プロローグ⑤

――

「まあ、なんか色々とあったけど、頑張れよ」

 家に返してくれた際、たかしも一緒だった。

 たかしは家にそのまま帰るようだった。その時にそう声をかけてくれた。特に触れようとせずにそのまま去ろうとした。

 私は呼び止めようとしたが、特にしなかった。

 たかしはソーさんからのお話は聞いていない。だから、私が人間じゃないというのを知らない。たかし程の好奇心旺盛の男の子は知らない。そんな子が、あのようなことを経験しても踏み込んでこないとは、思えない。そういうことはたかしなりに意気消沈の私に気を使ってくれて話さないのだろうか。もしくは、知っている可能性もあるが……まあ、いいや。

「じゃあね。ありがとう」

 私の口からは何も言えない。いうのが怖い。

 だって私は普通の人間じゃないんだよ、なんて言ったら、どんな目で見られるか。嫌われて去ってしまうのではないか。そんな怖さだ。

 だって、私は……。

――



「どういう……こと?」

 私には差別意識があった。無意識に。もし仮に神様がいたとしたら、彼らがそういった気持ちを持ってしまった私に対して天罰を与えたのだろうか。

 家が炎上した。

 火の勢いがますま上がる。口元を抑える。呼吸するのが苦しい。

 その場で座り込む。逃げなきゃとは思いつつも、体がうまく動かない。

「くっくっく……」

「!?」

 炎の中から声が聞こえた。そんな馬鹿なことがある……か……?

「いやあ、嬢ちゃん。おおきにな。悪いけど、そのまま死んでもらえへんか?」

 女性の声だった。炎の中から楽しそうに関西弁みたいなのをしゃべっている。

「だ、だれ?」

 物騒なことを言っていた。このようなことを言いそうなのは、あの男の、仲間ということか……?

「ウチか? ウチはカタリナっちゅうもんや。嬢ちゃんは?」

 私はせき込む。名前は答えられるような状況ではない。会話している場合ではない。早くこの場から逃げなければならない。

「だんまり。まあ、ウチが今からいてまうんだから、名前聞いてもしゃーないわな」

 私はこのカタリナとかいう女性の話を聞いている場合ではないので、逃げようとする。

「逃がさへんよ」

 だが、逃げようとした先に炎の壁が張り巡らされた。逃げ場を失う。

「そんな……」

 私はこのまま死んでしまうのか。そんな……。

 もう死んでもいいのかもしれない。私には誰にもいない。そして、唐突な真実。もう、疲れた。だから、いい……。


「諦めるのはまだ早いんじゃないか?」


 声が聞こえた。その刹那であった。

 一瞬にして周囲に氷の壁が張り巡らされた。

「なっ……」

 私がその光景を見て絶句していた時、また声がした。

「よう。助けに来たぜ。まだ生きてるか?」

「ソーさん!」

 多分ソーさんがやったであろう氷の壁は、炎を私から守ってくれていた。しかし、炎の温度は高く、その壁も解けそうになっていた。

「なんや? ウチの邪魔しよって」

「お前こそなんだよ。他人の家、燃やしやがって」

 ソーさんは、カタリナという女性と対峙する。

「ウチはカタリナや。兄さんの名前は?」

「ソールだ」

「ほう。魂か。ええ名前やな」

「意味が違うけど、まあ、それでいいや。で、お互い自己紹介を終えたところで、もう帰ってくれるか? 俺はこいつを守らなきゃならないからな」

「そっか。残念やけど、ウチはこの子を殺さなあかんのや。兄さん、どうやら氷を操るようやな。ウチとはどうやら相性が悪いようでな。戦いたくはないやろうけど、堪忍してや」

 氷と炎。確かに、相性がある。多分、彼女もソーさんと同じ種族ではあろうけれども、能力に相性というものがあるのか。一つ知った。

「ソーさん……」

「安心しろ」

 ソーさんは平常に話してくれた。焦っている様子はない。彼には、何か策があるのだろうか。

「あ、せや。おもいだしましたわ。もしかして、兄さん、「何でも屋」の兄さんか?」

「ああ。まあ、そうだな」

「金次第で何でもやるて噂やで」

「仕事の内容でお金がかかるってだけだ。それに、大体はやるが、何でもはやらん。気が向いたらやってるだけだ。俺は自分の信条に反することはしたくないんでな」

「じゃあ、依頼してもええ? そこの娘始末してくれまへんか? お金ははずみますさかい」

「断る。さっきいっただろう。なんでもはやらん、て。俺の信条じゃねぇ」

「なんや。つまらんのぉ。でも、信条に乗っているのはええと思う。ただ、せやったら、名前かえなあかんで? 虚偽やないかい。こんなことなら、「何でも屋」改めて「大体何でも屋」とかええんとちゃう?」

