 ヘカテーは沈みました。星間連合の作戦は終わったも同然です。

 わたしはこの機会を逃さなかった。

 すぐさま次の作戦計画を立案し、そして反攻作戦を展開する。並行している数多の戦場でクロイツァーの作戦失敗が敵の戦意を消沈させている隙に、です。

 この作戦で、星間連合の領土をいくつか奪えました。そして要塞をひとつ無力化しました。

 ヴェーガデイオンの元帥閣下が目覚める頃には、戦局は変わっているでしょう。


 しかし、わたしは裏切られた。次の日、わたしはランドルフと共に星間連合の要塞アルテミスに派遣されたのです。

 アルテミスは堅牢な要塞でしたし、敵の防衛の中心だった。アルテミスを攻略するより、小さな戦場を攻略していくほうが効率的に領土を奪えた。アルテミスは星間連合の象徴的な要塞でした。全く人間というものはそういうものに弱いものですね。

 ランドルフは、わたしと協調しつつ、戦いを有利に進めました。

 そして彼はアルテミス要塞に歩兵を送り込んだ。制圧は時間の問題でした。

「もういい」

 ランドルフは言った。

「何がですか?」

 とわたしは聞き返した。

「情報によればアルテミスのなかには民間人がいる。これ以上の制圧は必要ない」

「民間人ですって。彼らはこれから兵士になっていくでしょう? 殺さずにおく意味はないはずです」

「クラリス、やめろ」

「それはどういう意味ですか?」

「人道的ではないという意味だ。アルテミスは陥落させる必要がない。このまま奪い取ってしまえ」

 わたしの困惑は頂点に上りました。

「ランドルフ、あなたという人はいつもそうです。非効率、非合理、あなたとはやっていられない!」

 彼の眼差しが穏やかなものとなってわたしのホログラムを見つめます。

「クラリス、辛抱してほしい……」

 彼は憂いを帯びた目で語りました。

「わたしの家族はわたしが三つのときに戦争で亡くなった。その頃の銀河帝国には、クラリス、君がいなかった。星間連合側が公表していない軍事作戦。それは銀河帝国側で革命を起こすという工作活動だったんだ。わたしの家族は星間連合側の協力者だった。家族は捕まり、銃殺された。しかし、わたしの残された家族は憎しみに燃えて、テロリストになってしまった。彼らも死んだ。わたしは思ったのだ。憎しみの連鎖は理性で食い止めなければならない。それが本来、人間にある特別な力なのだ……」

「つまり、人を理解しろというのですね?」

「そうだ、銀河帝国も星間連合も人の国だ。理性と知恵があれば、憎しみの世界は終わる」

 わたしはランドルフの提案を受け入れました。アルテミスを奪うことは確かに理にかなっている。アルテミス要塞が陥落させれば敵の戦意を削げるでしょうし、星間連合が密かに持つ幾つかの航路の一つを奪ったも同然なのです。例えばここから敵の首都星への航路を考えたとき、経由する要所はいくつもないはず。そして大型の転移装置も魅力的でした。

 この広大な宇宙でも確かに地の利というものはある。ライブラリにある宮本武蔵の五輪書を紐解くまでもありませんでした。

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