「……面倒くさいから、とっとと出てってくれないか?」

「冗談も通じまへんな。これじゃ話をしていてもラチがあきまへんな。しゃーない。ウチからしかけさせてもらいまっせ」

 カタリナは「はあー」と力を込めた。何かの力なのか。髪が重力に逆らい、浮いていく。そして、力を溜めた後、手のひらから炎の球を私に向けて放出した。

「きゃっ!!」

 私はかがむ。身を守ろうとする。

 ソーさんはポケットに手を入れて、余裕そうな風で、氷の壁を出現させた。

 相手の攻撃を何食わぬ顔で防いだ。

「あら。兄さん、お強いな。溜め無しで魔法使えるのやな」

「修業が足りないんだよ」

 そう話をしている間に、家の崩壊が始まる。

「ソーさん、ごほっ」

 私は呼吸をしづらくなっていた。余裕がある二人とは異なり、私はもう限界であった。

「大丈夫か?」

 ソーさんが、肩に手を置き、心配してくれる。だが、敵からの攻撃がやってきた。

 それを、防御壁をつくり、受け止める。

「悪いな。カタリナ。遊んでる暇はないようだ。おい! ロイ!」

「わかりました」

 どこから声が聞こえた。そう思った瞬間、カタリナが吹き飛んだ。

 どこからロイという少年が現れ、横から、カタリナを蹴り飛ばした。

「くっ」

 壁に打ち付けられ、顔をゆがめた。

「このまま続けるっていうんだったら、今から本気で潰すぞ」

 ソーさんがカタリナに脅しをかける。

「……多勢に無勢ってやつやね。しゃーないわ。せやけどな、必ず始末してやるで」

「な、なんで……私を……? どうして、こんなことを?」

「さあ? ウチはただボスに言われてやってるだけやで。恨みはないで。だが、この世界に復讐する、ていう理念に感銘を受けたんや。面白そうやろ? そのためには……」

 家の炎上が、もう抑えられないレベルまで来ていた。このままでは、家が崩れる。

「おっと。じゃあ、またなー!」

 そう言って、カタリナは走ってどこかへ立ち去った。

「ロイ、飛ばしてくれ」

「はい」

 そういう声が聞こえた瞬間景色が変わった。

 どこかの山奥だった。

 私は、まだ現実が受け止められなくて、体が震えていた。

 目の前からは、夜の眠った住宅街が見える。

 だが、そこの一つに明るさを灯し、静寂の夜を照らしていた。

 私の家が燃えているのを俯瞰的に眺めることになっていしまった。

「そ、そんな……」

「……」

 ソーさんは何も言わない。

 あそこには私の思い出がたくさんつまっていた。16年過ごしたあの家に。うまれたときからいて、両親と過ごした。小学校の頃の思い出の物、中学校、高校。私のこれまでの人生があそこにつまっていた。

 今は、両親がなくなってしまい、私の残ったものはあそこしかなかった。あの家があれば、両親の物も残っており、思い出にすがり、現実逃避することはできた。でも、それすらもできない。跡形もなく、燃えて消え失せる。炭となって、崩れ、落ちて、風に流される。あっという前に過ぎ去ってしまう。


「いやああああああああ!!!!!!!!!!」


 私は叫んだ。叫ぶしかなかった。崩壊した。私の心も。支えていたものが切れてしまった。あとはドミノ倒しと同じ。この悲しみと狂気は怒りとなり、とどまることを知らない。


 栄光、却下、妄想、傲慢、沈黙、怒り、沈黙、狂気。


「ソーさん……」

「……なんだ?」

 その、崩壊の先に生まれた感情が一つあった。

 私に震え立たせるものであった。

 私は奥歯をかみしめる。体が震える。握りこぶしをつくり、爪が食い込んで、手からは血が流れた。今の私はこの握りこぶし。血にまみれた振り下ろさんとする握りこぶしに過ぎない。

「ソーさんは「何でも屋」……なんですよね?」

「ああ」

「それなら! 依頼をします! 殺してください! あいつらを! 殺して!」


 ――怒り。私はそれに支配された。


 遠目に見えた燃え盛る炎のように私の感情も――。


 あの家のように……。


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かすがいのこの世に 春夏秋冬 @H-HAL

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